ある月夜


夜。自主的な射的の訓練を終えてそろそろ帰宅しようと思ったナマエは、仮眠室横の給湯室へと向かっていた。既に外は真っ暗で、ナマエ以外に人はいない。神羅の一般兵であるナマエは、女であることを偽って兵士となった。ナマエには、男装してでも志願しなければならない、のっぴきならぬ理由こそあったが、それはミッドガルに住むどの人間にも言えることだ。女である事が露見してしまわぬよう、また、他の兵士に遅れを取らぬように、ナマエは時々自主的にトレーニングに励んでいた。

仮眠室に差し掛かった時、ナマエの腕は何者かにぐっと引かれた。咄嗟のことに抵抗も出来なかったナマエは、あっという間に仮眠室のベッドの上に倒れ伏した。ガチャ、という鍵の閉まる音がして、慌てて起き上がる。月が嫌に明るく室内を照らしていたが、ナマエを引き込んだ男は仮眠室の照明のスイッチを付けた。

タークス。

一般兵であるナマエでも、その名前はよく知っている。特に、目の前にいる、炎のような赤毛の男は有名だった。

「遅くまでご苦労様」
「レノさんも、まだお仕事ですか」
「んー、俺はもう終わったぞ、と」

にこにこと人の良さそうな顔で、けれど決して隙を見せないレノに、ナマエは焦りを覚えていた。目的が見えない。レノはじりじりとナマエに近付て、そして、ナマエの体を組み伏せた。


〇〇


レノはナマエの両腕を軽々左手で押さえつけて、首筋に顔を寄せた。レノの生温い息遣いを感じて、ナマエが短い悲鳴を上げる。

「おっと、黙ってないと誰か来ちまうぞ、と」

まあ、ナマエちゃんが見られたいなら俺はそれでも構わないぞ。そんな品のない言葉を投げかけながら、レノは行為を続けようとした。

カチ、と音がしてナマエのベルトのバックルが外される。レノは無遠慮に、しかし丁寧にゆっくりとナマエの服の中に手を忍ばせた。冷たいレノの指先が地肌に触れて、びくり、とナマエの体が強張る。

レノはクツクツと笑いながら、ナマエの耳たぶに舌を這わせた。

「本当に女の子だったんだな、ナマエちゃん」

ま、知ってたけど。とレノは楽しげに話しかけた。見た目よりもずっとゴツゴツした指がヘソのあたりを擽って、思わずナマエは身を捩る。両腕はレノの手中にあるので、仕方なく膝を立てて彼との距離を取ろうとする。しかしレノは全く気にした様子もなく、やはり楽しげに、ナマエの首筋から顔を上げた。

「潜りのスパイか?いや、それなら男を使うよな。神羅兵になりたかったの?ナマエちゃん」

ん〜?と小馬鹿にしたような声色で、レノはいくつも質問を投げかけるが、ナマエには最早答える余裕など無いに等しい。レノはきっと分かっていて質問を投げかけている。屈辱的な行為に、思わずカッと血が上り、ナマエはレノの腹に向かって足を蹴り上げた。

「足癖悪いぞ、と」

力を込めたものの、ナマエの足はあっさりとレノの腕に捕まった。腹を撫でさすっていた不快な指先は、今ナマエの足首をなぞっている。じわじわと足首から脹脛、膝、そして腿に差し掛かった時ナマエの顔から血の気が引いた。

勢いよく、ずる、とボトムを膝まで下ろされて、いよいよナマエの目元に涙が滲んだ。引きつった息が喉からか細く吐き出される。ナマエは歯を食いしばり、真っ直ぐにレノに向き合った。

「やめてください」
「おー、こんな状況でまだそう言う口が聞けるんだな。関心関心」
「タークスに目をつけられるような事、した覚えがありません」
「ふーん、そう。イイコだったんだな、と」

にやにやと楽しそうにレノが答える。下着のゴムを愉快そうに数回弾いた。パチンという音と同時に、ナマエの皮膚にピリピリとした痛みが走る。

いよいよもって逃げられない事を悟り、ナマエは顔を捩った。何を言ってもレノは離れようとしない。巨大なスラム街がプレートの下に存在しているミッドガルで今更貞操をどうだこうだなど、喚くつもりもない。無いけれど。

