付き出した舌が磁石になってしまったようだと思った。彼女の肌は吸い付くような感触でボクの舌を、指を、くちびるを、愛撫を受け入れる。吹き付ける深夜の騒がしい風を遮るものなど何もない。肌をくすぐるそれに酷く興奮しているのか、ビッチちゃんの感度はいつもの倍はいい。すこし撫でただけで震える細い腰が、ボクの興奮まで煽る。暗闇に沈む大きな瞳は、不安を湛えて揺れている。たまらないよ。

「……ん、や、ライト、くん……」
「んふ、随分と気持ちよさそうだね、ビッチちゃん。びくびく腰を震わせて、そんなに興奮しているの?」
「や、やだ、こんな場所で、やめ……っ」
「こんな場所、だから興奮しているんでしょ? お外でこんなにいやらしくて気持ちいい事するなんて、ビッチちゃんは初めてだもんね?」
「あっ、や、やだ……っ」
「あまりセクシーな声は出さない方がいいんじゃないかな。こんな時間に、こんな場所で」

 こんな場所というのはつまり、繁華街を少し外れた狭い路地裏の事だ。ビッチちゃんは要らない理性を発揮して、ちらちらと、先程まで歩いていた大通りの光の方を気にし、くちびるを噛み締めている。

「あまりにセクシーな声を出すと、熱に飢えたボクみたいな変態を呼び寄せちゃうかもしれないよ? ビッチちゃんはね、いわば甘い蜜をたっぷりと蓄えた、花みたいなものさ。その可愛いくちびるで、美味しそうな香りで、何人もの男を巧みに誘き寄せる」

 冷たい壁に身体を押し付け、耳許で囁いてやるだけでぞくぞくと震える柔らかそうな首筋。顔を埋め、息を鼻いっぱいに吸い込む。濃厚な蜜のような香りが鼻腔を満たすこの快感は、目の前の女の子にか、それから遠い昔のあの人にか、それくらいにしか感じたことのないような酩酊感をもたらす麻薬だ。
 アヤトくんやカナトくん、それからスバルくんや、女に興味が無いような顔をした上の二人。小森ユイという女の子は、突然ボクら兄弟の前に現れ、ボクらの在り方をすぐに覆してしまった。彼女は麻薬だ。腹が立つくらいに中毒性のある麻薬。こんな血を送り出す心臓を授かってしまったばかりに、ヴァンパイアにいいように貪られる事を運命付けられた、可哀想な女の子。聖女ぶった哀れなビッチちゃんがボクの牙でよがって堕落していく様は、見ていて気持ちがいい。

「ボクはね、別にそれでもいいんだ。何人もの知らない男に囲まれ、ボク以外のやつらに可愛い可愛いボクのビッチちゃんが泣きながら身体を開く。そんな姿を見られるのだとしたら、それはボクにとって、最高のエクスタシーさ」

 ゆっくりと、首筋に舌を這わす。何度も肌を口に含み、牙を突き刺すふりをするけれど、本当に突き刺してやる事はしない。びくびくと再び身を震わせたビッチちゃんは、今度は声を漏らす事はしなかった。上目使いに彼女を見上げれば、くちびるを噛み締め真っ赤な顔で必死に声を堪えている。ああ、とても素直で、可愛い反応だ。もう一度首を軽く噛む。簡単に快楽は与えてやらない。

「……っ、ぅ、ふ」
「そんな事になったら、何人もの男に汚されたその後で、汚れきったビッチちゃんをボクが美味しく頂いてあげるからね」
「…………っ」
「んふ、どうしたのさ、そんなに必死になって声を堪えちゃって。大サービスをして今すぐに牙を突き刺してあげようか? そしたら淫乱なキミは声を我慢できないものね」

 ふるふると、首を振る彼女の顔は見物だ。まるきり情欲に溺れた女の、とろりと蕩けた表情を浮かべているのだから。今は無粋で邪魔な理性が邪魔をしているけれど、それをどかしてやれば直ぐにでも常識人ぶるのを止め、大通りからの光すら気にとめず、ただひたすらこの闇に身を浸す事を望むはず。

「そんなに人に見られるのが恥ずかしいの? きっと見られたら、気持ちよくなれるはずなのに」
「っ、やめ、……っ。家に帰ったら、いくらでも、吸っていいから。だか、ら、屋敷に帰ろう……?」

 上目使いで懇願する彼女の薄く開いたくちびるの奥で、欲望の塊のような赤い舌が覗いている。

「んふ、ビッチちゃん、随分男を誘うのが上手くなったじゃない。いいね、可愛いよ。だけどいいのかな、そんな大胆な事言って。キミはただでさえ貧血気味なんだから、ボクが好きなだけ吸ったら死んじゃうかもしれないよ?」
「それでもいいから、家に、帰りたい……」

 そう言ったビッチちゃんが背に手を回し、ボクを抱き締める真似事をする。それが本当にボクを抱き締めているのか、この場を離れるためボクを抱き締めるふりをしているのか、外で吸血される背徳に理性が耐えきれずこんな事を言っているのか、ボクひとりに牙を穿たれたくてこんな事を言っているのか、ボクには分からない。ただ、ビッチちゃんは、アヤトくんにカナトくん、スバルくんやシュウやレイジ。きっとボクよりも優しくてボクよりもビッチちゃんをきちんと見てくれるであろうヴァンパイアが、あの屋敷には他に五人もいたというのに、ボクに吸血される事を選んだ。それが何かの間違いだとしても、こんな風に冷たい壁に押し付けるボクの手なんて、本気で抵抗すれば撥ね付ける事が出来るのかもしれないのに、彼女は一度もそれをした事がない。

「ねえ、ビッチちゃん、それは早くこの場所から退きたい言ってるの? それとも――」

 それとも、自分は何を言おうとしているのか。辺りに漂う静寂と淀んだ空気のなか、ビッチちゃんは口を閉ざすのみだった。ああ、そんな事はどうでもいいか。

「とにかくボクはね、今日はキミを許すつもりは無いんだ。もっとボクを興奮させてよ。もっともっと感じちゃってさ……!」

 乱暴にシャツの裾をたくしたげ、露になったビッチちゃんの真っ白なお腹の前に屈み、ぺろりとなめあげる。緊張しているのか僅かな汗の味と、皮膚のしたを通う甘い血液の強い香り。ビッチちゃんはまるきり不意打ちだったのか一度だけ小さな悲鳴をあげて、再び声を堪える事に徹した。こうしているとこんなにも気持ちいいのだから、ビッチちゃんの気持ちも、ボクの気持ちも、そんなのはもうどうでもいい事だ。気持ちがよければ、きっとそれが愛なのだから。

「ねえ、可愛い声をだして他の男を誘ってくれないの? そうしたらボクはきっと嫉妬に気が狂って泣きそうなくらいに興奮できるのに」
「っ、や、やだ」
「やだやだって、それしか言わないね、ビッチちゃんは。きちんとできたらボクの牙でご褒美をあげるよ。そろそろ、キミもこれが欲しい頃じゃない?」

 わき腹をもう一度舐め、やわやわと噛みつく。牙が刺さるか刺さらないかのもどかしい刺激にびくびくと震える腰が、どれだけそれを渇望しているのかを訴えているのに、それでも強情なビッチちゃんは首を横に振り続ける。

「ね、たくさん突き刺して、たくさんビッチちゃんの事を愛してあげるよ」
「っ、ん、ぅ、やめ……」
「……まだ言うんだ。ほーんと、強情な子。流石のボクも苛ついてきたかな。人間の女なんて誰だって愛される事を望んでいるはずなのに、自ら愛される努力をしないやつは、クズだと思うよ」
「……っ」

 泣きそうな顔を見上げつつ、持ち上げた服を元に戻し、立ち上がる。ボクを見下ろしていたビッチちゃんを、今はボクが見下ろしている。ボクの事が怖いのか、ビッチちゃんの大きな瞳は急に怯えたような色になってしまった。ああ、いい色だ。つり上がるくちびるを留める理由もない。

「ビッチちゃんがその気ならもういいや。だったら今日は、ボクがやるよ」

 きょとん、としたビッチちゃんを放っておいて、ボクは大通りのきらびやかな光目指して歩き出す。きっとボクらと出会う前や出会ったころのビッチちゃんなら、そのままそこで凍りついてボクの背を見送ったか、この隙に逃げてしまっただろう。けれど、すぐにビッチちゃんの小さな足音が、背後から付いてくる。再びつり上がるくちびる。もうすっかり彼女はこちら側に足を踏み入れている。もう少しつついてやったら、無駄な理性を削ぎ落とし、完全なる快楽の奴隷へと落ちるだろう。想像しただけでたまらないよ。
 さあ、彼女を追い落としにかかろうか。
 それには、パートナーが必要だ。嫉妬は愛のスパイス。ビッチちゃんの醜い憎悪にまみれたぐちゃぐちゃの表情を想像するだけで可笑しくなる。
 大通りに出た。眩しいほどの光の洪水がビーズのように連なっているなか、そこを歩く幾人もの女の子の顔に視線を飛ばす。別にどの女の子でもいいけれど、きっとビッチちゃんとは正反対の女の子の方が効果がある。あの子がいいだろうか。ひらひらと、短いスカートの裾を靡かせ歩く女の子。男を誘うための涙ぐましい努力が伺える、下着が見えちゃいそうな短さのスカート。そこから伸びる素足。カツカツとヒールの音が響く。足が長く見えるのはヒールの高さのせいか。その後ろ姿に、すぐに声をかけた。

「ねえ、そこのセクシーなお姉さん。ボクと遊ぼうよ」

 その時のビッチちゃんのぎょっとした顔ときたら、たまらないくらいの興奮をボクにもたらしてくれた。そんな事は顔には出さないよう、ビッチちゃんの方に振り向きもせず、ヒールの女が振り返るのをゆっくりと待つ。自分の事をいい女だとでも思っているのか、やけにもったいつけた動作で振り返った女は、アイラインがぐるっと一周引かれたパンダのような目で、値踏みするような眼差しを送ってくれる。ああ、後ろ姿から連想した想像通りの顔をした女の子だ。性格もそれに倣ってくれると有り難い。

「わたしの事?」
「もちろん。ボク、今、すっごく退屈してるんだよね。キミみたいに可愛い女の子と楽しいコトがしたいな」
「うん、いいよ」

 二つ返事でオーケーをする彼女の視界にはビッチちゃんの姿なんか見えていないのかな。ああ、想像通り、いい共犯者が見つかったよ。そのまま女の首に腕をまわし、ビッチちゃんの身体中をまさぐっていたてのひらで女の肩を引き寄せる。ビッチちゃんは今、どんな顔をしているんだろう。想像するだけでたまらないけれど、振り向いて確認する事はしなかった。ただ、ビッチちゃんは今まさに、泣きそうなくしゃくしゃに歪んだ表情と、絶望と、いろいろな表情を混ぜ合わせたおかしな顔をしているという事が手に取るようにわかるよ。ビッチちゃんが他のやつらに吸血されるたび、ボクはそんな気持ちと興奮とに満たされるのだから。もっともっと、ビッチちゃんも深淵に落ちればいい。嫉妬は愛のスパイスだ。
 これからは、ビッチちゃんとのアイのため、ボクはボクなりの努力をしてあげるよ。ビッチちゃんを絶望と快楽の坩堝に引きずり込む最後の総仕上げだ。

「さあ、行こうか」

 女の肩を抱き、ビッチちゃんなんか居ないもののようにして、夜の繁華街を歩き出す。歩き出した先にホテル街があるって事、純真という名の盲目の殻に覆われたビッチちゃんは知っているかな。どちらでもいい。後でたっぷりと教え込んであげるよ、可愛いビッチちゃん。



   
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