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これはいわゆる“詰み”だ。

膝の上にはポップコーン。これはドリンクとペアセットで安いやつ。塩バター味とキャラメル味が入っていて、バケツのようなポップコーンの入れ物に2種類の味が混ぜられている。本当はセパレートだったのに、五条先輩がセパレートの部分を引き抜いてしまった。

背面には壁。背が高い五条先輩は、映画館では一番後ろが好きらしい。足が邪魔なのは致し方ないのだと(聞いてもないのに)教えてくれた。

左には壁。言わずもがな、壁だ。

右には「楽しみだね」と耳元で囁いている五条先輩。サングラスは外している。そりゃ、映画見るしね。薄暗いし、そりゃそうなんだけど。なんだか慣れない。不思議な感じがする。

わたしは四方を囲まれてしまい、逃げ場をなくして壁にぺたりと寄り添っている。冷たい防音壁の壁が、ひんやりと頬を冷やしていた。

「僕はポップコーン、キャラメルしか食べない派だったんだけど塩バターも美味しいね」

五条先輩はわたしの膝の上に置かれているポップコーンをもりもり食べているけれど、さっきまでデザートたくさん食べてませんでしたか。

背が高いと代謝が良いのかもしれない。五条先輩のことを深く考えても時間の無駄だ。何事も規格外なこの先輩を真に理解することは、一般人のわたしには到底不可能だと知っている。わたしは「そうですか」と小さく返事をして、手元のコーラを啜った。あれほど飲んだのに、まだ飲めるわたしの胃も大概かもしれない。

「僕にもコーラ頂戴」
「嫌ですけど」

映画はまだ、予告映像が流れている。軽口を叩いていても、ぎりぎり許される時間だった。

ポップコーンをひとつ摘む。映画館でポップコーンを食べるのは随分と久しぶりだった。レイトショーを一人で見ることが多いので、誰かと分け合って食べるのは尚更。しゃくしゃくと柔らかい食感を楽しみながらスクリーンに没頭する。

あ、今の予告の映画は見たいかも。

ミシッと音がしてすぐに、肩にずっしりとした重みが乗った。顔をそちらに向けずとも、今の状況はなんとなく理解できる。どう考えても五条先輩がこちらに体重を預けている。

「あの、重いです」

五条先輩は気の抜けた声で「ふうん」とだけ呟いた。分っちゃいたけど、退く気は微塵もないらしい。わたしはダメ元でもう一度「重いんですけど」と言ったが、五条先輩は「あっそ」とだけ返事をした。「僕コーラ飲みたいんだけど」と再び聞こえた気がしたが、映画が始まるので知らんぷりをすることにした。





開始30分で振り落とされる映画、という噂は伊達ではないらしい。急展開に次ぐ急展開。情報の洪水。今何が起こっているのか咀嚼しているうちに新しい情報が次々と入ってくるので、脳がずっとフル回転をしている。

五条先輩も夢中で見入っているらしく、青い瞳はスクリーンをしっかりと捉えていた。こうやって、真剣な顔をしているときはかっこいいんだよな。五条先輩は顔“は”抜群だから。

それにしてもよく食べる。わたしの膝の上から、あれよあれよとポップコーンが拐われてゆく。そんなに食べたいのなら、自分の膝の上に置けばいいのに。

そんなことを薄ら考えつつ映画を見ていると、ふに、という柔らかい感触が唇に当たった。乾燥してカサカサと音を立てているそれが何かは、考えなくても分かる。ポップコーンだ。そしてこんな事をする奴はひとりしかいない。五条先輩だ。

五条先輩がわたしの唇にポップコーンを押し当てている。止めろという意思表示のために顔を背けるも、長い腕の間合いにいるらしく、腕を振り解くことが出来ない。イヤイヤと首を振っても、彼が腕を退かす気配は一切ない。映画館で大声を出すことも出来ず、わたしは仕方なく唇に押し当てられたポップコーンを食べることにした。しょっぱい。塩バター味。

わたしが食べたことに満足したのか、口の中にポップコーンを放り込むと、五条先輩の指は唇からすんなりと撤退した。彼はまたバケツの中のポップコーンを弄っている。視線はずっとスクリーンだ。

その後何度も何度も、何度も何度もポップコーンはわたしの唇に押し当てられた。噛み付いてやろうかとも思ったけれど、噛み付いた後の反応が恐ろしいので、わたしはしぶしぶポップコーンを黙って食べていた。迷惑この上ないけれど、指先を汚さずにポップコーンが食べられて良かった、と思うことにする。

ただ、そんなことは映画が中盤に入ると、内容に夢中になったせいですぐに忘れてしまった。結局、わたしは五条先輩の手から塩バター味のポップコーンを食べ続けていた(キャラメルポップコーンはひとつも食べさせられなかった)し、五条先輩はわたしのコーラを我が物顔で飲んでいた。







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