屋敷に帰ると玄関ホールでビッチちゃんが待ち構えていた。ボクの事が気になって気になって仕方がなかったくせに、ボクの帰りをそわそわとしながらずーっと待っていたくせに、偶然居合わせましたとばかりになに食わぬ顔を装って、嫉妬に燃える大きな瞳にボクを映すビッチちゃんは、とても可愛い。

「ライトくん。お帰りなさい」
「ただいま、ビッチちゃん」
「え、えっと、どこかに出掛けていたの?」

 何処かぎこちなさを感じるぷるぷると震えるくちびるで、ビッチちゃんが問う。ビッチちゃんの聞きたいことはそんな事じゃない筈なのに、随分と遠回しな言い方だ。「またあの女のところに行っていたんでしょ」と、その嫉妬に燃えた瞳でボクに飛び掛かり、あの人のようにヒステリーな声でわめき、気がすむまでボクの事を殴ってくれたっていいのに、聖女のふりが大得意な彼女はそうはしないのだ。

「ボクがどこに行っていたってビッチちゃんには関係の無いことじゃない」
「それはそうだけど。……ただ聞いてるだけなのにそんな言い方しなくても」
「なになにビッチちゃん。キミがボクの行動を気にするなんて、何か理由でもあるのかな?」

 一歩、彼女の方に歩み寄りながら言ったら、ビッチちゃんは分かりやすいくらいに大きく肩を跳ね上げ、動揺した素振りを見せた。もう一歩近づいて細い肩を強引に掴む。近くの壁に体を押し付け、腕の中に閉じ込める。耳許にくちびるを押し付ければ、今度は期待に肩を跳ねさせる。

「これは優しいボクの気遣いだよ。ボクが何処に行って何をしていたかなんて知ったら、きっとキミはショックを受けちゃうもの」

 ねえ、と耳の中に息を吹き込んでやったら、また肩が跳ねる。これは、ビッチちゃんがショックを受けた時にする反応。大きな瞳をぐらぐらと揺らし、顔を真っ赤にし、みるみるうちに表情を歪める彼女の頭の中に、今どんないやらしい妄想が繰り広げられているのかを考えるだけで笑っちゃいそう。

「んふ、いい顔をしているねぇ、ビッチちゃん」

 涙がこぼれ落ちそうな目尻にキスを落とす。それから首筋に舌をねっとりと這わせ、びくびくと震える腰を撫でさすり、牙を深く深く突き立てる。吸い上げた血は醜い嫉妬に汚されて、どろどろと舌を焼ききりそうなボク好みの味がした。快楽の虜のビッチちゃんは、こんな時ですら甘い吐息を漏らすんだから。

「……んっ」
「ビッチちゃんはボクのこのキバが大好きだもんね。ボクが他の女の子にもこれを突き刺しているんだと思うと、どうしようもない位に憎くて、憎くて、仕方がなくなってくるんだよね。いいよ、ビッチちゃん。もっと恨んで、もっともっと憎むといい。そうしたらきっと、今にビッチちゃんも、その果てにあるものに気が付くはずさ」

 憎くて、憎くて、憎くて、目の前にあるのに手が届かないものに対するどうしようもないくらいの渇望と、憎悪。てのひらの間をすり抜ける程に興奮を煽るその気持ちよさに、気持ちいい事が大好きなビッチちゃんも、すぐに気が付くだろう。すぐ鼻の先で誘惑を続ける首筋にもう一ヶ所穴を空け、ビッチちゃんの醜い部分そのものみたいな深い色をした血を舐め、啜り、身体の中に取り入れる。

「だからビッチちゃん、ボクはもっともっとビッチちゃんの事を、深く、深く、愛してあげるからね」

 ボクがビッチちゃんの事を好き。名前の言っていた言葉が、何故なのか急に耳の奥から聞こえ、一瞬だけ吸血を止める。ボクはビッチちゃんを愛している。その愛を、人間たちが考えるような普遍的で偽善的で馬鹿らしいものと一緒にされるのは、酷く腹が立つ。憂さ晴らしをするように、もう一度首に牙を穿つ。ビッチちゃんがぴくんと跳ね、甘い息を吐き出す。柔らかい肌を突き破り、ずぶずぶと沈み込む瞬間の、どうしようもないくらいの気持ちよさ。

「ライト、くん……」

 壁とボクとに挟まれてされるがままのお人形になっていたビッチちゃんが、ボクの背中に手を回す。弱々しすぎる細い腕は、きっと今のビッチちゃんの持ちうる限りの力全てを乗せ、ボクを抱き締めているに違いない。埋めた顔を持ち上げれば、うるうるとした瞳で必死にこちらを見上げるビッチちゃんが映る。ほらね、女の子なんてみんな快楽に従順なんだから、気持ちよくしてあげたらすぐにそれしか見えなくなる。

「んふ、なあにビッチちゃん、自分から抱き付いて来るなんて」
「……私を、」
「なに?」
「私を、見て」

 今にも泣き出しそうな、ぐらぐらと不安定な声色だった。ビッチちゃんはボクの胸に顔を埋め、強く強く抱きついてくる。

「……なにそれ」

 瞳に溜まる零れそうなくらいの涙をぼんやりと眺める。

「このボクが、こんなにもビッチちゃんの事を見ていてあげているっていうのに、まだ足りないだなんて、本当にビッチちゃんは欲張りさんだよ。いいよ、何処を見てほしい? ビッチちゃんの身体ぜんぶ、ボクが知らないところはないってくらいに、奥の奥まで覗きこんであげるからさ……!」

 びりびりと、ビッチちゃんの纏う薄っぺらい布を破く感覚はなにかに似ている。人間ならば気の遠くなるような遠い遠い昔、ボクが子供だった頃、誕生日を迎えたパーティーの日に、届いたプレゼントボックス山の包装紙を破いている時の感覚と似ているのかもしれない。ボクは包装紙を破き終えたあと、決まってがっかりした気分を味わう事になる。ボクが一番にプレゼントを贈って欲しいと思っていたひとは、ボクにプレゼントを贈るようなひとでは無かったのだ。ビッチちゃんは今、あの時のボクと一緒の表情をしていた。
 なにがそんなにも不満なのか、ぼろぼろと涙を流しながら嫌だ嫌だとしきりに口にして、ボクが満足するまでボクの牙に翻弄される事を選択した彼女。そうしてボクを興奮させたかったのなら、ビッチちゃんにしては上出来だ。

   
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -