15


「修学旅行みたいじゃない?」

わたしはソファで寝ますと言い張ったのだけれど、一緒に寝たいと言って聞かない五条先輩が大人しくその条件を飲むわけもなく。深夜1時、明日は仕事。やだやだと駄々をこねる成人男性(最強)に、か弱いわたしの力が叶うはずもない。

こんな時間だし、五条先輩からいかがわしい雰囲気が発生する兆しもない。わたしは「わかった、わかりました」と五条先輩を寝室に押し込んで、自身もベッドの隅で横になった。今日は色々あって疲れたんだから、これ以上夜更かしを続けるわけにもいかない。

「聞いてる?というか起きてる?」

五条先輩に背中を向けて、さっさと寝てしまおうと思っていたのに、背中をツンツンと突かれ続けているので、中々入眠することができない。無視を決め込んでいると、拗ねた五条先輩が脇腹に指を伸ばした。さすがに我慢が効かなくて、わたしは五条先輩の方に顔を向ける。

「寝たいんですっ、て…」
「ん?なに?」

想像よりずっと近くにいた五条先輩は、当たり前だけどサングラスを外していて。当然だけど目隠しもしていない。ひどく整った顔つきは、喋らなければ文句の付け所がない程の特級品だというのに。

一見ニコニコと人が良さそうな笑みを堪えているが、わたしのことを面白がっているだけなのは明白だ。思わず溢れ出た「近…」という言葉を、絶対に聞こえてるはずなのに「もっかい言って」とさらに詰める五条先輩が恨めしい。

「とにかく離れてもらっていいですか…」
「ええ?離れると聞こえないんだよね。誰かさん家のベッドと違って、僕の家のは大きいからさ」
「一言余計ですけど…」

腕枕したい、などと言い始める前に早く寝てしまわなければいけない。だというのに、否が応でも感じてしまう五条先輩の体温や、吐息がいちいち気になってしまって眠れそうにもない。

「恋バナしようよ、恋バナ。修学旅行の夜といえば恋バナでしょ?」
「修学旅行でしたっけ、これ…」
「いいじゃんいいじゃん。僕は〜2組の五条悟君とかおすすめだなあ。長身高収入最強でイケメン、おまけに性格にも非の打ち所がない!」
「自分で言ってて虚しくないですか?」
「まあ全部真実だしね。どう?安くしとくよ?」

はあ、と大きくため息をついて、わたしはしっかり目を閉じた。「明日、五条先輩もお仕事でしょう」と尋ねると「もちろん」と返事が返ってくる。じゃあもう話はすべきでない。五条先輩もわたしも、早く眠ってしまわなければ。わたしは黙ってくれ、という意味合いと早く寝てください、という願いを込めて、五条先輩の背中のあたりを子供を寝かしつけるようにして軽く叩いた。大人しくあやされていた五条先輩は、ひとしきり喋って満足したのか、しばらくすると静かになった。

暗い部屋の中、徐々に訪れる微睡みに身を任せて、わたしはようやく眠りについた。

小さな小さな掠れ声で囁かれた「ちなみに、僕の好きな人はねえ…」という呟きは、未だ降り続ける雨音に混じって消えてゆく。もちろん、わたしの耳に届くこともなかった。雨はまだ、止みそうもない。



……

わたしは何故かジャングルにいて、コーヒー牛乳色した沼地を歩いている。広がる粘着質な泥に足を取られて、うまく歩けないでいた。ジャングルなので蒸し暑く、薄ら汗もかいていて不快だ。早く出てしまいたい、と思って沼を歩き続けていると、ふと藪に白い影が視界に入った。「なに」と声を出すまもなく、白い影はぬるりと動き、薮からずるんと這い出てきた。

影が蛇だとわかったのと、わたしの身体に蛇がぎゅうと巻き付いたのはほぼ同時だった。腕の太さくらいある大蛇が、わたしの身体をギリギリと強く締め付けている。特に胸のあたりを締め付けている腕が苦しい。腕は肺を押し潰さんばかりに、がっちりと巻きついて、わたしの動きを制限していた。

……腕?

夢は、たいがい夢であるということに気が付いたら目が覚める。そもそもわたしがジャングルに居るはずないし、大蛇が巻き付いているわけもない。ということはつまり、この巻き付いている太い腕は。

マンション中の人が起きてしまいかねないほどの悲鳴をあげたわたしを、目を閉じたままの五条先輩がにやにやと笑っている。慌てて離れたわたしの身体は、勢い余ってベッドから滑り落ちた。五条先輩が咄嗟に手を伸ばしたのが見えたけれど、不運にも間に合わず、わたしの身体は重力に従って真っ逆さまだ。

数秒後、腰を強くぶつける無様な音と、シーツが引っ張られて擦れる高い音が同時に寝室に響いた。鈍い痛みに顔を顰めて、わたしは「うう、」と小さく呻き声を上げた。朝からとんだ災難だ。心配して覗き込んだ五条先輩がゲラゲラ笑っていることに憤慨して、わたしは一緒に落ちた枕を、「痛かったでしょ、おいでおいで」と手を広げている彼の顔面目掛けて投げつけた。


あれだけ降っていた雨はもうすっかり上がって、空には誰かさんの瞳の色のような、澄んだ青空が広がっていた。







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