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都内某所。大変立地が良くて、とっても住み良さそうな場所。駅から徒歩10分程度。セキュリティがしっかりしてそうで、小綺麗なマンション。おそらく鉄骨。五条先輩は、わたしとは比べ物にならないほど家賃の高そうなお家に住んでいた。

「もう見たから帰ります」
「折角なんだから上がっていけよ」
「いいえ結構です」

素敵なマンションに素敵なエントランス、天下の特級呪術師様はお金持ちだなあ。素直に羨ましい。ちなみに「寄っていきなよ」「いやいいです」の押し問答は、エントランスからずっと続いている。

「玄関前で騒ぐなよ。ご近所様に迷惑だろ」
「じゃあ大人しく帰らせてくださいよ、わたしに迷惑がかかってます」

前方に五条先輩のお部屋(贅沢に角部屋)。後方に最強の呪術師五条先輩(ご本人)。部屋の扉は既に空いていて、オマケにいつの間にやらぽつぽつ雨も降ってきた。こうなってしまうと逃げ道は無いに等しい。

「はよはよ」とわたしの背中を押しながら急かす五条先輩に流されているのは明白だが、ここで騒ぎ続けるわけにもいかない。わたしはしぶしぶ、彼の部屋に足を踏み入れることにした。



「紅茶?コーヒー?それとも僕?」
「五条先輩以外なら何でも」

わたしはキッチンで「ええー」とぶー垂れている五条先輩を無視してソファに座った。まふ、と柔らかく空気が抜ける音がして、わたしの体がふかふかのソファに沈んでゆく。広くてシンプルな1LDKのマンション。所得の高い一人暮らしの独身か単身赴任を想定した物件だろうか。当たり前だけど、わたしの部屋よりずいぶん広い。三人掛けのソファも大きくて、悔しいけれど座り心地は抜群。合皮だろうか、生地はつやつやしっとりとしていた。

「当店おすすめの五条悟ブレンドだよ」
「甘そうですね」
「愛情たっぷりだからね」
「愛情抜きでお願いします」

シンプルな真っ白いマグカップに並々と注がれているコーヒーは、既にミルクが入っている。ソファ前のローテーブルに置かれたそれを手に取って、わたしはゆっくりと飲み下した。思っていたよりは甘くない。さて。

「帰っていいですか?」
「だめ」

当然のように隣にどっかりと腰を下ろした五条先輩は、わたしと同じようにコーヒーを飲んでいる。白くて細い喉によく目立つ彼の喉仏が、嚥下に伴ってごくんと大きく動いた。

「寝室はあっちだよ」
「えっ…要りませんけど…」
「見る?」
「話聞いてます?」

あっちあっち、と指を指す方向に視線を向けると、半開きの扉の奥にチラリと見える暗い部屋。ほんの少しだけ白いシーツが見えている。身体の大きい…というよりは身体が長い五条先輩のこと、ベッドは大きいサイズなんだろうな、とぼんやり考える。


「ベッドはキングだからゆったり眠れるよ」

聞いてない聞いてない。

「君が布団からはみ出ることもない」

聞いてない聞いてない。

五条先輩の寝室には一片の興味も無いので、わたしは「はいはい羨ましいですね」と適当に聞き流す。五条先輩との会話のキャッチボールに慣れ始めている自分に、ほんの少し嫌気がさした。まあ、五条先輩のはキャッチボールというよりは、ドッヂボールに近いけど。気を抜くと豪速球で意識諸共ペースまで持っていかれてしまう。

ぺらぺらと寝室事情を語っていた五条先輩がそういえば、と話題を変えた。

「僕、気になってた映画のDVD借りてきてたんだよね。一緒に観ようぜ」
「いいですけど」

彼は大きなソファに見合った大きなテレビ―40インチ以上はありそうだ―の電源をつけ、DVDプレーヤーにディスクを挿入した。慣れた手つきで映画の音声を選択する先輩を見ながら、わたしは生温いコーヒーを啜っていた。五条先輩とわたし、映画の趣味は合うんだよなあ。



「あ、サングラス外してくるわ」
「はーい」
「先進めててもいいから」
「待ってますって」

開始一時間ほどたったころ、サングラスを外すのをすっかり忘れていたらしい五条先輩が、髪をかきながら寝室へと消えた。気に入っているサングラスだから、きちんと仕舞っておきたいらしい。彼は寝室に入って五分ほどで戻ってきた。あれだって、胡散臭いことこの上ないデザインだけど、結構いい値段のするサングラスなんだろうな。

滅多に見れるものではないので、まじまじと五条先輩の六眼を見る。雲ひとつないよく晴れた青い空のような瞳は、素直に宝石のようで美しいと思う。視線に気付いた五条先輩がウインクを飛ばしてきたので、わたしはテレビに視線を戻した。

と、その時。

ひどい稲光があたりを真っ白に染めたかと思ったら、バチンと音がして全ての明かりが消えてしまった。停電だ。ゴロゴロ、と低く地を這うような音がしてすぐ、ピシャンと空気を引き裂くような大きな雷鳴が轟いた。いつの間にか外の雨は激しさを増しており、まさにバケツをひっくり返したよう。叩きつけるような雨音に混じって、もう三度ほど雷が鳴った。

「あれ、警報出てる。電車みんな止まっちゃったみたいだよ」
「え?」
「この雨じゃタクシーも捕まんないだろうし……。僕、君が着られそうな服持ってたかなあ」
「え?」
「下着はないから、あとで下のコンビニに行くか。うーん、電気の復旧までもう少しかかりそうだね」

ぽんぽんとわたしを置いて進む話に、頭が混乱して追いつかない。寒くない?と肩を抱く五条先輩をぐいと押しやって、自身のスマートフォンを恐る恐る開いた。

東京都内全域に大雨降水警報の文字。次いで電車の運行は「運休」と表示されている。こんな土砂降りの中、タクシーが見つかるわけもない。

ここで一夜明かすの?酔い潰れて意識を失っているわけでもなく、シラフで?

絶望をしているわたしとは裏腹に、楽しそうに話を進めている五条先輩を睨んだ。

「五条先輩って天気操ったりするんですか?」
「君僕のこと何だと思ってんの?」

この顔は、絶対知ってて呼んだ顔だ。わたしは、天気予報をろくに見もしなかった今朝方の自分をひどく恨んだ。







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