1


わたしの家は小さくてボロいながらも代々呪術師を輩出している家系である。わたしも当然のようにささやかな術式を継いでいて。まあたぶん、このまま細々と呪術師の家系が続いてゆくものだとばかり思っていた。この日までは。

「あなたもそろそろいい歳なんだから、結婚とか考えてないの?」

ええ、ええ。この台詞、実はもう5億回聴いております。なんと耳にタコができてしまいました。わたしは眉間にシワをぎゅっと寄せて、母親に「今はそういう時期じゃないの」と厳しく言い聞かせた。

「あなたそれ5億回言ってるわよ」
「あともう5億回言ってほしい?」

実に親子らしい親子だ。

さて、結婚して子供を産む。大儀である。実に生き物らしい大儀である。子を成して血を繋ぎ、術式を絶やさず、呪霊を祓い続ける素晴らしい大儀だ。人によっては生きがいにだってなるだろう。

まあ、相手がいればこそ、だけれど。

高専を卒業して、わたしは東京の片隅で呪術師をしている。高専に任務を斡旋してもらうこともあるけれど、基本的にはフリーの術師だ。弱い呪術師なので、それだけで食べていくことは出来ない。呪術師じゃないときは、アルバイトをして食いつないでいる。そんな程度の底辺呪術師だ。

これは社会人呪術師として働いて知ったことだったのだけれど、呪術師は恋人を作るには実に不向きな職業だった。たとえば男性と交際をしてデートをしていたとしても、任務が入ればそちらを優先しなければならない。放って置かれる恋人に『呪霊を祓わなければならないの』などと説明するわけにもいかず、わたしは彼らから“デートをすっぽかした無粋な恋人”という評価を受ける。そういった無粋の積み重なりは、最初こそ小さな歪みなのだけれど、だんだん大きな断裂となり、終いいには関係をすっかり破綻させてしまうに十分なものとなった。

ならば呪術師の恋人を作れば良いじゃないかと思われる方も多数いらっしゃるだろう。それはとても難しい問題だ。呪術師の数はとても少ない。たいていが互いの顔を見知っている。現にわたしの高専時代の同級生は、入学時は片手で足りるほどしか居なかった。

「あなたがモテないのは知ってるわよ」

母親の酷い言いように、わたしはむっつりと口を噤んだ。言い返したいけれど言い返せない。それはたぶん、真実である。

「だからお見合いなんてどう?ちょうどお話をもらってきたのよ」
「お見合い、かあ」
「贅沢言ってられる立場じゃないんだから、とにかく行ってみればいいじゃない。気に入らなければ断ればいいんだし」
「そんなに簡単な話かなあ」

お見合い、といえば良家のお嬢様にだけ訪れるようなイベントだとずっと思っていた。呪術師の家系は家柄に重きを置くけれど、その実最重要視されるのは“呪力と術式の有無”だ。結局、血だの何だの言ったところで、呪力や術式がなければお払い箱。わたしのような小さな家ではそうでもないけれど、たとえば禪院家のような大きな一族では、酷い扱いを受けることも少なくない。術式を持つ者同士の婚姻は、術式の遺伝に大きく関わるとされている。だから皆、そういった大きな家の子は許嫁がいたり、早々に術師同士で婚姻を決めてしまうことがほとんどだ。

まあ、母親の言い分は一理ある。わたしは贅沢を言っていられるような立場では決してない。上記のことがあるから、そんなに大きな家の人間では無いだろう。でも知ってる人だったら嫌だなあ。まあ、今更わたしとどうにかなりたい顔見知りなんて、居ないだろうけど。

母親のごり押しも相まって、返事を濁しているうちにあれよあれよと日取りが決まってゆく。本人そっちのけで集合場所やら何やらさくさくと進んでしまっている。

ううん、とりあえず行ってみて決めよう。行ってみて、やっぱり無理だとわかったら断れば良いから。そんな軽い気持ちで、わたしはお見合いに足を運ぶことになったのだった。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -