おおかみ | ナノ

 先輩はものすごく馬鹿だ。
 どのくらい、とかそんな問いは先輩の前においては吹っ飛ぶ。言葉に出来ないくらい先輩は馬鹿だからだ。
 先輩は馬鹿なので風邪をひかない。しかし夏風邪はひく。先輩と鋏は使いようってね。使用する際には気をつけないといけない。…そう。それから。先輩はかわいい。馬鹿である所以だ。


 「あのね、狩屋くん」と先輩は切り出した。今日の朝のことだ。仮にも先輩と俺は付き合っていて、朝だけは一緒に登校している。帰りは俺も部活があるし、別々に帰宅してはいるんだけど、

「…一緒に帰れないかな」

 その時の先輩の顔と言ったら、それはもう。馬鹿みたいだった。頬は真っ赤で、視線はあっちにいったりこっちにいったり。緊張してるんだなあ、なんて思いながら俺もその先輩の発言に少し戸惑いつつ、猫を被って「もちろんです」なんて答えたのだ。

 そういえば大分前に先輩が図書委員になったとは聞いていた。放課後は受付にいることになるとも。委員会で遅くなるのだから、俺と帰りたいというのは妥当、なのかな。このご時世だし、馬鹿で騙されやすい先輩は心配だから俺が送ってあげるというのもいいものだと思う。普通、彼氏って彼女を守るものだ。
 部活を終える頃に先輩も委員の役目を終えたようで、図書室まで行こうと昇降口に向かうところで声をかけられた。

「こんな時間に帰るの初めてだよ。ずっと帰宅部だったし」
「結構暗いですよね。これからも帰りが遅いときは頼ってくださいね」
「うん、ありがとう」
「先輩になにかあったら、俺が困りますから」

 先輩の頬が赤くなる。かわいい。先輩ってほんとに馬鹿だ。俺の芝居に騙されて、嬉しそうにしちゃって。

「狩屋くん、ちょっと寄り道していいかな」

 …断るわけない。先輩の前での俺は優しくて生真面目な狩屋くんなんだから。




「コンビニですか」

 そう言うと「ごめんね」なんて返されてしまったので、焦ったようにフォローしておく。

「それで、なにか買うんですか?」
「え、えっと…狩屋くんはなにか買ったりする?」

 先輩の目が泳いでる。話をはぐらかしたところからしても、なにか怪しい。いやコンビニで怪しいっていうのもなんだけど、そうとしか言えない。
 気を使って「俺は漫画でも読んでますよ」と雑誌のコーナーに向かえば、先輩もついて来る。

「先輩はなにか用事があるんじゃ?」
「狩屋くんがどんな漫画を読むのか気になって…だめかな」
「そんな大層なものは読んでませんが」

 適当にジャンプを手にとる。

「ジャンプ…!」
「ジャンプです」
「好きなの?」
「たまにしか読みませんよ」

 先輩の反応はよく分からないが、こんなに興味を示されるなら先輩受けの良さそうな雑誌でもとればよかったかな。久しぶりの週間少年は全く展開が分からない上に、見知らぬ連載がいくつか。単行本派にはつらい。
 未だに先輩が背後にいるのはなぜだろうか。やっぱり先輩は馬鹿なんだろうか。いつまで俺の手元を見つめるつもりなんだ。

「先輩」
「なに?」
「用事を済ませましょうよ」

 言い聞かせるようにそう言うと、また先輩は目を泳がせつつ、

「用事なんて、無いんだよね」

 そんなあっさりと。

「わたし寄り道って言ってもいいところ思い付かなくて」
「いいところってなんですか」
「いい寄り道スポット、というか」

 先輩って不真面目なんですね、とは言わない。言葉を飲み込み、なんとか「どういうことですか」と言えた。

「狩屋くんは放課後って言葉に魅力を感じない?」

 先輩の言わんとすることは見えない。見たくない気すらする。先輩は馬鹿というより電波なのかもしれない。

「朝なら、時間も限られてるでしょう。狩屋くんとお話する時間」
「…先輩」
「口が上手ければよかったな。こういうとき良い口実を作れるなら、人生楽しいよね」

 照れた顔、やめてください。あと、その遠回しな甘え方も。俺がいろんな意味で死にそうです。
 「わがままでごめんね」なんて申し訳なさそうに付け足されると、不思議だな。許したくなる。そもそも、怒りなんて端からないけど。

 先輩は馬鹿で、くだらない嘘をつく。それに、「狩屋くんがどんな漫画を読むのか知れてよかったよ」なんてくだらない無駄知識に喜ぶ。本当に先輩は馬鹿だ。
 しかし「じゃあ俺もわがままを言いますね」とかなんとか猫を被っているとはいえ、平気で言い出す俺も相当馬鹿だとは思う。

「今度の休み、どこかに行くことにしましょう」

 目を輝かせる先輩はいいとして、店内の視線がそろそろ痛い。


111028

mae tugi
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