ぽろ、とナマエの瞳から大粒の涙が溢れた。

「たすけて、クラウド…」

ナマエの脳裏には、麦の穂のように柔らかで、チョコボのようにあちこちに向かって跳ねている金髪の同僚の姿が過った。寡黙で、というよりは引っ込み思案で、時々ナマエよりも女の子なのではないかと思ってしまう程、綺麗な顔をした男の子。口数は少ないけれど、優しくて、直向きにソルジャーに憧れていて、そして、ナマエの大切な友達。けれどその一言に、今まで楽しげに笑っていたレノの表情がパッと消えた。

「彼氏かよ、と」

答えようとしないナマエに、レノは隠しもせず大きく舌打ちをした。角度のせいもあるのだろうが、相変わらず瞳は暗い影を落としている。ナマエは譫言のようにクラウド、と呟き続けている。レノはナマエに思いきり体重をかけた。全身でナマエの身動きを封じて、拘束していた手を解く。好き勝手触っている右手はそのままに、左手がナマエの顔を捕らえた。

「答えろよ、と」

やはりナマエは答えない。ナマエの肩が、唇が、小刻みに震えているのを見て、レノはほくそ笑んだ。

「まあナマエちゃんに彼氏なんて居ないことは、とっくに割れてるんだぞ、と」

耳元で吐息混じりに吐き出された言葉に、ナマエの背筋がぞわぞわと粟立つ。ナマエにはレノの目的が見えない。見えないからこそ、より大きく恐怖を感じていた。耳元で囁いていたレノが、ふうっと名前の耳の穴へ吐息をねじ込む。強張った体がびくん、と大きく揺れた。

ナマエの唇が再び、クラウドの名を紡ぐ前に、レノは己のそれでナマエの呼吸を塞いだ。目を見開いたナマエの視線の先には、レノの長い睫毛が揺れている。ナマエは、レノの睫毛の下にある淡い瞳が、まるでライフルの照準器のように鋭く、無機質なもののように感じた。冷たいレノの視線をこれ以上見ていたくなくて、ナマエはぐっと目を閉じた。

レノは、ナマエの後頭部をぐっと掴んで、ナマエの唇を存分に舐め楽しんでいた。思ったよりも柔らかく、そして厳しい従軍生活だろうに、荒れた気配もない。娼婦のような瑞々しさは無いが、田舎娘のような粗野さも無い。ちゅ、と吸って、レノは硬く閉じられた唇をこじ開けた。

「ふ、…ん…」

はあ、とレノの口から荒い吐息が吐き出された。ナマエの喉の奥からは、耐えるような、それでいて感じているような喘ぎ声が漏れ出る。それに気を良くしたレノは、さらに激しく口内を荒らした。逃げ惑う舌を追いかけては嬲り、吸って、わざと逃してはまた捕まえる。まるで猫がネズミを甚振っているようだと、レノは思った。

仮眠室の扉は閉めている。外に耳を済ませてみたが、そもそも夜中なので、人の気配も無い。このまま既成事実を作ってしまおうかとレノが自身のバックルに手をかけた時、不快な振動と着信音が胸ポケットから響いた。

「…タイミング、最悪だぞ、と」

ナマエの後頭部を支えていた手を顔に回して彼女の口を素早く覆い、バックルを触っていた右手で胸ポケットにある端末を掴んだ。身体は依然、ナマエに預けてあるせいで、ナマエは身動ぐこともできない。激しいキスのせいで呼吸のタイミングを失い、また大きな手で間髪入れずに口を塞がれてしまったので、ナマエの息は荒い。ふう、ふうと荒い鼻息がレノの頬にかかった。

「…はい、レノですよ。あー…分かってるぞ、と。はいはい…はい。はーい」

レノは気のない返事を怠そうに返して、端末を切った。

「あーあ。もう少しナマエちゃんと遊びたかったんだけど、お仕事入っちまったぞ、と」

ナマエの身体から、しっかり力が抜けている事を確認してレノは身を離した。ナマエはようやっとレノの身体が離れたことに安堵して、上半身を起こそうとした。レノの大きな手は、まだナマエの口を塞いでいる。

