22


五条先輩から連絡が来ない。あの恐ろしい合コンから、早1ヶ月ほどが経過していた。

執念すぎる元彼のように数日鬼電をかましていた五条先輩だったが、ある日を境にまったく、これっぽっちも電話がかかって来なくなってしまった。メッセージも然りだ。

わたしが返事を返そうが返すまいが知ったこっちゃない、と厚かましく送られていた五条先輩の生存報告を通知欄で確認するのは、いつの間にか毎日の習慣になってしまっていたらしい。

わたしは実家の大きなソファにもったりと背を預けながら、市販のパックミルクティーを飲んでいた。関東の端っこにある我が実家は、田舎に相応しく大きな佇まいだがとても古い。

御三家ほどとは言わないけれど、そこそこ名のあった呪術師のご先祖様を遠い遠い血筋に持つわたしの実家は、それなりに由緒正しい呪術師の家系だった。

「あなたもそろそろいい歳なんだから、結婚とか考えてないの?」

羊羹を豆皿に入れて運んできた母親が、実に五億と一回目であるこの台詞を吐いた。

「今はそう言う時期じゃないの」
「あなたそれ五億と一回言ってるわよ」

知ってます。何故ならこの会話はもう五億回以上しておりますので。

結婚結婚結婚。結婚がどれほど偉いものなのだろうか。こうも母親がしつこいのは、きっと祖父母にとやかく言われているせいだろう。ささやかなれど、術式を遺すことに命をかけているような人たちだ。わたしは一応、ご先祖様縁の術式を継いでいるのだから。

それが役に立つ強い術式かどうかはさて置き。

わたしは興味がありません、と顔にしっかり書いてスマートフォンに視線を移した。そんな理由で結婚などしたくはない。半年ほど前のわたしならばいざ知らず、今は恋愛に積極的になれるような気はしなかった。

1ヶ月。雑誌でスイーツの広告を見ても、街中でパフェの看板を見てもチラついてしまうあのにやけ顔。紅茶にもコーヒーにも遠慮なく無数の砂糖を投下するあの長い指。長身なのに踏ん反り返っているせいでわたしの脚にガンガン当たるあの邪魔な脚。

「やっと解放されたと思ったのに…」

わたしはひとり愚痴を溢しながら、豆皿でお行儀よく座っていた羊羹をむんずと掴んだ。五条先輩のことなど早く忘れてしまおう。そう思い立って、むちむちの羊羹に勢いよく歯を立てた。

七海君に会っても「五条さんは元気ですか?」と聞かれてしまう。硝子先輩に会っても、伊地知君に会ってもだ。果てはアルバイト先の子まで、「銀髪の人は元気?」と聞く。わたしが「知りません」とそっけなく返すと、少し残念そうに彼らは笑うのだ。わたしと五条先輩は、側から見て何に見えていたんだろう。

「そういえば、またお見合いの話来てるわよ」
「また?前失敗したし、もうお見合いはいいよ」

お見合いには遅刻した上に、お相手は五条悟だった。あの五条家の後継…というか五条家の現在そのもののような存在である五条先輩とのご婚約が成立すれば、祖父母や母は大歓迎の大歓喜、寂れてボロくなった我が実家にも光が差すと言うものだ。

でも、そんな理由で五条先輩と仲良くなったわけじゃない。これからだって、そんなしょうもない理由で彼と親しくしたいと思うことはないだろう。

五条先輩はそういった形式ばったことを嫌う傾向があった。術式の有無による差別だとか、御三家こそ偉いといったような保守的な風潮は特に嫌悪しているようだった。わたしだって好きではない。

1ヶ月前から、彼の名前をちらりとも表示しないスマートフォンをソファに放り投げて、わたしは天井の染みを数えていた。昔は木目が顔に見えて恐ろしかったんだっけ。

気を抜くと五条先輩のことばかりが脳裏に過ぎる。電話やメッセージが無いと無いで大変なストレスを感じてしまうだなんて、本当に迷惑極まりない。

「失敗?前は中止になったじゃない」
「中止?なにそれ」
「相手方に急用が出来たって。連絡入ってない?」

そんな連絡は来ていなかった。第一、お見合いは無事に行われてしまったというのに。

「まあともかく、行ってみなさいよ。気に入らなければ断れば良いんだから」
「そんな簡単な話じゃないよ」

母が持ってきたお見合いの写真を見ながら、やはり気が乗らないということを自覚する。硬い厚紙の台紙の中では、写真屋さんでよく見る白紙の背景に、きちんとスーツを着込んでこちらを向いている爽やかな男性が微笑んでいた。2級呪術師と記載がされてあるが、彼はごくごく普通のサラリーマンに見える。呪術師の界隈は狭く、殆どが顔見知りにも関わらず、わたしは彼の顔立ちに記憶が無かったので、彼はきっと関東圏に住んでは居ないのだろう。結婚したら関西か、はたまた本州を出て四国、九州の方かもしれない。

そうなったら、五条先輩との鬱陶しい会話も思い出さずに済むだろうか。

そういえばこの間はこんな写真も無かった。おそらく、写真を見た時点で五条先輩だと分かっていたら、お見合いになど行かなかったのだけれども。

「ううん」と渋っていたのにも関わらず、やはりあれよあれよと日取りが決まってゆく。写真館に連れて行かれて、頼んでもないのにお見合い写真を撮られたり、集合場所やら時間やらの連絡が舞い込んできたり。1ヶ月間真っ白に近かったわたしのスケジュールは、あっという間に黒く雑多に埋まってしまう。

断ることが前提のお見合いは、行くのが非常に億劫だった。けれど受話器越しに「来週は楽しみにしてますね」だなんて爽やかな声で言われてしまうと、行く前から断るということはどうしても出来そうになくて。

五条先輩からの着信は未だない。わたしは電話帳の“ご”の欄から、ついこの間まではすっかり見慣れていた番号と表示を引っ張り出した。そして何をする訳でもなく電源を切った。合鍵は未だにわたしのキーケースの中で堂々と存在を主張している。


お見合いは来週の日曜日。奇しくも場所は前と同じ、都内高級ホテル17階のラウンジだった。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -