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「“ご趣味、なし”と。うーん枯れてるね。何か一緒に始める?ゴルフとか?ちょっとじじ臭いかなあ。でも僕ゴルフウェア似合うと思うんだよね」

五条先輩はサラサラと黒っぽい革のカバーの手帳にメモを取りながら「どう思う?」とわたしに問うている。顔とスタイルの良い五条先輩は、正直上下ヒートテックでもそこそこ様になると思う。絶対に言わないけど。

第一わたしは趣味がないだなんて、ひとことも言っていない。黙ってたら話が進んでしまっていただけだ。

わたしは「さあ。似合うんじゃないですか?」と適当に話を合わせながらスコーンに手を伸ばした。まだ少し温かい狐色に、もったりと甘いクロテッドクリームをバターナイフでたっぷりと乗せる。せめてアフタヌーンティーくらいは楽しまなければ損だ。

「五条先輩」
「ん?何?」
「なんでまたお見合いなんて」

あなた引く手数多でしょう、と続けようとして言い留まった。いや、五条悟は確かに顔がいい。実力もある。呪術師界隈で知らぬ人は居ないほどの超絶有名人だ。それ故に、彼の性格がねじねじにねじ曲がっていることを知らない人もいない。

「なんか失礼なこと考えただろ」
「いいえ別に。別に、いいえ」
「言えよ怒らず聞いてやるから」
「嫌です。五条先輩の心はミジンコの眉間よりも狭いので」

にっこりと笑いながらぎりぎりとわたしの足の小指を狙って踏みつける五条先輩に顔を顰めながら、わたしは紅茶をひと口含んだ。流石都内でも有数の高級ホテル。香りが立っていて、すごくおいしい。

高専時代に比べると、五条先輩の雰囲気は幾分柔らかくなった。けれど時々、こうやってあの頃の雰囲気が顔を出すことがある。何でも出来て、少し暴虐武人。いじめっこの五条先輩。

「僕の心は海より広いと思うんだけどなあ」

唇を窄め、わざとらしく顎に手を当て、うーんと軽く考え込む仕草をした後、五条先輩はスコーンを手に取った。彼の手の中にあると随分小さく見えるスコーンは、クロテッドクリームの海に気持ちよくダイブした後、ばくんと一口で胃の中に消えてしまった。クロテッドクリームの海はモーセの奇跡よろしくぱっくりと割れてしまっている。

小指からは流石に足が退いていたけれど、触れ合った太ももはそのままだった。五条先輩の長い長い御御足がわたしの腿に触れている。彼でなければ十分にドキドキしてしまえるような距離感であったけれど、如何せん相手が悪すぎる。いくら顔が良くても五条先輩なのだから、ドキドキの無駄遣いは控えるべきだ。

それにこの人の距離感は昔からちょっとおかしい。パーソナルスペースが狭すぎる。

「深い意味があるって言ったら?」
「へ?」
「お見合いだよ。オマエが聞いたんでしょ」

わたしはほんの3秒ほど言い淀んだ後、自身の太腿をさりげなく彼から引き離した。こういう類の冗談に頬を染めて大袈裟に反応を示しても五条先輩を喜ばすだけだ。成人を過ぎて何年も経った今だから分かる。もうあの頃のかわいい(注※当社比)わたしではない。

「冗談はそのステータスだけで十分です」
「ひょっとして褒められてる?」
「幸せな脳内ですね」
「ひっどいなあ」

あ、クリームついてるよ。と言いながら伸びた長い指先は、わたしの唇を掠めて頬を擦った。

五条先輩は何とも無さげに「ここのクロテッドクリーム、甘くて美味しいよね」と指についたクロテッドクリームをぺろりと舐めて、脚を組み直した。

ああ、前言撤回。パーソナルスペースが無いに等しいこの先輩を前に、ほんのちょっとでも上手に立ち回れたと思ったことを深く反省します。

わたしは熱を持った頬を誤魔化すべく、勢いよく紅茶を喉奥に流し込んだ。ティーカップとソーサーが擦れて、ガチャンとお行儀の悪い音がラウンジ内に響いた。勢いよく喉に滑り込んだ紅茶は気管に侵入し、ごほごほと水気を伴った咳になった。激しく噎せるわたしの背を、優しく撫でる手のひらがひとつ。もちろんウェイター君なわけがない。

「大丈夫?興奮した?」

だれが!という叫びが男に届くことはない。げっほげっほと噎せ返っている状態では、上手く言葉を紡ぐことができない。悲痛な声はだれに届くこともなく、わたしの心の中でだけで張り上げられることとなった。

五条悟は、パーソナルスペースだけじゃなくて、デリカシーも無かったことを今更ながら思い出した。







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