溺死


★社会人パロ

「自分だけは絶対フラれないって、そんな馬鹿な話があるわけないだろ」

傷心していた私の心を、ぐりぐりと抉って丁寧に塩まで塗ったのは、硝子の酷な一言だった。わかってる。分かってるさ。でも、私は彼女をいっとう大事にしてたのだし。私の脳内に、そんな取ってつけたような弁明が次々と浮かんで、パチンパチンと弾けて消えた。彼女のひどい言い様に、文句の一つ二つくらいは投げてやりたいところだったが、私は黙って俯いた。

ぬっと視界に現れた革靴は、端にひびが入っている。私はここ数ヶ月の間、忙しさにかまけて靴もろくに磨いていないことを、薄ぼんやりと思い出していた。稲妻のような綻びは、先刻受けた衝撃によく似ている。デスクの隅から香る消毒液のツンとした匂いが、私の鼻腔を擽った。同じアルコールだというのに、酒と違ってそわそわと落ち着かない。個人営業とはいえ深夜の病院は、恋愛相談をするにはどう考えても不適切な場所であった。

ずっと黙ったままでいるわけにもいかず、私は貝よりも硬く閉じた唇を、無理やりこじ開けるようにして開いた。口角がまるで錆びてしまったかのように、ぎしぎしと軋んだ音を立てた気がした。

「分かってる、分かってるよ」

声色は、自身が思っていたよりもずっとずっと軽くて、とても柔らかいものだった。

「私が全部悪いんだ。彼女が限界になるまで気が付けなかった私が、ぜんぶ」
「まずはそういうところを直せよ。全部自分が悪いだなんて、思ってもないのに本当のことを知ろうともせず、納得したフリするのをな」

ぐうの音もでないほどの正論に、今度こそ私は何も言い返すことが出来なくなった。

彼女の言う通り、私は真実なんて知りたくないのだ。もしも彼女が、本当の意味で私に愛想を尽かしていたら。他に好きな人が出来ていたとしたら。私はおそらく立ち直れない。たとえ、相手の男がどんなに完璧な人間だったとしても。

「理由は聞いてないんだろ」
「…何を聞いても納得なんて出来ないさ」
「だろうな」

硝子が淡々と私に尋ねた。あまりに感情が入っていないので、私はまるで医者からの問診を受けているようだと感じ、こっそりとため息を吐いた。長い付き合いの彼女には、私の気持ちなどすっかりお見通しだと言わんばかりだ。

いずれにせよ、どのような理由があったとして、納得など出来るはずがないのだ。けれど、なんとか納得したフリをしていなければ、「捨てないでくれ」だなんてみっともなく縋ってしまいそうになる。そんな事をしてみろ、私は彼女から更に嫌われてしまうに違いない。

私は実に、聞き分けの良い男のフリをしていた。彼女のことなどこれっぽっちも諦めきれるわけがないのに、さも“諦めますよ”といった涼しい顔をしている。

「第一こうやって私に会いに来て、どうせ言われることは分かってたろうに、分かりやすく先手を打つ。彼女の逃げ場をひとつひとつ潰すようなお前の小狡いやり方が、フラれた一番の原因じゃないのか」

彼女だって馬鹿じゃない。いつまでも大人しくお前の手のひらで転がされるようなことはないぞ。硝子はそう言って、スパーと煙を長く吐いた。ああ、駄目だ。全部全部見透かされている。己の汚く深いところまで、ぜんぶ。

先に動いたのは彼女だった。“別れよう”だなんて言葉を吐いて、私から主導権を奪い去った。真意の程は掴めない。本当に別れたかったのかもしれない。想いのベクトルが大きいほど、その戦いには不利になる。ただ、彼女が耐えきれず、私に縋ったすえヨリを戻せばこちらの勝ちだ。

しかし戦いって、何の?

勝ち負けって、どんな?