カシャ、と無機質な音がしてナマエが顔を向けると、愉快げに笑うレノが携帯端末をナマエに向けている。キラ、と光るレンズの光は、先程のレノの視線を思わせた。

「見ろよコレ、良い感じで撮れてるだろ?」

全くもって見たくはなかったけれど、レノが無理矢理視界に入れるものだから、ナマエはそれを見なければならなかった。携帯端末には、神羅兵の服を着た、1人の女性が、下着を露わにした姿で無防備に横たわっている。口は大きな手で塞がれているものの、頬は上気しており、瞳は潤んでいる。誰が見てもナマエが女性だと分かる上に、そういった行為に及んでいると思わせるような写真だった。ナマエは思わず手を伸ばし、レノの端末を奪おうとしたが、レノはひょいとそれをかわした。

「良い写真だろ?思わず欲しくなっちまうのも分かるが、ダメだ。さあ、ナマエちゃんは馬鹿じゃないから、これからどうなるか分かるよな、と」

レノの手が、ゆっくりとナマエの口から離れる。ナマエの手は、身体は、震えている。何を望まれているのか、見当が付くにはついたが、それが当たっているかどうかは疑わしい。ナマエは視線を逸らして、乱れた衣服を正した。

「返事がないぞ、と」

焦れたレノがナマエの両頬を掴んで、ぐっと顔を近づける。端正で、整った顔だ。ナマエはレノの手を掴んで、顔を引き剥がした。

「私が女だって、言いふらすの?」
「んー、それはナマエちゃんの態度次第」

ナマエはぎゅ、とレノのスーツの腰ポケットの辺りを掴んだ。スーツがシワになるほどに強く握っている指を、レノは楽しそうに触れる。カタカタと恐怖に震え、ぎゅうと握る手に力が入りすぎて、指は真っ白な色をしていた。

「お願い、します。やめてください」

情け無い、情け無い。女であることを捨てて、神羅兵として働くことを決めた日、こんな事が起こってしまうかもしれないと、思わなかった訳ではない。けれど、全て捨てて覚悟を決めるには、ナマエは無知で幼すぎた。屈辱を受ける行為というものがどんなものか、ナマエは知らなかった。レノの手中で、自分の人生など、容易く捻り潰されてしまうのだ。売女と罵られるのだろうか。田舎に返されるのだろうか。それとも、スラムで堕ちて行くのだろうか。…クラウドは、幻滅するだろか。ナマエの胸の内は、悪い不安でいっぱいだった。

ナマエが顔を上げずに懇願している際に、レノはナマエの端末に手を掛けていた。先程電話で入った任務に、そろそろ足を運ばねばならない。据え膳だな、とため息をつく。

半ば脅したようなものだったが、ここまで怯えられると少し罪悪感も湧いた。震えながら懇願を続けるナマエの背をそっと撫でる。小さい背だ。何で、神羅兵の奴らはコイツが女だって分かんないのかね。などとぼんやり考えながら、レノはナマエの端末に自身の電話番号を登録した。

「ほい。俺からの連絡は必ず返せよ、と」

レノはあっさり立ち上がり、ナマエから離れた。そして自身のせいに違いないが、ナマエの涙をそっと指で拭う。

「顔、ぐちゃぐちゃだからヘルメットして帰れ。服は…破いちゃいねえから大丈夫だろ」

ぽんぽんと2回ほど軽く頭を叩いて、唖然としているナマエの唇にそっと口を付けた。ちゅ、と控えめなリップ音が鳴る。

「レノさんはお仕事に行ってくるぞ、と。あー…かったるい」

先ほどまでの行為は何だったのか、着崩したスーツはそのままに、レノは仮眠室を後にする。扉を手にかけた時に振り返って、ナマエに声をかけた。

「あ、俺以外に触らせんじゃねえぞ、と」

何を、とは言わなかった。ただそれだけをナマエに言って、レノは夜の闇に消えた。取り残されたナマエは、結局状況が読めないままだ。助かったのだろうか。でも、いや。とりとめのない考えがぐるぐると巡っては消えて、また巡る。

ナマエは携帯端末のレノの名前をアドレス帳から消したい気持ちでいっぱいだったが、写真のことを思い出し、踏み止まった。







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