ルキくんの部屋に閉じ込められて、何日が経っただろう。扉には堅固な鍵が施され、ルキくん以外のひとは一切やってこない。私は冷たいベッドで狂ったように眠りに落ちて、ルキくんに起こされ、吸血されてまた意識を失う。部屋からは抜け出せない。自分が生きているのか死んでいるのかも、もうよく分からない。

「……起きろ」

 身体に浮遊感を覚え重い目蓋を持ち上げれば、ルキくんの瞳が真っ直ぐに私を射抜いていた。ルキくんの腕に、上体を抱き起こされている。私は鉛をくくりつけられたように重たい腕を持ち上げて、のろのろとした動作で首もとを寛げる。無言で首筋を差し出せば、至近距離にある彼のくちびるが吊り上がった。

「随分と従順になったじゃないか。そうだ、お前はそうして俺に全てを差し出していればいい」

 つぷり、と首筋に食い込む牙の感覚に、涙が出てきた。ルキくんの漏らす小さな吐息が肌を擽って、肌が粟立つ。胸がぎゅっと締め付けられる。悲しい。彼に吸血される痛みを、こんな風に思いたくはないのに。今は悲しくて仕方がない。今のルキくんは、辛そうな瞳をしている。

「……ルキくん、もう……」
「まだだ」
「もう、嫌だよ……」
「嫌? お前に、俺を拒む権利を与えたような覚えはない」
「これじゃあもう、生きているのか死んでいるのかも、分からない」

 視界がぐるりと回り、彼の部屋の景色がぐるぐる回っている。私はまた、じきに意識を失うだろう。そしてルキくんを苦しめてしまうのだ。

「生きているのか死んでいるのかも、分からない、か」

 肌から少しだけ口を離したルキくんはふっとニヒルに微笑んで、それからまた首筋に顔を埋め、血を吸い上げる。頬に当たるルキくんの柔らかな黒髪がくすぐったい。

「お前は、シュレーディンガーの猫の“猫”というわけか」
「シュレーディンガーの、猫?」
「物理学者シュレーディンガーの提唱した量子論における思考実験の事だ。猫を入れた箱に蓋をして、その中には有毒ガスの発生装置を設置する。毒が発生し猫を死に至らしめる確率は五分と五分。するとどうだ。蓋を開ける瞬間までその猫は、生きてもあり死んでもある特殊な状態となる」

 再び顔をあげたルキくんのくちびるには、やっぱりニヒルな笑みが貼り付いていた。

「この部屋という“箱”に閉じ込められ、俺という“毒”を与えられ続け、箱の外の世界から見たお前は生きてもあり死んでもある状態というわけだ」

 首に、彼の長い指が巻き付けられる。ベッドに押し倒され、スプリングが軋み、背中をシーツに貼り付けて、私はばたばたと溺れた。彼の指の先に込められる強い力、首を絞められ、気道が狭まり、空気を身体に取り入れられない。

「蓋をあけた瞬間、果たしてお前の運命は“生”の世界と“死”の世界、どちらの世界に分岐しているんだろうな」
「……っぅ、ごほっごほっ」

 締め付けからやっとの事で解放され噎せかえるわたしの耳許に、ルキくんは甘い息を吹き込む。

「蓋を開けさえしなければ、お前は永遠に、生と死の狭間をさ迷い続けるだろう」

 緩やかに髪を撫でられ、再び涙が溢れてきた。やはりルキくんは、辛そうな瞳をしていたのだから。私はルキくんの背中にしがみついて、彼を抱き締める。

「……そんな悲しい事、いわないで」
「フン、命乞いでもするつもりか」
「ううん、違うの。自分の事を毒なんて、そんな悲しい事は言わないで」

 身体と身体をぴったりと寄せあうように、必死になってルキくんにしがみつく。彼が私の毒だというのなら、私も彼の毒なんだろう。

20131119

   
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