ぐらぐら揺れる感情は、すぐにひっくり返って裏返る。ひどい矛盾すら気にならないほど、形と色を変えて私の中を蹂躙する。余裕がない、つまるところ私には余裕がなかった。隙間なく貼り付けた仮面が、ずるりと剥けてはがれるほどに。

「彼女は来てないよ、まだ。お前の目論見通りだ。私に先に牽制をかけることは成功したな」
「…それは良かった」
「でも私はお前の味方じゃない。お前のそのやり方は、私は決して賞賛しない」

硝子はウイスキーグラスに入った麦茶を傾けて、ぐいと勢いよく飲み干した。本当に麦茶であることは、グラスに注いだ私がよく知っている。少なくとも彼女は、アルコールが入った状態でカルテを診るような医師ではない。

冷蔵庫でよく冷えていた琥珀色のボトルの中身を、ウイスキーグラスに注いでくれと言われた時は少しヒヤリとしたけれど。

「五条は出張、七海も灰原も不在。こんな深夜だ。私が連絡を返さなければ、彼女は誰に相談することも出来ないだろうな。ひとり悲しくて泣いているんじゃないか?それとも“新しい彼氏”に、慰めてもらっているかもな」

大変に意地の悪い言葉の選び方だ。けれどそれは、全て分かっていて硝子の元を訪れた私に、長い釘を刺すためのものだろう。私は小さいパイプ椅子でうんと身体を伸ばして、潔く負けを認めることにした。それが一番、手っ取り早い。

「早い話ヨリを戻したい」
「無理だな」

硝子が吹かした紫の煙は、もうもうと夜を上って、月のむこうに消えてゆく。赤く色づいたか細い炎が、硝子の白い頬をゆらりと照らし、清水のような瞳をより一層冷たく見せていた。

切長になった鋭い瞳が、キツく私を睨みつけた。

「子供じゃないんだ。あの子が選んだ選択に、いちいちケチをつけたりするか。今回の件について、私は無関係だ。悩み悩んで夏油との別れを選んだのなら、私は肯定も否定もしない」

それに、と硝子は続けた。

「お前のその薄ら寒い執着心をどうにかしろよ。ドロドロでぐちゃぐちゃになって、コールタールよりもタチが悪い。仮面の下に隠してるつもりなら、全然隠れてないからな」

硝子の冷たい物言いに、私はうっと言葉が詰まった。そんなに執着心が剥き出しかな?そんなことないだろ、と笑みを浮かべるも、怖い顔は変わらない。数少ない同期の友達だというのに、相も変わらず愛想の少ないやつだ。

私は「わかったよ」と諦めて、白い部屋を後にした。これ以上粘っても、硝子から良い返事が貰えるような気はしない。

彼女からの着信はない。メッセージも、勿論ない。冷たい夜風が、知らん知らんと頬を撫でた。これから帰るのは、冷やご飯よりも冷たい2DKだ。夜風もびっくりして、さっと逃げ腰になるような。

私は一向に気乗りがしなかったが、暗い部屋の鍵を開けた。いつもなら「おかえり」とソファにもたれて待っている彼女は、当然のことだがここには居ない。

彼女が望むというのなら、私は泣いて謝って許しを乞うのも厭わないし、ダイヤの指輪も婚姻届も持っていく。何か嫌なところがあるのなら、ぜんぶ直してお釣りもあげる。

いつだって、どんな時だって“惚れた方が負け”なんだ。私がずっと負けでいい。負けでいいから、ずっと隣にいてくれよ。

冷えた部屋を温めるべく、ごうごうと唸り声を上げているエアコンの向こうから『五条も夏油も、根っこが歪んでるんだよ。なのに、自分の方が大概“マシ”だと思っているところタチが悪い』と吐き捨てる硝子の声が聞こえた気がした。気がしたけれど、私は無視してテレビをつけた。

