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これをデートと呼ぶのか、についてはどこか別の場所で議論したい。わたしは、五条先輩とふたりで夜ご飯に来ていた。五条先輩はお忙しい方なので、あまり会う頻度は多くない。わたしは七海君の方が一緒にいるかも。任務で一緒になるし。ああ、いや、今はその話は関係ないか。ええと、なんだっけ。そうそう、今わたしはディナーを食べている。五条先輩と、ふたりきりで。

五条先輩と晩ご飯を食べるのは、誠に不本意だけど悪くはない。お金は全部五条先輩が払ってくれるし、彼の連れて行ってくれるお店はおいしい所が多い。舌が肥えているのだろうか、常に甘いものばかり食べてるから、そんなイメージはなかったのだけれど。

まあ、なんだ。そんなことじゃなくって。

「なんでそんなにご機嫌斜めなんですか」
「……」

わたしと五条先輩は現在進行形で晩ご飯を食べているけれど、今日は午後いっぱい一緒にいた。13時ごろに都内某所にて待ち合わせ、五条先輩が食べたいとわたしのラインに連稿してきたパンケーキのお店に赴いた。最初は良かったのだが、終盤は生クリームが甘すぎて、わたしは大いに苦しんだ。甘いものは嫌いじゃないけれど、普通の人間はそんなにたくさん食べられるわけじゃない。

わたしが食べきれなかったパンケーキを嬉々として平らげる五条先輩に辟易しつつ、彼は次に水族館へ行くと言った。構わないけど、いや別に構わないけれど、五条先輩水族館とか好きだったっけ。逆らっても体力の無駄だとして、水族館に着いていく。青白い照明の中、色とりどりの魚たちが悠々と泳いでいる姿を見るのは嫌いじゃない。むしろ好き。五条先輩はツンツンに毛の逆立ったイワトビペンギンのぬいぐるみを購入していた。なんでも“めぐみくん”に似ているそうだ。楽しそうに選んでいる五条先輩を不覚にもかわいいと思ってしまった。本当にうっかり。

「分かんねえの?」
「テレパスじゃあるまいし、分かりませんよ。なんでそんなに怒ってるんですか」
「……」

いつもこれ以上ないってくらいに五条先輩に振り回されているけれど、今日は特に特別だった。多忙な五条先輩がこんなに長い時間わたしに時間を割くことは珍しい。いつも『ご飯行こう!』と台風のように現れてわたしの手を引っ張っていくのに。今日だって『パンケーキ食べるよ!』とほとんど無理矢理連れ出されたようなものだけど。

「ふーん」と拗ねてそっぽを向いてしまった五条先輩は、つまらなそうに食後コーヒーに砂糖を落としている。じょりじょりと、溶けきらなかった砂糖と陶器が擦れる不快な音がテーブルに響いていた。

「いいよ、覚えてないなら別に」
「何かわたし忘れてます?」
「いいよいいよ。別に」

肘をテーブルについて、頬を膨らませて、その姿はまるで駄々をこねる幼子のようだ。図体めちゃくちゃ大きいけど。あーあ。こうなったら五条先輩は面倒くさい。

わたしは「ごめんなさい、教えてください」ととても素直に(棒読みの)謝罪をした。本当は謝りたい気持ちなど1μgもないけれど、謝らなければ五条先輩はどんどん面倒になってゆく。

五条先輩は暫し考えた後、ごそごそと懐から何かを取り出した。

「ここ」

何かの免許証に見えるそれは、五条先輩が楽しそうにピースしている写真が載っている。目が隠れてるけど、それでいいのかこの免許証は。

わたしは五条先輩が「ここ」と指差す箇所を凝視した。レストランのほんのり暗い照明だと、細かい文字は読みづらい。

「今日は何月何日?」

わたしはスマートフォンのホーム画面を見る。12月7日。ああ、なるほど。いや、それにしてもだ。

「……お誕生日、おめでとうございます」

ケッ、と小さく悪態を吐いた五条先輩が、わたしの眼前に手を差し出した。大きな手のひらを見て、五条先輩を見て、それを交互に三度ほど続ける。

「プレゼント」
「それ、強請るようなものでしたっけ」
「合鍵でいいよ」
「妥協点おかしくないですか?」

早く寄越せ、と不機嫌な青い目がサングラス越しにわたしを睨んだ。

「嫌ですよ、プライバシー以前の問題です」
「僕の誕生日忘れてたろ、その罰」
「嫌です。他のもので我慢してください」

五条先輩は少しだけ考え込むような仕草をした後、やっぱり「合鍵が欲しい」と宣った。

「僕の合鍵あげるから」
「要りませんし、そもそもわたしは五条先輩のお家知りませんし」

しまった、と思った時にはもう遅い。五条先輩はニヤリと楽しげに唇を歪めている。五条先輩がぐいっとコーヒーを飲んで、立ち上がった。

やられた、これではまるで、わたしが五条先輩のお家に行きたいと強請っているみたいではないか。


「僕の家?知りたいなら行こっか、ほら立って。それで誕生日忘れたことナシにしてやるから」
「知りたくない知りたくない知りたくないです」
「照れるなよ、積極的な誘いは嫌いじゃない」

五条先輩が「いやむしろ大好き」とわたしの肩をしっかり抱いている。しまった。盛大に後悔してももう遅い。店の前で足をふんばっているが
「お店の人に迷惑でしょ」とずるずる引き摺られている。買ったばかりのヒールの底が、アスファルトで荒く削られる音がした。







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