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地球は丸くてまわっていて、雨が降る日というのは天気が悪く、ゾウは大きくネズミは小さい。ええと何が言いたいかというと、つまり、当たり前のことは当たり前ということで。

分かっちゃいたけど、五条先輩の服は大きかった。わたしはご好意で貸してくださった灰色のスウェットを着て、五条先輩がシャワーを浴び終えるのをソファの上で待っている。だぶだぶと余る袖、裾も膝くらいまでありそうだ。スウェットのズボンは流石に大きすぎて履けなくて、ただ何も履かないわけにもいかず「悪いね、海パンしかないよ。あ、ボクサーパンツならあるけど」などと宣う五条先輩から海パンをひったくって着用した。陽気なハイビスカスの柄は、今のわたしの心情から一番遠い場所にいる。

ふかふかのソファに身を沈めて、少しでも余計なことを考えないようにと必死に頭を巡らせた。静かな室内には、雨が窓を叩く音と、いつもは聞こえないコチコチという小さな秒針の音、そして五条先輩がシャワーを浴びている音が混ぜこぜになって響いていた。

わたしはぎゅうと縮こまって膝を折りたたみ、五条先輩のスウェットの中に足を収めた。ちょうど、三角座りのまま服を伸ばして被せているような状態だった。五条先輩のスウェットが伸びてビロビロになろうが知ったことではない。そもそもこの状況を招いたのは五条先輩なのだし。

時刻は既に0時を過ぎている。暇を持て余して、わたしはソファでごろんと横になった。柔らかくて大きなソファは、わたしひとりくらい横になってもまだまだ余裕がありそうだった。五条先輩が眠るには、少し窮屈そうだけど。

「僕のスウェット、ビロビロにする気?」

ソファの背面から、ぬっと長い手が伸びた。まるで大型犬を撫でるように、ガシガシとわたしの頭を乱暴に撫でる。条件反射のような「やめてください」という抗議は、いったん私の口を出かかって、その実「やめ」までしか音にならなかった。


わたしは目を疑った。


五条先輩が、半裸の五条先輩が、ドライヤー片手にこちらを見ている。


湿ったままの白い髪の毛が、五条先輩の大きな手で雑に掻き上げられた。首にグレーのタオルをかけてはいるが、そんなもので彼の半身が隠されるわけもなく、普段は黒い服の下にある筋肉が、これ見よがしに晒されている。身長が高いせいでスレンダーに見える彼の身体は、思っていたよりもずっと筋肉質だった。シャワーを浴びて上気した身体は、所々桃色になっている。肌が、白い。それがまた、彼の宝石のような瞳の色をより一層美しくに引き立てていた。じゃなくて。

「髪乾かして」

まるで子供のような可愛らしいおねだりだが、身長190センチ以上の男にされるとひどくゾッとする。

「はやく。風邪ひいちゃうでしょ」

ドライヤーをほとんど無理やりわたしに持たせて、五条先輩がスイッチを入れた。ドライヤーからモーターと風の音がして、ノズルから暖かい風が吹き出ている。このドライヤー、高いやつだな。じゃなくて。

ーー値下げ交渉は往々にして、まず“絶対に不可能なほどの条件”を出すことから始まる。たいていの場合、売人はその条件を呑むことが出来ない。ここから、交渉人は徐々に条件を下げ、自身の要求する水準になるよう求める。自身の要求を売人に『まあこのくらいならいいか』と思わせる事が出来たら成功だ。

「服、着てくれたら乾かしますから」

つまるところ、わたしの負けは五条先輩が半裸になって現れた時に、既に確定していたようなものだった。とにかく服を着てくれるなら、髪を乾かすくらいなんてことはない。してやられた、と思わないこともないが、これ以上裸の五条先輩と同じ空間にいることだけは避けたかった。

五条先輩はにやりと悪い笑顔をつくった後、すぐに「いいよ!」と元気のいい返事をして、床に放り投げてあった黒いTシャツを羽織った。のそのそと起き上がったわたしのすぐ側、ちょうど膝のあたりに頭がくるように、ソファを背凭れにして座った。

銀とも白ともとれる不思議な色合いの髪の毛は、見た目通りふわふわと柔らかい。まだ湿っているそれに温風を当てて、早く乾けと願いつつ乱暴に髪を梳く。たまに聞こえる「痛っ」という声は、聞こえなかったことにした。







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