コールタールのように粘ついた感情に火がついて、ぐらぐらと燃える心地がした。決して広くはないはずの私の部屋だが、彼女がいないだけでこんなにも閑散としている。

私は、彼女にもう何度目かの電話をかけた。彼女自身の口から、本当のことを聞かなければならなかった。受話口からは、ツーツーと乾いた寂しい音が響くばかりだった。



──




夏油傑に別れを告げた。彼は学生時代からの同級生で、数少ない同期と呼べる男だった。重たい瞼の向こうに見える、涼しい瞳が好きだった。とても優しい性格で、絵に描いたような理想の彼氏だった。非の打ち所がない人だった。

だから、わたしはいつもとても息が苦しくて。



その日は、今冬で最も冷える日だった。夜から朝にかけて、雪が降ると予報があった。本当だろうか、とわたしはにわかに訝しんでいた。寒いのは苦手だ。雪はもっと、苦手だった。

冬らしい乾いた冷たい空気が、わたしと傑を刺している。冷気に充てられて赤くなった頬は、触ると少し痛かった。傑とわたしは、ふたり並んで歩いていた。

「この間の飲み会はどうだった?」
傑は柔らかい口調で、わたしに話しかけた。

当たり前のように道路側にいて、当たり前のようにコンビニの買い物袋を持って歩いている傑は、ごつごつとした大きな手を繋いだまま、わたしの方を見つめていた。

「どうともないよ、ふつう」
「そう」

いつもと変わらぬ会話だった。いつもならば、このまま傑の部屋に帰る筈だった。けれど、わたしはそれを切り出した。計画性のないわたしは、何の脈絡もなくそれを告げた。

思い立ってすぐ、唐突に告げたわけではない。ずっと前から、とても悩んで、いつか告げねばと思っていた。寒くて人肌の恋しいこの日こそ、告げてしまわねばと強く思った。

なぜ告げようと思ったのか。それはきっと、わたしの小さな器に耐えきれない量の感情が、さめざめと零れて溢れたからだろう。

「あのさ、別れよう」

いつも凪いだ海のように穏やかな、傑の瞳が大きく開く。きゅっと締まった瞳孔に、バツの悪そうなわたしが映った。

「…そうか」

傑はいいよ、とは言わなかった。けれどわたしの選択に頷いて、彼はきちんと納得したように見えた。わたしは少しだけ、ほっとした。ほっとして、涙がぽろりと流れて落ちた。

傑がぬっと腕を上げた。わたしの肩が大きく跳ねた。思い通りにならないことがあったとしても、傑は決して暴力に訴えるような人ではない。傑がわたしのことを殴ったり、する筈がない。なのに、分かっていたのに怯えてしまった。傑はそれを、見逃さなかった。

ごつごつとした長い指先が、戸惑いがちに空を掴んだ。涙を拭おうとした大きな手が、行き場をなくして下された。

好きだけど、傑といると苦しくて。まるで肺が水に満たされて、息も出来ない心地のようで。なんでも出来る傑の横で、わたしは彼に溺れてしまう。もがけばもがくほど、深く。もう二度と、後戻りもできないくらいに。

逃げるようにその場を去って、足早に自室の扉を開いた。冬の空気は冷たくて、そしてとても澄んでいる。

傑と別れてしまった。もう二度と、ヨリを戻すこともないのだろう。冷たいベッドの中に潜って、ぎゅうと瞼を閉じて涙を流した。傑のことが、好きだった。ああ、わたしは馬鹿だ。なんて面倒な人間なんだ。

臆病なわたしは、チカチカと光り続けている携帯電話の電源をそっと落とした。

傑のことは、好きだった。けれど、その実傑のことが怖かった。彼と一緒にいると感じる、ほんの少しの違和感が、わたしには堪らなく恐ろしかった。



付き合い始めたころの記憶は曖昧で、明確な時期は覚えていない。覚えているのは、蒸し暑い夏の季節だったということだけ。彼もわたしも、記念日には頓着しない性格だった。

夏油傑は、いっとう素晴らしい恋人だった。それはもう、非の打ち所がないような。わたしは噛み締めるように、そして反芻するように、何度も何度もその事実を飲み込んだ。誰が悪いというわけではない。ただ、わたし自身が耐えきれず、“こうせずにはいられなかった”というだけで。

