赤い糸の先、某所にて


(ナマエ視点)

「それで、あなたは誰派?」

神羅カンパニーの社員には、とにかく顔のいい男性が多い。英雄セフィロスをはじめとして、ソルジャーの面々だけでなく総務部調査課のメンバーもよく話題に上る。

ランチタイムのカフェテリアで私は同僚の女性たちと、そんなありふれた話題に興じていた。

「…タークスの、ツォン」
「へえ、意外。ま、彼真面目そうだものね」

ツォンは私と同時期に入社した社員だった。入社式で少し話をして以来、時々ひとりでランチをしていると、横に座ってくれることがある。彼は総務部調査課なので仕事において殆ど関わる事はなかったけれど、社内でばったり会うと、私たちはたわいも無い世間話をするような仲だった。会話の内容は天気の話やら流行りの映画の話、最近好きな本の話などごく普通の世間話に過ぎないから、彼が危険な仕事の多いタークスだなんてついうっかり忘れてしまうことがあるくらいだ。

彼はたまに、黄色い花をくれる。ミッドガルでは珍しい百合のような花。彼曰く、仕事先で貰うことがあるそうだ。自分には花を飾る習慣がないからと一輪だけ渡されるその花は、時々私の家の部屋を彩っている。過去に一度だけドライフラワーにして保管しようとしたけれど、どうも花質が向いていないらしく、以来ひとつだけ押し花にしたものを取ってある以外は、枯れるまで丁寧に世話をしている。

誰派と尋ねられて思わずツォンと答えてしまったことに、他意はない。はずだ。彼は誰が見ても魅力的な男性だ。人気だって、とても高い。現に、私に質問を投げかけた同僚だって別段不思議に思っていない様子だったし、他にもファンの女の子はたくさんいるんだろう。

昼食時間を終えてエレベーターに乗ると、地下室3階のボタンが点灯しているのが見て取れた。一部の地下のオフィスや上層階はごく一部の、許可されたIDを所持している者しか出入りすることができないので、珍しいなと思いつつ自身のオフィスがある階層へのボタンを押した。

「“ツォン派”だったなんて、初耳だな」

聞き覚えのある声がして、勢いよく振り返る。腕を後ろに組んで、姿勢良く立っているツォンがそこに居た。相変わらずの仏頂面で、髪をひとつに引っ詰めている。

「聞いてたの?」
「生憎、耳は良いものでね」

そうだ、と彼は何かを思い出したように組んでいた手を解いた。手の中にはいつもの、黄色い花。

「ファンにはサービスしないとな」

気障ったらしい台詞はきっと得意でないのだろう。少し頬を染めて、視線はエレベーター内をうろうろと泳いでいる。「ありがとう」と花を受け取って微笑みかけると、彼は胸ポケットから手帳を取り出した。何かをスラスラと書き留めて、彼にしては乱暴にページを破り取る。ビッ、と紙を裂く乾いた音がエレベーター内に響いた。

「今後とも、ご贔屓に」

そう言って、千切った手帳のページを四つ折りにした紙を手渡される。これは?と尋ねる前に私のオフィスの階層に着いてしまい「またな」と降りるよう促される。


デスクに戻ってから開いた破れたページには、電話番号がひとつ書かれており、横には“Tseng”と、几帳面な字で記名されていた。



ーーー



(ツォン視点)

その日ツォンは、神羅カンパニー本社ビル、リフレッシュフロアを歩いていた。片手にはエアリスから700ギルで買った黄色い花ーーエアリスの花は価格変動性で、現在ツォンは最高価格で買わされていることを彼は知らないーーをひとつ後ろ手に持ち、人探しをしていた。

リフレッシュフロアのカフェテリアで談笑している女性社員たちの中に目的の人物を見つけて、ツォンは思わず歩幅を小さくした。

「それで、あなたは誰派?」

一部の女性社員たちが、自身を含めた神羅カンパニーの男性社員を品定めするようにランク付けしていることはツォンも知っている。男性社員も似たようなことをしているので、それらを咎めるような気持ちはない。誰が人気なのかについては、尚更興味も無かった。

…彼女の回答を除いては。

彼女はツォンの部署違いの同期にあたる女性社員で、時々顔を合わせては世間話をする程度の関係だった。彼女は稀にひとりでランチをとっているので、ツォンはそれを見つけるとこれ幸いとばかりに彼女の隣へ腰掛ける。会話内容は最近読んだ本やら流行りの映画など、おおよそツォンが普段は行わないような会話ばかりだ。ツォンは彼女と話す口実を得るために、さして興味のないそれらの内容をまめにチェックしている。彼女の影響で読んだ本も何冊かあった。

ところで、“彼女が誰派なのか”について、直接尋ねた事はない。悪いことをしているわけでは無いけれど堂々と立ち聞きするのは憚られ、ツォンはこっそりと柱の陰に身を潜めて、彼女の回答を待った。

「…タークスの、ツォン」

心臓が大きく跳ねるのが自分にも良く分かった。まさか、聞き間違いじゃないだろうな。脳はまれに、聴覚から得た情報を自身の都合の良いように改竄する事があるという。彼は今がその“まれ”でないことを心から祈った。はやる気持ちを抑えつつ、至極平静を保って、ツォンは彼女の乗るであろうエレベーターへと先回りした。

「“ツォン派”だったなんて、初耳だな」

予想通りエレベーターに乗り込んで来た彼女に声をかける。思いがけない先客に、彼女は驚いた表情になった。

「聞いてたの?」
「聞こえたんだ」

嘘だ。わざわざ足を止めて、柱の陰に隠れてまで聞いていた。なんとか気がつかれまいと、ツォンは会話を続ける。彼はいかにも“今思い出しました”といった様相で「そうだ」と後ろ手に持った花を差し出した。

「ファンにはサービスしないとな」

気障ったらしい台詞はあまり似合わないことを自覚して、頬に熱が篭る。「ありがとう」と花を受け取って微笑む彼女にほっとしたのも束の間、ツォンはポケットから黒い手帳を取り出した。いつか渡せたら良いのに、とずっと思っていた電話番号をメモの欄に走り書いて、ビリリと乱暴に千切った。

「今後とも、ご贔屓に」

端が歪になった紙を四つ折りにして、彼女の小さい手に握らせる。幸い、きまりの悪さでどうにかなってしまう前にエレベーターは彼女のオフィスのフロアへと着いたので、「またな」と降りるようにやんわり促した。


それからツォンは、いつもは不快に思う携帯電話の振動を、彼女からの電話がかかってくる21時頃までずっと心待ちにしているのだった。







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