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排水口に流れていく真白い泡をじっと見ていた。細かい泡は、くるくると円を描くように吸い込まれて、あっという間に消えてしまう。曇った鏡にうつった冴えない顔が、はあ、と大きくため息をついた。

流されている。確実に、流されている。分かってはいるのだけれど、強く拒めない自分がいる。冷水を浴びて一旦冷静になろうとも考えたけれど、流石に寒い。季節は冬。下手をすれば風邪を引きかねない。やだやだ、止めだ。最悪、五条先輩がやれ看病だとわたしの部屋に押しかけかねない。

わたしは、独身の男性が住んでいるにしてはきちんと片付けられているシャワールームで、ひとり悶々と葛藤していた。

五条先輩が何を考えているのか分からないのは今に始まった事ではないけれど、最近はもう本当にさっぱりだ。

がしがしと乱暴に髪の毛を泡立てた。シャンプーは二回目。別に、二回洗うポリシーがあるわけではない。間違えただけだ。

五条先輩のシャンプーは、お洒落でスタイリッシュなのは良いけれど、シャンプーとコンディショナーのボトルに殆ど違いが無い。黒くて四角いボトルに華奢な筆記体で“shampoo”と“conditioner”と書かれているだけなので、ふたつはとても分かりづらい。

コンディショナーを取りたいだけだったのにな…と思いつつ、何だかとても高そうなシャンプーなので、そのまま捨てるのも忍びない。そういうわけで、わたしは再び髪の毛を泡立てている。

「オマエ風呂長くねえ?」
「入ってこないでください」

五条先輩のマンションから歩いてほんの二分ほどのコンビニで、下着だの化粧水だのを買い漁った。今のコンビニって便利だよね。何でも揃うし、大抵のものは買えるんだから。ついでにハーゲンダッツを買ってもらった。

雨が止む気配は全くない。今も、外は荒々しい風が吹いているし、壁を打ち付ける激しい雨音が聞こえている。あれから停電こそしなかったけれど、雷はいまだにピカピカ光っては辺りに恐ろしい轟音を響かせていた。

男性経験がないわけではない。最近はその、随分とご無沙汰だったのだけれども。今の状況がたとえわたしの本意でなくとも、いわゆる“まずい状況”であることに間違いはなかった。

ちょっと待て。わたしはどうして五条先輩を意識してるんだ。成人男性かつ、長身でイケメン、でも相手はあの五条先輩だぞ。お見合い(?)してからというもの、何でか急接近してるけど、相手は“あの”五条先輩だ。仮にときめいたとしても『え?僕そんなつもりなかったわ〜』と言われてしまう結果は目に見えている。そもそも、五条先輩がわたしのこと女性として扱っているかも微妙だ。犬とか、猫とかのほうが扱いが近い。愛玩動物的な。愛玩……とても不気味な響きだ。

わたしは十分に泡立てたシャンプーを熱いシャワーで流した。そしてふと、五条先輩の香りを思い出した。あの日、わたしが酔い潰れて、何故か五条先輩に運ばれて帰った朝。枕から漂う整髪剤の香りと思しき匂いの正体。ベルガモットやシトラスのような爽やかな香りに混ざる、少しだけウッディないい匂い。

五条先輩は、シャンプーの香りがする。

「ああああ…」

余計なことを思い出してしまった。雑念を祓うべく、わたしはコンディショナーに手を伸ばした。

「オマエ風呂長くねえ?」
「出てってください」

髪に広げたコンディショナーが元気よく泡立ったので、わたしは今晩三度目のシャンプーをすることとなった。







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