__

ふたりでゆっくり話がしたい、と言われてようやく応じる気になったのは、傑と別れて二週間ほど経った後だった。その頃には、わたしの気持ちもだいぶん落ち着いていて、冷静に彼と話ができるかもしれないと思ったからだった。

喫茶店やファミリーレストランで、とも思ったが明るい雰囲気でする話でもない。夜の居酒屋など、尚更。当然のこと、傑の部屋に行く気にはなれなかったので、わたしは言われるがまま彼を部屋に招いていた。傑は、勝手知ったる顔でわたしの部屋に訪れた。彼はいつも履いているジーンズに、黒いスウェットのような服を着込んでいた。

ダイニングテーブルも置けないほどに狭いわたしの部屋には、小さなソファが置いてある。傑はどっかりとソファの左側に腰を下ろした。わたしはローテーブルにコーヒーを並べて、傑の隣に腰掛ける。二人分の体重を受け止めたスプリングが、ギシ、と軋んで深く沈んだ。

会話はない。傑が身に付けている腕時計の秒針の音が、静かな部屋に響いていた。あまり高価ではない銀色の時計は、いつかのわたしが贈ったものだった。贈ってから何年も経って、所々金属の塗装が禿げている。気に入って使ってくれているのなら嬉しいけれど、社会人が身に付けるには少しチープなものだと思った。長く使ってもらえるのなら、もっと良いものを贈れば良かった。意識の外でそこまで考え、わたしは小さく首を振った。これから先、時計を贈るのはきっとわたしではないのだから。

「傑、痩せた?」

思わずそんなことを聞いてしまうくらいには、傑は分かりやすくやつれていた。目の下が落ち窪んで、頬が少しこけている。髪の毛は乱雑に束ねられていて、少し艶も無くなっていた。青黒くなった目の下を、わたしの指が心ともなく触れようとした。

「触るなよ」

それは、聞いたことがないほどに冷たい声だった。冬のように冷たいのに、どこか縋るような響きを含む。わたしはごくんと生唾を呑んで、「ごめん」と小さく呟いた。

頬に触れようとした指は、困ったように空を掴んで、行き場をなくし下された。ぎゅっと心臓が締め付けられて、なんとも言えない心地になる。わたしは、図々しくも傑に触れようとした。そして、触れるなと強く拒まれた。傑に別れを告げたのは、他の誰でもないわたしなのに、彼の拒絶にひどく傷付いている自分がいる。

分からない。恋人同士という関係性を失った、わたしと傑の距離感が分からない。

触るなよ、と言ったのに、ふたりの肩は触れ合っている。わたし達は狭いソファに並んで座って、肩越しに互いの体温を感じている。

固く閉じられていた、傑の口がようやく開いた。

「他に好きな人でも出来た?」
「違うよ」

ほかに好きな人なんていない。付き合う前からずっと、わたしは傑が一番で、ほかに誰もいなかったのだから。少ない交友関係の中で、小さな小さな箱庭の中で。ほかに誰も知らなくて、それでもいいやと思えるくらい、わたしは傑が好きだった。

「わたしは傑のことが好きだよ」
「だったら」

だったら、ずっと一緒にいようよ。掠れた声が部屋に響いた。ふたり馬鹿みたいに傷付けあって、もうたくさんだと言わんばかりだ。触れるなと言ったはずの傑の胸の中に、わたしがすっぽりと収まった。あの日下された大きな腕は、決して離すまいと、強い力で背にまわっている。

濁流のような感情に流されて、もう一度ひとつになってしまう。そして今ひとつになってしまったら、きっともうどこにも行けやしない。わたしは傑の瞳を見た。焦茶色の綺麗な瞳の底は、奥が深くて見えそうにない。傑が本当は何を考えているのか、きっとわたしには分からない。

