■ オールマイト



彼は八木俊典さんと言った。少し言うのを迷っていたので、言わなくても良いと言ったのだがちゃんと言ってくれた。

そしてかの有名なプロヒーロー、オールマイトでもあった。

それを聞いたときには流石に驚きで言葉に詰まってしまった。リカバリーガールの交友関係がすごい。


「大丈夫かい?」

「トシさんこそ」


あれから2週間。私は暇を見つけては病院に足を運んでいた。もちろん、私の個性を試すためである。どれくらいの量で効くのか。どれくらいの間隔なら問題ないのか。なんとなくそれがわかってきていた。ちなみに見た目とかがあれなのでトマトジュースに混ぜてみたりとそっちの配慮も色々試している。


「私のせいとはいえ無理はしないでくれよ、怒られてしまう」


トゥルーフォームだというその姿は今ではもう見慣れたものだ。身体の調子も戻ってきたのか口数も増えた。彼の言う怒られるとはリカバリーガールのことだろう。それは問題ない気がする。むしろ私が何かあったら怒られるはずだ。


「お食事はどうですか?」

「あぁ、ううん...。美味しいよ」

「病院食って味気ないですよね特にトシさんみたいな患者さんのは」

「わかっているなら聞かないでくれないかい?イジワルだね」

「ふふ、でもちゃんと食事が摂れているようなら良かった」


健康にはまず食事ですよ!と力説すれば病院食に飽き飽きしているのだろう、彼が眉を下げて笑った。と、その時に私の携帯がなる。出動要請だろうか。


「ちょっと失礼しますね」

「あぁ、かまわないよ」


部屋を出る間際、彼が悔しそうに口を噛み締めたのを見なかったことにはできなかった。

平和の象徴。

No.1ヒーロー。

彼を取り巻く言葉はどれも力強く、ヒーローなら一度は憧れを抱く相手だ。逆を返せば、彼はそれを保つために果てしない努力をし続けていたのだ。

それが今、病院のベッドの上。

それがどれほど悔しいだろうか。私なんかでは到底理解し得ない。それでも自分が向かえない悔しさと無力感、思うように動かない身体へのもどかしさ、色々な感情をひた隠し笑みを浮かべる。最初に会った時より、今の方がよっぽど痛々しい。

かかって来ていた電話は、幸いにも出動要請ではなかった。ほ、と胸をなで下ろす。同時に扉に付けられている小窓から中を見る。外に顔を向けるあの人は、どこを見つめているのだろうか。


「失礼しました〜」


そんな気持ちを隠すようにへらへらと笑って部屋に戻る。気づいた彼も私に顔を向けて笑みを浮かべていた。


「ねぇ、トシさん、体調は良いんですよね?」

「ん?そうだね。もうだいぶ良いよ」

「なら少し、散歩をしませんか?」

「散歩?」

「はい、前の中庭までですけど」


その提案に数秒考えたのだろうか、いいね、と笑ってくれた。まだまだ点滴はつけられたままだが、車輪のついた持ち運び用に付け替える。歩けるようになっているので車いすは用意しない。代わりに私が寄り添う形で肩を貸す。それに迷いを見せたけれど、彼は拒否せずに寄り添ってくれた。想像以上に重量のある彼に思わず苦笑いが漏れて心配されてしまったが、問題無いと答える。

ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ、少しずつ中庭に向かう。


「もうだいぶ歩けるようになったんですね」

「そうだね」

「ちゃんと、進めてますね」

「...そう、なのかな」


私の言葉に、珍しくトシさんが少し弱い声音で返す。私よりもずっとずっと大きい彼と寄り添って歩いているから、顔は見れないけれど。


「1人じゃ難しくても、一緒なら大丈夫ですね」


リカバリーガールから聞いたトシさんのこと。
最初の手術後間もなく、テレビから流れる敵のニュースを観て、病院から飛び出そうとしたそうだ。それを無理矢理押さえつけてなんとか傷が悪化することはなかった、と。それ以降、彼の病室にはテレビは無い。


「支えますよ、頼りないけど」


返事はなかった。
聞いているのかもわからない。私の言葉が彼に届くかもわからない。私は、彼を慰めるにはあまりにも知らなすぎるからだ。彼のこと、今までの努力も全部。

でもあの日、私は彼に救われた。

ほんの少しで良い。何か一つでも良い。彼に届くと良い。そう思うと、自然と笑みが浮かぶ。


「トシさんが倒れても、引っ張っていけるくらい、力もつけます」

「君に、それは難しいんじゃないかな...」

「ふふ、でも頑張らせてください」


頭上から聞こえた声が、涙声だった気がした。気がしただけだ。私の無茶苦茶な言葉に呆れているのかもしれない。


「トシさんが無茶をするなら、私も無茶します。それで、一緒に怒られましょうね」

「怖いなぁ」

「でも昔言ってませんでした?赤信号もみんなで渡ったら怖くないって」

「渡っちゃだめだよ」

「たとえですよ、たとえ」


くすくすと笑う私たち。ゆっくりとしたペースだったけれど、ちゃんと到着した中庭のベンチ。昼過ぎの今、ちょうど良く木の影がベンチを覆っていた。


「ほら、着きましたよ!」


よいしょ、とトシさんをベンチに座らせて前に立つ。にこにこと、私はちゃんと笑っていられているだろうか。彼のように上手にできないもどかしさを、上手く隠せているだろうか。


「外、気持ちいいですね」

「そうだね」

「もう少ししたら暖かくなりますよ」

「あぁ」

「楽しみです、ね」


風で流れる髪を押さえつけていると、ぐっと強い力で腕を引かれた。気づけばそこが、トシさんの腕の中だった。

とくん、とくん。と規則的に耳に届く心音はわたしには酷く心地よく、目を瞑った。意識しなければ気付かないくらいに小さく震えた腕。母親が子供にするように、回りきらないほどに広い背中に手を添えてそっと撫でると力がこもった。


「トシさんはちゃんと救えてます」


私が、もう救われました。あなたに。

呟いた言葉に返事はなかった。ただただ抱きすくめられたままだった。それでもそのまましばらく過ごしていると風の音に紛れて、呟かれた言葉。私の耳には届くことはなかったけれど、腕を離した彼が少し気恥ずかしそうに笑っていて、私にはそれでもう十分だった。










(ありがとう)
(この気持ちは、言葉にしなくても届くでしょう?)


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