おおかみ | ナノ

 洋画、その時点で俺は気付くべきだったのだ。
 子供向けファンタジー小説が原作であろうがなんであろうが、洋画にキスシーンが無いはずがない。それも、いわゆる深いやつ。一応恋愛映画というカテゴリに入る今回みたファンタジー映画にも、ディープなのが入りやがった。ふとそういうシーンで目を逸らすと先輩と目が合って、余計に気まずい思いをした。次にデートで映画に来るときは、アニメ映画にでもした方がいいかもしれない。先輩の教育に良くない。

 電源を切った携帯の電源オン。メールが来ていたらしい。霧野先輩から、「もしかして映画見てるか」とだけ。まさか、いるのか、この近くに。
 先輩も携帯の電源をオン。

「あ、霧野くんたちが映画館にいるらしいよ」
「……たち?」
「私たちのこと見かけたんだって。神童くんと」

 二人とも知ってるよね?と先輩は付け加える。それは知ってる。同じ部に入っているわけだし。それなりに。ただ、休みの日に会いたいと思う人達でもない。特に、霧野先輩の方は。
 そもそも、先輩のメールには悪意を感じる。俺にはたった一言、句読点さえ無い。みょうじ先輩の方はちらっと盗み見ただけでも、絵文字は確認出来た。

「早く出ましょう。先輩たちの邪魔したら悪いです」
「別に邪魔とも俺は思わないぞ」
「ああ、霧野先輩」

 舌打ちが出そうになるのを堪えて、愛想笑いを浮かべた。
 霧野先輩が嫌いだとは思わないし、普通に、まあ部活の先輩としていい人だとは思う。実力だってあるし。だが休日でみょうじ先輩がいるとなれば話は別だ。

 「偶然だね、神童くんたちは何観たの?」…先輩はキャプテンとにこにこしながら話している。キャプテンはこの場で蚊帳の外だ。あの人は人畜無害だし、本当は先輩が俺以外の男と話すのはあまり良くないと思うが、霧野先輩が俺へのイヤミを含んだ言葉を先輩に投げ掛けるより随分マシだろう。

「二人でお出かけか、相変わらずお熱いな」
「ええ、おかげさまで。霧野先輩はキャプテンと何を観たんですか」
「ホラー映画だ」

 霧野先輩は先輩の方に目をやる。そこには、目を輝かせた先輩が。
 ちくしょう、あのホラー映画は「自分では観たくないけど観た人に粗筋だけ聞きたいなあ」と先輩が言っていたやつだ。いい感じに興味を引いたな、霧野先輩。

「どんなだった?どんなだった?」
「神童が泣くくらい怖かった」
「あんまり怖くなかったんだね」
「おい!」

 キャプテンの目元が少し赤いのは映画のせいか。

「私たちはね、アレ観たんだよ」

 先輩はポスターを指差す。霧野先輩はあまり興味が無いみたいだが、先輩の手前そんなそぶりは見せない。逆にキャプテンは「ほお…」と興味津々だ。女子か。それとも夢見がち?草食系?乙男とかいうドラマが前にあったな。

「もうね、すごかったの」
「なにが?」
「女の人と男の人が、はむはむってちゅーしてて」

 口からなんか吹くか、鼻から血を吹くか迷った。ば、馬鹿なのか。いや先輩が馬鹿なのは周知の事実だった。
 しかし表現にも方法ってものがある。はむはむ。はむはむ、は無いだろう。確かにはむはむって感じはするけど。
 仲は良くないが霧野先輩と俺は気が合うらしく、霧野先輩もなんか吹きそうな顔をしていた。

「ちゅ、ちゅー…!」
「ほんとに、カメラワークも凝ってたんだよ」
「はむはむってか」
「うん」

 キャプテンはいろいろといっぱいいっぱいといった感じだ。

「先輩!そろそろお腹がすきましたね?」
「そうかな、私はチュロス食べたし…」
「お昼食べに行きましょう」

 「神童くんたちも行く?」と、先輩はなんでまた言うんだろうか。馬鹿だからか。馬鹿だからなのか。
 先輩は空気を読まないのか。いや、読めないのか。馬鹿な子ほどかわいいという言葉はある。日頃から、本来と意味は違うだろうが俺は実感してる。ただ、こういうときは笑顔も作らず言ってしまいたくなる。「ばかですか」と。

「デートなんですよ、先輩」
「そ、そっか…ごめんね」

 キャプテンが「邪魔してごめんな」とかなんとか。

「十分楽しめよ」
「うん、霧野くんたちもね」

 アメリカ人みたいな言いようだなと思った。ニヤニヤしながら「それじゃあ」と先輩たちに軽くお辞儀をしておく。一応、部活の先輩だし。




「先輩は何が食べたいですか?」
「うーん…狩屋くんは?」

 ら、と自分の意見を言いそうになって、その言葉を飲み込んだ。大分前のテレビだか雑誌だかで見たぞ、デートにラーメン屋は鬼門だと。
 視界の中にラーメン屋が見えたのもあって、すぐにその選択肢が出たが、先輩は女の子なわけで。割り箸でズルズルと麺をすすり、食べ切れば「腹がふくれた」と感想を述べるような店より、ナイフとフォークで小さな口に芋だの人参だのを運んで「おいしいね」「おいしいですね」なんて時間をかけて食事をする店がいいんだろう。おそらく。ていうか先輩にはそういう店が似合う。

「私今すごくもずくが食べたいんだけどね」
「もずくですか…」
「外食じゃ無理だよねえ」

 相変わらずのぶっ飛びっぷりだ。
 俺も意見が無いと見なされたらしく、先輩はきょろきょろあたりを見渡す。

「パン屋さんにしよっか。あそこ美味しいんだよー」

 あそこ、と先輩の視線の先には雰囲気的に男を排除するような小綺麗なパンの店があった。

「それか、ラーメン屋さんかな」
「ラーメン屋にしましょう」
「だよね」

 即答してしまった。先輩は笑いながら、「坦々麺って食べたことないんだよね」と世間話を始めた。
 俺がラーメン屋を見ていたこと、分かっていたんだろうか。恥ずかしいな。なんだかんだ言って先輩は俺を見てるんだ。…自分で言ってて恥ずかしいなこれ。


111204
神童くん天使にしすぎたですね

mae tugi
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