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東京の電車は嫌いだ。満員電車なんで特に。狭いし暑いし疲れるし、何一ついいことなんてないのにも関わらず、東京に住んでいれば利用せねばならない状況も往々にしてあるわけで。

緩慢に開いた自動扉の向こうから、狭い車両だというのに、遠慮も際限もなくさらに大勢の人が乗ってきて、わたしは心の中で泣き言をこぼしていた。今の状態といえば、まさに今鞄の底で悲鳴をあげているランチ用のアンパンのようにぎゅうぎゅうに潰されて、中身がびよんと飛び出てしまいそうな有様だった。苦しい。

ところで五条先輩は、日本人男性の平均身長168cm程度を優に超える身長をお持ちなので、電車の中だと特に目立つ。隣で吊革を握っているサラリーマン風の男性が、まじまじと五条先輩を見つめていた。その隣でスマートフォンを弄っているOL風の女性も、ちらりちらりと視線を飛ばしている。わたしも赤の他人だったら、そうやって彼を見ていたことだろう。

「もうちょっと詰めるよ」

平日、時刻は午前8時。今はいわゆる、通勤ラッシュだった。近年の電車には車椅子の人やベビーカーの人のために、端に広いスペースが設けられていることがある。わたしと五条先輩はちょうどそのスペースに身を寄せて、冷たい窓に限界まで体を張り付けて、満員電車特有のむわっとした空気感に耐えている。五条先輩はわたしを庇うように、電車の中で潰れている大勢の人たちに背を向けて立っている。ありがたいけれど、必要以上に体が潰れているのは、五条先輩がわたしにぴったりと体を押し付けているせいだった。

「もう限界です。五条先輩もう少し戦ってくださいよ。このままではわたしは潰れアンパンになってしまいます」
「なに潰れアンパンって。どっからアンパン出てきたの?大丈夫、僕潰れてても美味しく食える自信あるよ」
「そういう話をしてるんじゃなくて」

ぐぐ、と五条先輩の胸のあたりを腕で突っぱねるも、五条先輩が力を入れている上に、満員電車の僅かな隙間がわたしの腕で広がるはずもない。

ただでさえ目立つ五条先輩は、今日は怪しげなヘアバンドで目を覆い隠しているせいで、ますます悪目立ちをしていた。

それにしてもだ。五条先輩の足が、体が、腕が、加えて顔までめちゃくちゃ近い。背の高い 五条先輩の鎖骨あたりにわたしの顔が来てるのだけれど、胸元に強く押しつけられていて気が気じゃない。

「もう少し離れて欲しいんですけど…」
「一緒に抱き合って寝た仲だろ」
「そこにわたしの意思はありませんでしたが…」

先日、確かにわたしは五条先輩とひとつ屋根の下過ごした。いかがわしい事実などひとつもない。大雨の夜、わたしは仕方なく先輩である五条悟の部屋に泊まった。それだけのこと。わたしはその日のことは必要以上に思い出さないように心掛けていた。

「五条先輩」
「なに」
「なんでわたしたち満員電車で潰れてるんでしたっけ」

どす、とつむじに重たい一撃が入った。痛い。五条先輩の体躯に見合った長い指が、わたしの頭蓋を突いている。

「僕だってラッシュの満員電車なんかに乗りたくないに決まってるだろ!第一、オマエがモーニング食べたいって言ったのに遅刻したからこうなったんでしょ」

そうだった。いつも遅刻するのは五条先輩の方だったから、すっかり忘れてしまっていた。

「そうでしたね…」
「遅刻を責めずに付き合ってあげる僕って、めちゃくちゃ優しいんじゃない?スパダリってやつ?」
「スパダリってなんですか?」
「スーパーダーリン五条悟の略だよ」
「嘘教えるのやめてもらえますか五条先生」

モーニングはフレンチトーストが有名な、少し小洒落たカフェ風のお店でとる予定だった。森の中に佇む小さな別荘をコンセプトにしたお店で、店先はオープンテラスになっている。自然に囲まれて、日の光を浴びながらモーニングを楽しむ事が出来るらしい。らしいというのは、もちろん行った事がないからだった。上記の情報は、美容室で手渡された東京グルメ雑誌に掲載されていた。

「でも珍しいよね、僕を誘ってくれるなんて」
「量が多いみたいなんで保険です」
「僕の繊細なハートがボロボロなんだけど」

相変わらずぎゅうぎゅうに押しつぶしてくる五条先輩から顔を背けて、流れる車窓に視線を移した。明るい日差しが差し込んでいて、ビルの窓に反射している光が少し眩しいくらいだった。強い日差しのせいで頬が熱い。何故かどきどきと煩い心臓は、きっと苦手な満員電車のせいだ。


「そういえば、あと何駅ですか」
「たった今降り過ごしたところ」
「は?」







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