■ 同期組



その日は少し仕事を頑張ったので、久しぶりに飲みたいなぁ、と思っていたところマイク先生に声をかけられた。元々社交的な彼は、私が(接点が少なかったとはいえ)後輩であったことを知ってからはたびたび声をかけてくれる。

ワインかシャンパンかわからないけれど、高価そうな細長い紙袋を持ちながら、ゆっくり時間も気にせず飲めるとこあるぜ!とせっかくのお誘いなので、と思いついていくと、段々と住宅街に入っていく。あれ、私ついていく人間違えたかもしれない。雄英からもほど近いそこはシンプルでありながらお洒落な作りの低層のマンションのようだった。


「Hey!マイフレンド!」


共同ロビーに備え付けられているカメラ付きのインターホンを押して声を出すマイク先生の横できょろきょろと所在なさげに視線を泳がす。え、人の家?と思っていると、インターホンからは抑揚の無い声が響いた。


『お引き取りください』


そう一言だけ告げてぶつんと切られた塩対応にもマイク先生は片手で額をぺちんと叩きながらシヴィー!とけらけら笑っていた。すごい精神力、見習いたい。その後も数回同じようなやり取りをすると向こうが近所迷惑と思ったのか、単純に折れたのかわからないけれど目の前のガラス張りの自動ドアが開いた。


「あの、ここって...」

「んん?イレイザーの家だぜ!」

「やっぱり」


さっきのやり取りはいつものことなのだろうか、特に気にした様子もなく目的の部屋まで一直線で向かうマイク先生の後を追う。アイツはシャイだからな、なんて言っていたけどそれが本当なのかどうかまでは私にはわからなかった。


「お店かどっかかと思ってたんですが...」

「店なんかよりずっと快適だから気兼ねなく飲んでこうぜ、な!」

「お前は少しは気にしろよ」

「oh!なんだよ、消太!わざわざ出迎えなんてよっぽど楽しみにしてたんだな!」


ドアの前に着いた時にタイミング良く開けられたそこには、やっぱり相澤先生。学校でのコスチュームに似ているが、素材から部屋着であることが伺える。そして噛み合ってるんだか噛み合ってないんだかわからないマイク先生の返答にうんざりとした表情を浮かべていたのを見てしまった。


「ん」


なんて思っているとマイク先生はさっさか部屋に入っていってしまうしで置いていかれていた私。斜め前の喧騒が遠くなったことでハッと気付き、前を向くと相澤先生が扉をあけて待っていた。と、言うことは入っていいのだろうか。


「おじゃましまーす...」


緊張感がすごい。外観と同じくシンプルイズベストの必要最低限の荷物で過ごしてそうだなぁ、なんて思っていると予想通りの最低限の家具があるそこそこ広いリビングに小型の冷蔵庫。あれ、キッチンにもあったけど2台持ちとかするのかな、なんて思って見ているとマイク先生が持ってきたボトルを入れ、代わりに缶ビールを出した。もしかしてマイク先生の私物なんですか、それ。


「ほらほら、んなとこ突っ立ってないで早く飲もうぜ!」


人数分の缶ビールを出し、冷蔵庫の横に立てていた折りたたみテーブルをカーペットの上に出す。広めのリビングでそれはなんだか不釣り合いな光景ではあるけれど恐らくこれもマイク先生の私物であることが伺える。なぜならテーブルの色が派手だったからと、このリビングにはテーブルセットが無いからだった。


「これ、マイク先生のですよね」

「よくわかったなぁ、名前ちゃん!」

「や、なんか、この家のインテリアとは思えなくて...」

「こいつが勝手に置いてってる。何回捨てても持ってくるんでね」


最早諦めなのか相澤先生もあまり大きくないテーブルを囲むように全員が座る。相澤先生は乾杯しようぜ!と言うマイク先生をスルーして缶のプルタブを開けると飲み始めた。私はどうしたらいいですか。戸惑いが終わらないんですけど。


「いやー!ようやく3人で飲めたぜ!」


マイク先生も勝手に缶を開け、勝手に私と相澤先生の缶に自分の缶を軽く当てて乾杯をすると勢い良く飲んでそう言った。乾杯はするんですね、2人ともマイペースすぎませんか?と同時に、私も気にしないでいっか、と缶を開けて飲み始めた。あー、染み渡るー。


「どういうことです?」

「いやいやだってよ、一応先輩後輩なワケじゃん?集まって飲んだりしてみたいと思っちゃうわけよ」

「あぁ、なるほど」

「ここで今日するって聞いたのさっきだけどな」

「え゛」


固まる私とビールに口を付ける相澤先生をよそに、マイク先生はたぶん、持って来ていたボトルはワインだったのだろう。おつまみで持って来てたらしい女性が好みそうなデザインの可愛らしい瓶にはオイル漬けのチーズとピクルスの2つ取り出す。


「あっちにクラッカーあるから持ってこようぜ!」

「あ、じゃあ私持って来ますよ」

「お、マジで?サンキュー!」


立ち上がりざまに相澤先生に良いかと訊ねるとお好きにどうぞということだったのでキッチンにお邪魔させてもらう。ほとんど使われた形跡の無いコンロやシンクを横目に備え付けの戸棚を開けると中サイズの平皿が1枚。そのさらに隣の戸棚にはつまみになりそうな缶詰とクラッカー。戸棚の中もマイク先生の私物っぽい。なぜなら足元に置いてある箱にはいつも見るゼリー飲料で、食器類もほとんど見当たらないのに皿だけはあるという不思議。なんか相澤先生の家なのにマイク先生の私物の方が目につくんですけど。


「あの、おふたりって同居してるわけじゃ、」

「んなわけあるか」

「ですよね。すみません」

「おいおい!消太、そんな食い気味に言うなよ傷つくぜ」

「お前は人ん家で物増やすのやめろよ」


食い気味の否定のあとの掛け合いが面白い。なんだかんだで学生時代からの付き合いだし仲がいいのだろう。マイク先生の押しが強すぎるのか、羽目を外しすぎない程度なら目を瞑った方が合理的なのかもしれない。

皿にクラッカーを並べ、ようやく探し当てた小さめのヒメフォークを2本添えて持っていく。早くも2人は2本目が終わりそうな様子。


「よし!せっかくだから開けようぜ!」


まだここに来て1時間経つかどうかなので冷えてるとは言い難いと思うのだが、持ってきた張本人が飲みたいと言うのだから私たちが何か言う事もない。相澤先生も特に気にせずぽりぽりと彩り鮮やかなピクルスを食べている。


「グッドリスナーから貰ったんだけど中々良いものなんだぜ!」

「へぇ、さすがですね」

「だろ!」

「さっさと開けろ」

「そう急かすなって消太!せっかちは嫌われるぜー?」


ちっちっち、と人差し指を左右に振りつつ、機嫌良くキッチンにボトルを持っていく。相澤先生がそれに若干イラッとした表情を見せた気がしないでもない。一方でマイク先生は手際よくコルクを抜き、3人分のグラスを持ってくる。少々空きっ腹に飲んでぼんやりしていた私は一瞬ここがマイク先生の家だと勘違いをしてしまった事にぶふっと吹き出して笑ってしまった。


「なんだご機嫌じゃねぇの。飲むと笑い上戸になっちまうクチか?」

「ふふ、いえ、や、そうなんですかね」


かちゃかちゃと普段の言動に似合わず丁寧にワインをグラスに注ぐ姿を見てまた少し笑いがこみ上げてきた。相澤先生は無言で受け取り飲んでいて、特に感想もないが飲み進めていると言うことは少なくとも不味くは感じていないのだろう。相澤先生の家なのに動き回っていたのがマイク先生と私な事もまた面白く思えてしまった。


「おもしろいですね」

「そうか?」

「だってよ!良かったな消太!」

「うるさいからボリューム落とせ」


やっぱり酔っているのかもしれない。一度湧き上がった面白さがおさまらず、延々とくすくす笑っている私に相澤先生がこちらを見た。マイク先生も頂き物のワインとつまみに舌鼓をうっていて上機嫌なようである。さすが高価そうなだけあって、飲みやすい。元々ワイン自体は嫌いではないけれど、あまり高価な物を飲む機会には恵まれなかったからか、するすると飲めてしまう。ついでに2人の掛け合いが面白いこともあってクスクス笑いも止まらない。


「飲みすぎそう」

「気をつけろよ。もうだいぶ赤い」

「ふふ、気をつけます」


何かと面倒見の良い相澤先生がマイク先生の言葉をスルーしてこちらを気にかけてくれているようだ。たしかにだいぶ暑い気がする。言われるくらいだからよっぽど顔が赤いのかもしれない。と、突然鳴ったマイク先生の携帯の着信音に飛び上がりそうなほど驚く。


「お、終わったか?」


マイク先生はすっと立ち上がると携帯を耳に当てて玄関の方に歩いて行く。他に誰か来るのだろうか?と目で追うが、視界がぼんやりとしていた。あ、すでに飲みすぎてる。と気づいたら、隣に座っていた相澤先生が手を伸ばしたらしい。下ろしていた髪を避けるように指先で髪に触れられた感触があり振り返る。


「釘刺すのが遅かったみたいだな。水でも飲むか?」


手の届く距離というのは存外近いものだ。相澤先生の指先が触れる耳たぶや首元から、お酒以外の熱が広がっている気さえする。顔だって、赤い理由が他にもできそうなくらい。相変わらずちゃんと目を見て話す様に、見られる恥ずかしさが溢れてしまい、視線を泳がせ意味もなく口をぱくぱくとさせてしまった。


「え、ええと、はい」

「わかった。今持ってくる」


するりと重力に従って指先からこぼれる髪を最後まで触れ、私の返事とも言えないような返事に立ち上がる相澤先生の姿に先ほどまで泳いでいた視線が離せなかった。両手で頬に触れてみたり、手で扇いでみたりしながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを出す後ろ姿を見て1人かっかと熱のこもった身体を冷まそうと必死だった。















(もうすぐミッドナイトが来るってよー!って、ん?名前ちゃん消太になんかされたか?)
(いえ!何でもないです何でも!)
(いい加減追い出すぞお前)


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