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「それで襲いかかったんですか?」
「襲…七海、過激な言葉使うなよ」
「襲いかかったんでしょう。そりゃ怖がられて避けられて当然でしょうよ。貴方みたいにガタイも態度もデカい男性が迫ってきたら、大抵の女の子は驚いて怖がりますよ」
「七海に女の子の何が分かるんだよ。こんなにイケメンなんだから大抵の女の子は泣いて喜ぶよ」
「彼女は怯えてたようですけど」

明るいファミリーレストランの店内で、僕は黙ってメロンクリームソーダに口をつけた。しゅわしゅわと弾ける炭酸が、アイツの噛みちぎった傷跡をヒリヒリと焼いている。こうやって痛みを感じていると、やはりあの口付けは嘘でも夢でも無いのだと思い知ることができた。真っ赤なさくらんぼが、場違いな青い海原をぷかぷかと漂っている。この手の缶のさくらんぼって、放っておくとシワシワになるんだよな。僕はひょいと摘んで口に放り込み、種ごとバリバリと噛み砕いた。甘いがあんまり美味しくない。

「電話して謝ったらどうです」
「めちゃくちゃ掛けてんだけど一回も出ない」

発信履歴が彼女の名前で埋まった画面を見せると、七海は目頭を押さえて深いため息を吐いた。もちろんラインは未読無視だ。既読くらいつけてくれても良いだろうに。

「七海が掛けてみてよ。出るかも」
「ええ…私の信用問題に関わります」
「いいから掛けろよ」

あれから四日も経ってしまった。すぐに謝ろうと思ったものの、一度湧き上がった怒りは中々収まらず、ついうっかり、ものの弾みで何かひどいことを言ってしまいそうで。街に駅に湧いて出ていた呪霊をしらみ潰しにぶん殴って、やっと今ちょっと冷静になってきたところだった。僕は今、僕が荒れていると誰かに聞いたのだろう七海と一緒に、都内某所のファミリーレストランで遅めのランチをとっていた。

僕は嫌がる七海からスマートフォンを引ったくって電話帳を開いた。彼女の名前に指をスライドさせて、迷いなく発信ボタンを押す。プルル、プルルと2回のコール音が響いた後すぐに『もしもし』と彼女の控えめな声が受話口から響いた。彼女はきっと寝起きだろう、少し声が掠れている。僕はスマートフォンをスピーカーに切り替えて、テーブルの真ん中に放り投げた。

『七海?』
「…はい、そうです」
『どうしたの?』

当然のことながら彼女が『どうしたの?』と尋ねたので、七海が僕の方をじっと見つめた。七海は、どう返答するかを迷っているようだった。僕は口だけで“上手くやれ”と彼に指示を出して、再びメロンクリームソーダに口をつけた。七海は出来た後輩だ。僕は信頼し、てアイスクリームの山を長いスプーンで削って食べた。

「いや、五条さんが」

ブツン。ツー、ツー。

愚かな七海が僕の名前を出したところ、電話は0.1秒で切られてしまった。

「なんで僕の名前出すかな?」
「嘘はつけない性格なんで」
「どう考えても切られるでしょ!」

「自業自得でしょうが」と言う七海を横目に、僕は頬杖をついてため息を吐いた。悩むなんて僕らしくない。分かってる。分かってんだけどさあ。悩んじゃうよね、これは流石に。

「なんで合コンなんて行くんだよ。僕に黙ってさあ」
「五条さんは彼氏ではないでしょう」
「そうなんだよね」

ビシ、と七海に人差し指を向けると「やめてください」と弾かれてしまった。つまんねえやつ、と文句を言いつつ七海が食べているミックスグリルの皿からポテトを奪う。デミグラスソースをたっぷり付けて、もぐもぐとそれらを咀嚼した。

「強引に関係を作るだけなら、いつだって出来たんじゃないんですか?」

そりゃそうだけど、それはしたくないんだよ。僕は何も答えずに、もうたいして残っていないメロンクリームソーダに口をつけて、ずるずると音を立てながら啜った。氷の間に挟まってしまったアイスクリームは、しゃりしゃりと固まってしまっている。僕、こうなったアイスクリームって結構好きなんだよな。シャーベットみたいでさ。

「ここまで押せ押せできたんですから、いっそ暫く引いてみてはいかがですか」
「ええ…あんまり気乗りしないなあ。また合コンなんかに行こうとしたら、今度こそ僕どうするか分かんないよ」
「そこは知りませんけど。こんなに連日騒がしくしてたんです。案外彼女から連絡が入ったりするかもしれませんよ」

ううん、確かに。確かに悪くない案ではある。寂しがった彼女が『五条先輩、なんで連絡くれないんですか?』と嘆くところは見てみたい。

種は蒔いた。それこそたくさん、地面が見えなくなるくらいには。ならば少しくらい芽が出てもいいのではないだろうか。あわよくば実になってたりしないかな。

今日からまた暫く出張だし、仕事をみっちりこなしていれば、僕は返信がひとつも無いのを気にする暇もないはずだ。

僕はガタンと立ち上がって、千円札を机に叩きつけた。一応と思い、電話をかけてみたがやはり出ない。良いよ、オマエがその気なら。そうやって僕のことぶんぶん振り回せるのはオマエくらいだよ。


七海の「足りませんけど」という呟きは全く聞こえなかったことにして、僕はファミリーレストランを後にしたのだった。



「ねえ伊地知、押して押して押して駄目ならどうする?」

黒塗りの車の中、僕は窓を流れる景色を横目に伊地知に向かって話しかけた。運転とこの後の段取りで頭をフル回転させていたであろう伊地知は、僕からの突然の問いかけに「はい?」と少し上擦った声をあげた。

「押して押して押して押して押して駄目だったらどうする?」
「何かのなぞなぞですか?」
「早く答えろ」

運転席側の椅子をどかっと蹴ると、伊地知はまた「はい!」と上擦った声を出して答えた。

「押して駄目なら引くべきだと思います!」
「だよね!僕もそう思う!」







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