16


「痛っ」

隣で硬そうなサンドウィッチ(カスクートというらしい)を食べていた七海君が声を上げた。パチン、と爆ぜるような音と共にわたしの手にも痛みが走った。

時刻は昼、正午。今はバイトの昼休憩中。たまたま近くで呪霊退治の任務にあたっていた七海君から連絡があって、公園のベンチで一緒にご飯を食べている。

「静電気かな?」
「いや、呪力を感じましたが」
「呪力?」
「何か呪具でも持ってます?」
「持ってないけど」

呪術師として一応、アルバイト先にもいくつか呪具は持っては行くけれど、七海君がいるしと思って今はそれらを持ってきていない。まあそもそも、わたしはたいした呪具など持ってはいないのだけれども。

「それはおかしいですね。確かに呪力を感じたのに。ちょっと鞄を拝見しても?」
「いいけど、たぶん何もないよ」

そうですかね、と七海君がわたしの鞄をひったくり「開けますよ」ときちんと宣言をしてから鞄を開いた。

あまり大きくはないハンドバッグには、長財布がひとつ、ハンカチが一枚、化粧品が入っているポーチがひとつ、マグサイズの水筒がひとつ。スマートフォンを手帳として使っているから手帳は持ち歩いていなくて、でも何故か手放せない細いペンケースにはペンが一本が入っている。いたって普通、すべて身に覚えがきちんとあるわたしの私物である。

「ほら、何もないよ」
「確かに、おかしいものはないですね」

「七海君の気のせいだよ」と鞄を受け取ろうとした時、再びバチッと静電気が走った。セーターを着ているわけでもないのに、ますます不思議だ。七海君も眉間に皺を寄せて険しい表情をつくっている。

「ポケットの中のもの、出して頂けますか?」

まるで空港の保安検査のようだ。七海君が早くと急かしているので、わたしはポケットの中のものを取り出した。スマートフォン、薬用のリップクリーム。こんなものか、とボトムのポケットを弄った時、指先に固い感触を感じた。

「あとキーケースかな」
「それ、ちょっと貸してください」

キーケースを七海君に渡そうとした時、バチバチッと今までにないほどの光が爆ぜた。同時に弾くような強い痛みが走る。これはさすがにおかしい。七海君が「キーケースを開いてもらえますか?」と指をさすりながら尋ねた。

わたしが恐る恐るキーケースを開くと、“走る呪力の静電気”の正体が露わになった。

「一応聞きますけど、1番左の鍵は?」
「わたしの部屋の鍵」
「1番右の鍵は?」
「実家の鍵」
「真ん中の鍵は?」

真ん中の鍵には、見覚えがなかった。ごくありふれた銀色の鍵には、サービスエリアの売店の隅に売っていそうな、イルカのキーホルダーが付いている。アクリルで出来た可愛らしいイルカには、印字された名前が書いてある。それは、小学校低学年の子供が好きそうな、とてもありふれたキーホルダーだった。…イルカの背面に、包帯よろしく雑にべったりと付いている怪しい呪符を除いては。

わたしと七海君がゴクリと唾を呑んだのは、ほぼほぼ同時のことだった。

キーホルダーには、水色のまるい字で『さとる』と刻まれている。恐る恐る七海君が人差し指で鍵を突くと、やはりバチバチと呪力が爆ぜるのだった。

いつの間にかわたしのキーケースのど真ん中に堂々と居座っているこの鍵は、誰がどう見たって五条先輩の家の鍵だ。「何で気が付かないんですか」と呆れてため息をついた七海君に、わたしは引き攣った笑いを溢した。

「原因がはっきりしましたね」
「これ呪われてる?」
「ええ恐らく、まず間違いなくこの呪符でしょうね。それと地味に痛いので、どうか近づけないで欲しい」
「七海君祓って」
「一級の私には無理です」
「じゃあわたしにも無理だよ!」

七海君にキーケースを投げつけるも、ひらりと華麗に避けられてしまった。哀れなキーケースは重力に従ってヒューンと地面に落ちた後、カシャンと虚しい音を響かせた。

「物を粗末にしてはいけません」
「うう、わたしだってしたくないのに…」
「私にはコレの処理は無理です。よって、アナタが自ら解術を頼んでください」
「それだって無理すぎるんだけど…」



五条先輩の部屋の合鍵は、どうやってもキーケースから外すことができない。何故かわたしの家の鍵諸共キーケースにガッチリと憑いてしまっているので、キーケースごと五条先輩に差し返すわけにも行かない。当然のこと諸悪の根源に詰め寄ったけれど、五条先輩はどこ吹く風だ。

日常生活に差し支えるから何とかしてくださいと懇願すると、至極面倒くさそうな顔をした五条先輩によって、呪力の静電気が発される呪符はべりべりと剥がされた。相変わらず何を考えているのか今ひとつ要領を得ない五条先輩は「剥がしてやったんだからちゃんと持ってろよ」と合鍵の所持を強要した。

キーケースの中で禍々しい気配を放つイルカのキーホルダー付きの合鍵を、わたしは心の中でこっそり“特級呪物”と呼ぶことにした。

特級呪物。それは数ある呪物のうち、最も強力であるものにつけられるランク。呪物の中の呪物に与えられし名誉の称号。東京都立呪術高等専門学校もいくつか保有し、保管しているという。名前くらいは聞いたことがあるけれど、わたし程度の呪術師では滅多にお目にかかれるようなものでもない。

五条先輩の合鍵は、迷惑度でいうと“特級”に分類されても全く差し支えのないものだと、わたしは強く思ったのだった。







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