おおかみ | ナノ

 先輩が時間を忘れてしまわないように、時間と待ち合わせ場所はメールで昨晩確認しておいた。十時に駅前、東口だ。
 …馬鹿な先輩がもし迷っただとか言ってもいいよう一時間ほど早めに到着。昨日はあまり眠れなかった。その割に朝は早く目が覚めてしまって、なんというか。早く来過ぎてしまった自覚はある。
 駅前で待ち合わせしておいてよかった。おかげで時間を潰すのに苦労はしない。

 九時半頃に、先輩から「どこで待ってればいいかな」とメールが来た。口ぶりから言って、先輩は自分の方が俺より早く来たと思っているらしい。
 ふらふらしていた薬局を出ると、すぐに携帯とにらめっこをしている先輩が見えた。

「おはようございます」

 背後から声をかけると、「か、狩屋くん!」と驚かれた。

「早いですね」
「狩屋くんこそ。まだ時間じゃないのに」
「先輩をお待たせしたくないですから」

 「感心しちゃうなあ」なんて先輩はけらけら笑う。冗談に聞こえたんだろうか。我ながら芝居めいた言葉だとは思ったけど。

「私は狩屋くんに早く会いたくて早めに来たつもりだったんだけど、私の方が遅かったね」

 そういうのやめてくれないかな。先輩は馬鹿だから、無邪気な言葉がどれほど危険なものか知らないんだ。顔が赤くなるとか、俺のキャラじゃないと思う。
 どうやって話題を変えようか少し迷ったけど、今日こうして駅前で会ったのもそれなりに目的があったからだ。
 テレビのコマーシャルで見かけて、面白そうだと先輩が思ったらしい洋画。ファンタジー色強めの恋愛モノらしい。あまり興味はなかったものの、俺になにか出かけるにあたってなにかプランがあるわけでもなく。映画の粗筋を語る先輩が必死だったので決定した。必死。そう必死だった。「狩屋くんも見たらおもしろいって絶対思うよ!」と見たこともない映画のことを自信満々に言う先輩はやっぱり馬鹿だと思った。

「映画、楽しみですね」

 先輩は大きく頷き、主演女優が美人だとかなんだとかと語りだした。話題を変えるのはうまくいったらしい。




 チケットを買ったものの、まだ入場すら出来ない。来年公開だという映画の宣伝をぼんやり見ながら、先輩は「これも見たいね」なんて俺に同意を求める。先輩はヒーローモノも好きなのか…。

「一緒にお出かけするの、初めてだね」
「そうですね。付き合ってから大分経ってるのに」
「私服の狩屋くんってすごく新鮮だなあ」

 恥ずかしい話、服には相当悩んだ。いかにダサくなく、かといって気取っている風でもなく、適度に小綺麗な服装にするか。…悩むほど服を持ってるわけでもないけど。
 猫を被るのはすごく、いいことだと思う。恥ずかしげもなく先輩を褒められるし、なにか失敗をしても自分に言い訳できる。

「先輩の服、すごく可愛いと思います」
「そ、そうかな…」
「でも足は、あの。あまり出さないほうが」

 自分でも、表の俺がどこまで言っていいものか迷った。嫉妬はアリなのか、ナシなのか。しかし語尾をごまかしたのも、上手い言い方だったと思う。あとは馬鹿な先輩がその意味に気付くか、だ。

「こういうの好きじゃなかったかあ」
「いえ、そうじゃなくて」
「なに?」

 …素で聞いてるんだよな。

「先輩のことを他の人に見られたくないって、いうか」

 猫を被っているとかそんなの関係なく、口にするのは恥ずかしかった。自分の顔が熱くなるのが分かる。それと同時に、先輩の頬がみるみる内に赤くなるのも、分かる。
 お互い何も言葉を発さないまま、しばらく経った。上映案内、という言葉のあと、俺と先輩の見るはずの映画のタイトルが上がった。劇場に入ることが出来るらしい。

「じゃ、じゃあ行きましょうか!」

 立ち上がり、買ったチケットを確認。先輩も頬は赤いままで、「うん!」と元気よく返事をしてくれた。
 思った以上に先輩と出かけるのは心労がはんぱない。先が思いやられる。


111031

mae tugi
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