じりじりとした炎に炙られ、ゆらゆらと立ち上って行く煙の先を見つめていた。税金を燃やして出来た煙の渦。わたしには煙草の何が良いのか分からないけれど、酷く身体に悪そうなその香りはわりと好きだ。とりわけ彼の好んで吸っている銘柄は、同じものを嗅ぐだけで彼の背中を思い出させてくれるから、好き。厚くなければ薄くもない、程よくついた筋肉に、浮かび上がった二つの肩甲骨。少し曲がった背筋。こちらを決して振り向こうとはしない頭の、その上から立ち上る煙。
 彼はわたしを抱いた後、ベッドの隅に腰かけて、わたしに背を向け、必ず煙草を吸う。ベッドに沈んだわたしに振り向く事もなく、声をかけることもなく。淀んだ彼の部屋の空気のなかに、煙草のにおいが混ざり込み、ぼんやりとした頭では何がなんだかよくわからなくなる。微睡むように、ゆっくりと進む時間。煙は部屋の半ばまで立ち上ると、そこからはすうっと溶けるように消えてしまう。そうして一本、二本、と灰皿の上に吸殻だけがふえてゆく。
 わたしが今日、待ち合わせの時間に遅れた事について、彼は特に何も言わなかった。
 部屋に入り、ベッドに押し倒され、そのままセックスをする。わたしは既にシャワーを浴びているし、彼も自宅でシャワーを済ましている。普段と変わらない時間、普段と変わらない彼。ちくたくと、時計の針が進む。彼とのセックスは好きだ。わたしは彼の事が好きだから。彼もきっとわたしとのセックスが好きだ。気持ちがいいから。
 彼がわたしの事が好きなのかは、恋人であるはずのわたしにもわからない。わたしの事が好きなら、浮気なんかしないんじゃないのか。彼は、多くを語らないひとだから、わたしも踏み入る事が出来なくて、そうしたらいつの間にか、こんなよそよそしい関係になっていた。
 体のいい性欲処理道具。
 逆巻ライトという男は、酷い男だ。見たくない真実だけを的確に表に引きずり出してしまう。もし今日わたしがライトと“浮気”をしていて、だから待ち合わせの時間に遅れたのだと知ったら、彼はわたしの事を、怒ってくれるだろうか。醜い部分も少しは見せなくちゃ、なんて、ライトは言っていたっけ。

「…………そんなもの、見せられないよ」

 少しでも隙を見せた途端、灰皿の上、捻り潰され、沈黙を続けるあの吸殻のように、彼の手で簡単に捨てられやしないか、怖くて、怖くて、わたしはセックスの後ですらメイクを落とす事すらも出来ないのだ。彼は聞こえている筈のわたしの独り言にすら振り向かず、ただ煙をくゆらせている。煙と同じよう、独り言はすぐに溶けるように消えていった。これでいい、いまはまだ。
 わたしたちのこの関係を同情するでなく、咎めるでなく、笑い飛ばしてくれるライトと話をしていれば、わたしはまだ狂わずに、彼の前で馬鹿みたいに笑っていられるから。



   
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