わたしに傑が分からなくても、頭の良い傑には、わたしの思考や行動が、透けて見えているのかもしれなかった。わたしが欲しいもの、望んでいることは須く彼に与えられてしまう。

傑のことが怖いのは、彼無しでは何もできなくなってしまうのではないかという強い疑念からだった。

かつて、学生時代に誰かが零した「自立した女性でないと」という言葉が、今も胸に強く焼き付いている。そうだね。わたしだってそう思うよ。だからわたしは、今のわたしが大嫌い。どこに行くにも、何をしてても傑の影を探していて、きっとひとりでは何も出来ない。

「傑」
傑は何も、答えない。

誰に相談しても、彼ほど素敵な人はいないと諭された。今回だって、きっとそうだ。「別れるなんて間違ってる」と、皆が口を揃えるに決まってる。だから誰にも相談しなかった。硝子にさえ、相談しなかった。わたしひとりで、決めたのだ。

傑は優しくて、非の打ち所がなくて、完璧で。

盲目になるのが怖かった。わたしの目は、決して優れた目ではない。けれど、何も見えなくはなりたくない。彼越しでしか世界を感じられないような人間にはなりたくない。

違和感は唐突に現れた。息が詰まるほど満たされて、ようやく馬鹿なわたしにも分かった。これは依存だ。わたしは、傑に依存しようとしているのだ。そして傑は、それを良しとしている。依存を、推奨しているようにすら思えた。

「傑」

確かめるように名前を呼んだ。わたし、傑のことが好きなんだよ。でも、傑のことがとても怖い。傑はまるで、終わりが見えない海のようだ。そして深い海溝を持つ。

わたしはたぶん、深い深い傑の中に、ぽいっと放り投げられた小さな小さなガラス玉だろう。

透明なガラス玉は、きっと海の中で消えてしまう。深く沈んで、もう二度と誰にも見つけられなくなる。わたしは傑の中に、溺れてしまう。傑だってすぐ、わたしがどこへ沈んでしまったのか分からなくなってしまうに違いない。

狭いソファが大きく揺れて、傑がのろりと顔を上げた。

「私に悪いところがあるなら、全部全部直すよ。私は君が好きだ。君じゃなきゃ、駄目なんだ。ああ、ほら。みっともないだろ。呆れてしまったに違いない」

自嘲するように笑って、傑はもう一度顔を埋めた。こんな傑を見るのは初めてだった。痛々しいほどに落ち込んで、縋るようにわたしを抱く。どうしよう。どうすれば、正解だというのだろうか。

本当のことを言えば、傑は納得するだろうか。納得すれば、傑はわたしから手を引くのだろうか。彼を納得させることが出来れば、わたしはひとりで地に足が着くのだろうか。海の底に沈む体を、止めることができるのだろうか。

わたしは意を決して、「本当は」と小さく告げた。喉がひどく乾いていた。わたしが発した小さな声は、罅が入って今にも割れてしまいそうだった。傑の肩が、大きく震える。

「わたし、傑が怖い」

それは初めて告げた本音だった。溺れてしまうのが怖い。見えなくなってしまうのが怖い。傑に依存するのが怖い。もう手遅れだったとしても、もがくことなく沈んでゆくのはひどく恐ろしいことだった。

傑は少しだけ悲しそうに笑って、ごめんねと小さく呟いた。黒い髪が顔にかかって、擽ったい。薄暗い色をした瞳の奥が、きらりと鋭く光った気がした。きゅっと締まった瞳孔は、猛禽のそれによく似ている。

「それでも、離してやれそうにない」

ああ、もしかして。先に溺れてしまったのは。

薄い唇がそっと微笑んで、そしてわたしの名前を紡いだ。わたしの名前であるという意外、とりわけ特徴のない単語は、まるで特別な意味があるように優しくて丁寧な響きを伴いながら、馬鹿なわたしの耳に届いた。暗転。







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