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『彼女、相当酔ってますよ』

珍しく七海から連絡が入った。頑なにラインを使おうとせずに、無骨なショートメッセージをいまだに使っているのは七海くらいだ。

『マジで?どこ?』と返すと、住所だけが返信される。渋谷の駅近く。渋谷は確か、彼女の家から何駅か離れていたはず。

『七海一緒に飲んでんの?』
『いいえ』

それきり何を送っても返事は返って来なかった。嫌がらせに絵文字を連打で送っておく。スタンプ使えないのって、意外と不便だよね。

さて、今僕は羽田空港の第二ターミナルにいる。ちょうど到着ロビーを出たところだ。渋谷までは30分くらいか。七海が相当酔ってるとわざわざ僕に教えるくらいだから、本当に相当酔っているのだろう。酷いよね、僕の前では絶対にそんな隙を見せたりしないし、連絡を寄越すこともないんだから。

名ばかりのお見合いの後、ふたりで映画デートに行った。その後すぐに、二回目のデートに漕ぎ着けた。七海を含め、他の奴らに『僕お見合いしたんだよね』という話は既にしてある。かなり分かりやすい牽制だ。

デートと呼べるか微妙なものを含めても、あれから合計五回ほど彼女とふたりで会っている。もうそろそろ、次のステージに進みたいと思っている頃合いだった。

七海が一緒に居ないということは、アルバイト先の飲み会か何かだろうか。彼女は外の世界に友達が多い。

それにしてもだ。時計の針はたった今0時を回ったところ。彼女を迎えに行って、終電はギリギリ逃すといった頃合いだろう。タクシーを使うにしても、こんな時間まで飲んでるって一体何なんだ。しかもひどく酔ってるらしい。僕は「馬鹿じゃねえの」と呟いて、車窓を流れるネオン街に視線を移した。未だ顔も見ぬ彼女の同僚に嫉妬しているのは明白だった。

七海が僕に連絡しなきゃ、どうなってたんだろうと考えると鳥肌が立った。もちろん怒りで。

渋谷駅改札口から徒歩10分程度。ちょっと奥まったところにあるその居酒屋は、古めかしい見た目をしているにも関わらず小綺麗だった。じゃらじゃらと音を立てるビーズの暖簾を潜り「お迎えに来ました〜」と声を張り上げて彼女の姿を探す。いた。彼女はテーブルの奥で、もう目が据わっているにも関わらず、しつこく酒を飲んでいるようだった。

「帰りますよお嬢さん」
「五条せんぱい…なんで…」
「何でだろうね?帰るよ、ほら早く」

手に持っている生ビールを取り上げて、お冷やを飲ませた。隅に追いやられていた彼女の荷物を肩にかけて、なるべく優しく背中を摩った。

「まだ…飲み足りないので結構です…」
「終電はさっきなくなったよ」

酔っ払いはどうしてこうも、際限なく飲み続けたがるものなんだろうか。僕はくったりと力が抜けている彼女を立たせて、幹事らしき女性に声をかけた。

「じゃあ連れて帰るね。お会計、僕持ちでいいよ。払っておくから。あ、でもまたコイツが飲み過ぎてたらここに電話してね。じゃあ」

僕はビリビリと電話番号を書いたメモを引きちぎって、女性の手に握らせた。ぽかんとしている一同にひらひらと片手を振りつつ、彼女の背中を押して店を出る。会計はカードで済ませておいた。これで次回以降、何かあったら連絡が僕に入ることだろう。

「お水飲んで」

べこべこと凹む柔らかいペットボトルを彼女の小さな手に握らせる。空港でたまたま買っておいて良かった。ごくんと大きく彼女の喉が動く。それ僕も一口飲んだから、間接キスだね、だなんて言ったら怒るだろうなあ。顔を真っ赤にしてさ。

「五条せんぱい、なんでこんなとこにいるの」
「さあね。自分で考えれば?」

鮮やかな街頭のネオンに、彼女の頬が照らされている。そよそよと街を抜ける肌寒い風が、柔らかそうな髪の毛を攫って揺れていた。

「一人で帰れますので」
「そんなにフラフラで?終電もないのに?」

覚束ない足取りで、彼女は渋谷を歩いている。タクシーを拾いますので、と豪語する彼女は駅の反対に向かって歩いていることに気が付いているだろうか。おもしろいので少し黙っていることにした。

大きな歩道橋の上、カンカンと彼女のヒールが地面を叩く音がする。金曜日の夜なので、車通りは少なくない。明るいテールランプはLEDだろうか。渋谷の景色は僕が学生の頃から何ら変わらないように見えるのに、本当は少しずつ変わっているみたいだ。

「着いて来ないでください」

そう言ってちょっと早足になった彼女が、ふいに視界から消えた。スッと、まるで煙のように。僕は「は?」と間抜けな声を出した後、慌てて彼女の居た場所に駆け寄った。

煙のように消えた彼女は、歩道橋の階段の途中で四肢を投げ出して転がっている。

いや、本当に……

「馬鹿じゃないの…」

痛い痛いと喚いている彼女の横にしゃがんで、つんつんと柔らかい頬を突く。お嬢さん、スカート捲れてるよ。中身が見えても不可抗力だよ。

「絶対折れた…反転術式で治してください…」
「いくら僕でもそれは無理」

いじけてそっぽを向いた彼女に、僕の胸の内を占めていたモヤモヤとした怒りは、すっかりどこかへ飛んで消えてしまっていた。







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