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頭がガンガンと痛み、異様に喉が渇く。視界の端がぐるんぐるんと動いて、びっくりするほど体が重い。あと足首が痛い。足首が、めちゃくちゃ痛い。

わたしは何でこんなことに、と体を捻って足を見た。見なきゃよかった。ストッキングはビリリと破けているし、足は真っ青に色が変わって、痛々しく腫れている。昨日の記憶が全然ない。確か最後に生ビールを頼んで、それで……ええと、どうしたんだっけ。ぐぐ、と身体を伸ばすと、脹脛に激痛が走った。

「いだ、だだ!痛い!痛い痛い!」

飲み過ぎによる脱水症状からくる“こむら返り”。脹脛の筋肉がピンと攣って、耐え難い痛みになる。痛い痛いと騒ぐわたしの脹脛を、でかい手のひらがゆるゆると摩った。

「アンコール!アンコール!」

な、なにがアンコールだ!なんで五条先輩がわたしのベッドで一緒に横になって、わたしが苦しんでいるところをアンコールしてるんだ!

「見てないで、ひい……!さ、触るな!」
「朝から元気だよなあ。ほらほら、伸ばして伸ばして。よしよし、痛そうだね」
「やめてください!足が取れる!」
「取れたりしないよ大袈裟だな」

ただでさえ広くはないシングルベッドに、馬鹿みたいに図体がでかい五条先輩が一緒に横になっている。なんで?なんでこの人わたしと寝てたの?記憶はすっかり渋谷に置いてきてしまっているようで、うまく状況が読み込めない。二日酔いの頭では、もう何が何だかよく分からない。

「なんで五条先輩ここにいるんですか?不法侵入で訴えますよ。今度こそ本当に」
「僕らの仲だろ?昨日終電を逃して歩道橋から落ちた後輩を優しくおんぶして運んでやったのは誰だろうな?」
「嫌だ嫌だ悪夢すぎる……」

攣った足を摩りながら、わたしはベッドに蹲った。わたしの匂いしかしないはずのベッドから、居酒屋のタバコの匂いに混じって濃い五条先輩の匂いがする。わたしは「うそだ……」と呻きながら枕に顔を埋めた。枕からも五条先輩の整髪剤の匂いがする。なんか……やだ……

「足、硝子今日高専居るから治しに行こうか」
「ええ……いいですよ湿布貼っときます。硝子先輩にこんな事で呪術使ってもらうのはさすがに悪い気がします」
「昨日僕に反転術式使ってえ〜って喚いてたのに?」
「今すぐ消えたい……」

足はジンジン痛むし、ついでに言うと頭も痛い。朝から元気いっぱいの五条先輩を相手するには最悪のコンディションだ。

「お水ください」
「はいどうぞ」

五条先輩はどこからともなくペットボトルのお水をわたしに渡した。べこべことよく凹む柔らかいペットボトルに四苦八苦しつつ、ぬるい水を喉奥に流し込んだ。

「それ僕も一口飲んだから関節チューだぜ」

ぶっふ、と吐き出しそうになった水を、気合で飲み込んだことを誰か褒めて欲しい。けれど気管に入った水は、容赦無く湿気た咳を誘った。げっほげっほと大きく咽せるわたしに、五条先輩は「大丈夫?興奮した?」と楽しそうに声をかけている。これはデジャヴだ。悪夢のデジャヴに違いない。





「こんな事でわたしを使うな」

五条先輩に向けて言っているはずなのに、硝子先輩の言葉はわたしにも鋭く刺さった。色々な意味で逞しい五条先輩は「はいはい」と硝子先輩の説教もどこ吹く風だ。羨ましい。五条先輩は夜蛾先生に呼び出されて保健室を出た後、もうこの場所には帰ってこなかった。ラインで『ごめんね野暮用ができちゃった』とメッセージが入っていたので、何か仕事でもあるのだろう。別にいちいち連絡しなくていいのに。

わたしはすっかり治った足を確かめるように軽く跳ねて、硝子先輩に「ありがとうございました」と礼を言った。

「まあ気にするな。何かあったらおいで」

ところで、と硝子先輩が口を開いた。

「部屋にしつこい蚊がいるようだな?」

トントンとわたしの頸の下を、硝子先輩の細くてしなやかな指がさした。蚊?痒くないのに不思議だな、と思って医務室の鏡を覗く。見えない。ぐっと顔を逸らして、ようやく見える位置にそれはあった。絶句。

「見せつけるのもほどほどにな」

くすくすと笑いを溢す硝子先輩の声が、静かな医務室に響いていた。







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