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都内某高級ホテル17階、ラウンジ。ここにわたしのお見合い相手がいる。…らしい。時刻は15時をちょっと過ぎた頃。少し遅刻してしまった。

「遅刻もしたし、第一印象は最悪だろうなあ」

似合わない淡い色のワンピースは、母親に『少しは女の子らしい格好でもして行きなさいよ』と着せられたものだった。わたしのこと、一体いくつのお嬢さんだと思っているんだろうか。走ったせいで乱れたプリーツを整えながら、わたしはウェイターのお兄さんに声をかけた。

「ああ、ご予約の方ですね。お連れ様がお待ちです、こちらへどうぞ」
彼は、笑顔がとても印象的な好青年だった。にっこりと、並びの良い白い歯を惜しげもなく見せながら微笑んだあと、わたしをラウンジの奥にある予約席まで案内してくれた。

「最初のお飲み物はイングリッシュ・ブレックファスト・ティーとなります。お連れ様には既にお出ししておりますので、すぐにお客様の分を手配させていただきます」

ウェイターのお兄さんはぺこりと一礼をした後、流れるような動作で奥に引っ込んでしまった。ほどなくして、温かいティーポットが運ばれてくるだろう。

まあ、それよりも。なによりも。

「やあ、僕より遅いなんて酷いんじゃない?ちょっと待ちくたびれちゃったんだけど」

琥珀のように透き通った紅茶に、景気良くぽちゃんぽちゃんと角砂糖を沈めている白髪の男。ティーカップの底には既に溶けきらなかった砂糖が透明な雪山を作ろうとしている。濃厚な砂糖水は、丁寧に淹れられていた紅茶の中にゆらゆらと不気味な“もや”を作っていた。

特徴的なサングラスは、高専にいた頃と何ら変わりない。ふかふかのソファは彼には少し低いようで、長い足が邪魔そうに見えた。

「…五条…先輩」
「久しぶりだね!元気にしてた?」

それならもういっそ、伊地知君や七海君の方がずっとずっと良かった。

五条悟。呪術師の家系の中でも御三家と呼ばれる五条家において、六眼と無下限呪術を自在に操り、最強の名を欲しいがままにしている天才呪術師。高身長高収入、その上顔面偏差値も高いまさに“グンバツ”の男。

それでいて学生時代わたしに対して執拗に嫌がらせや幼稚な悪戯を繰り返していた、性格がねじねじにねじ曲がったひとつ上の先輩。

「…帰ります」
「ええ?駄目だよウェイター君紅茶持ってきたところだし」

ね!と五条先輩がわたしの後方に声をかけた。後ろに顔を向けると、先ほど奥に消えていったウェイター君が、ティーセットを抱えて佇んでいる。

「はい、紅茶をお持ち致しました」
「座って座って。ここの紅茶美味しいんだよ」

紅茶の中に氷山ができてしまうほど砂糖をばかすか入れた紅茶に、味の違いなどあるものなのか。そんな不毛な疑問をぎゅっと飲み込んで、わたしは渋々席についた。きらきらとした笑顔を撒いているウェイター君が、イングリッシュ・ブレックファスト・ティーについて、次いでテーブルに出されたケーキスタンド内のデザートについて解説を行なっている。誠に申し訳ないけれど、話の内容は右から左に流れてしまっていた。静かなラウンジの中「うんうん」と五条先輩の楽しげな相槌だけが響いている。何故か客は、わたしと五条先輩のふたりしかいなかった。

「それではごゆっくり」と言い残して、ウェイター君は再び奥へと引っ込んだ。流されるままに着席し、どうしたものかと言葉を失っていたわたしは、とりあえず目の前でほかほかと柔らかい湯気を上げている紅茶に口を付けた。

「その様子だと、相手が僕だって知らずに来たんだ。ウケる」

混乱したままのわたしを他所に、五条先輩はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、ケーキスタンドのババロア、マドレーヌ、いちごのケーキをひょいひょいと摘んで平らげている。

「…は?」
「セオリー通りにいく?“ご趣味は”?」

「そういう服、意外と似合うね」などと若干失礼なことを宣っている五条先輩が、本当にわたしのお見合い相手?ありえない。家柄も顔面偏差値的なところもなんかこう、絶対に釣り合わないし。

わたしの脳裏に、高専時代に受けた数え切れないほどの悪戯や嫌がらせが走馬灯のように過った。にや、と相変わらず楽しげに唇を歪めている五条先輩が「趣味教えろよ」と喧しく急かしている。

わたしは、おそらく“わたし史上最も嫌がっている顔”で五条先輩を睨みつけた。


あと、最後に摘んだケーキ、それわたしのケーキスタンドのなんですけど。







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