「遅い! この僕を待たせるなんて一体何を考えているんですか!」


 時計の針がくるりと一回転して戻ってくる、日付と日付を跨ぐような時間帯。何故かは知らないけれどライトくんに××公園で待っているようにと呼び出しをくらった。こんな時間に呼び出すなんて非常識だとは思いつつもわたしはライトくんに弱味を握られている立場なので従順な顔をして付き従うしか無いわけで、真っ暗闇に包まれた、人が全くいない寂しげな公園にびくびくしながら足を運んだ。
 すると、そこにいたのだ。
 逆巻カナトくんが。
 ライトくんのお兄ちゃんで、わたしの好きなひと。ブランコに腰かけたカナトくんは外灯の朧気な明かりに照らされていて、儚げな印象で今日も素敵。外灯の明かりのお陰で膝の上にぬいぐるみやお菓子をを乗っけている事が伺える。カナトくんは不機嫌を隠そうとしない、だけどやっぱり綺麗な顔でわたしを睨み付けていた。辺りにはやっぱり人影は無く、ライトくんの姿は見当たらない。

「え、あ、あ、あの、カナトくん……?」
「それくらい、見ればわかるでしょう。その君の不細工な顔にくっついている二つの目は飾りか何かなんですか?」
「え、いや、でも、何でカナトくんがここに?」
「何でってこっちが聞きたいくらいですよ。一応、君を待っていたという事になっていますが」

 理解が追い付かなくて、口がもつれる。
 カナトくんが、わたしを、待っていた? 何だろうか、この夢のようなシチュエーションは。まるで、デート前のカップルのそれだ。心臓のどきどきと混乱のしすぎでカナトくんの顔がまともに見られない。まてまて、落ち着けわたし。わたしはライトくんに呼び出された筈なのだ。“あの”ライトくんに。これが素直に喜んでいいシチュエーションだとはどうにも思えない。

「あの、カナトく――」

 思いきって声をかけようとした瞬間、肩にかけていた鞄の中からぴろんぴろんと間の抜けた着信音が鳴り、遮られる事になった。この音はメールを受信したのだろう。勿論カナトくんと一緒にいるのに携帯を取り出すなんて失礼な事はしたくなかったけれど、この深夜の時間帯、そしてこのタイミングでメールが来たとなると話は別だ。鞄から視線を戻したら、カナトくんはわたしに一切目もくれずに膝の上に乗っけたお菓子を食べていた。その隙に鞄の中を引っ掻き回して、携帯を取り出す。




――――――――――――
XX/XX/XX 00:12
from:愛しのライトくん
title:やっほー
――――――――――――
名前ちゃん、
ご機嫌いかが?
今日はキミに素敵なプレゼ
ントがあるんだ♪
それはね、んふふ、聞いて
驚かないでね
カ・ナ・ト・く・ん
だよ♪
デートにでも誘ってみたら
どうかな(^з^)-☆
     -END-
――――――――――――


 ご機嫌は言うまでもなく最悪だった。わたしとライトくんはアドレスを交換するような仲睦まじい関係では無かった筈なのに、どうやって送ってきたんだろうか。登録した覚えがない名前“愛しのライトくん”に寒気がする。まるでホラーだ。まあ、名前は置いておくとして、文面から察するに、わたしの予感は的中したようだ。軽い口調と顔文字が異様にむかつくのは、狙ってやったのかもしれない。携帯を握る手に力が込もってぎりぎりと言っている。


「か、カナトくん、そのお菓子ってまさか」
「ライトに貰いました」

 さくりと一口、クッキーを噛み締めて、カナトくんが幸せそうな顔になる。カナトくんの好物がお菓子な事は、いつかライトくんに教えてもらった。やっぱりだ、ライトくんはカナトくんを、お菓子で買収したんだ! だからカナトくんはわたしの事を待っていてくれたのだろう。
 確かにカナトくんの顔を見れたのは凄く嬉しい事だし、カナトくんとデートなんて涎が垂れちゃうくらい夢が詰まってる。だけど、こんな深夜の時間帯、寒空の下、こんな人気のない公園でカナトくんを一人で待たせるなんてとんでもない話だった。カナトくんはそこら辺の女の子なんて話にならないくらいの美しい人なのだから、何かあったらどうするんだろう。ライトくんは全く、何を考えてこんな場所でカナトくんを待たせていたのか。
 ライトくんは何か可笑しな事をいっているけれど、こうなったらわたしのやる事は一つだった。カナトくんを無事に、お家に送り届けてあげなくちゃ。わたしがカナトくんの、ナイトになるんだ。そう考えたらちょっと美味しい役割のような気がして、胸がどきんと高鳴った。
 そうと決まったら、と、鞄に携帯を戻した所で、ぴろんぴろんと再び受信音が鳴り響く。仕方がないので内容を確認した。



――――――――――――
XX/XX/XX 00:18
from:愛しのライトくん
title:ああ、ちなみに
――――――――――――
ボクは遠くからキミ達が仲
良くなっていく過程を、
涙を呑みながらずうっと見
ていてあげるからね
ボクが折角チャンスをあげ
たのに、
何の進展もないなんてつま
らない結果になったら
――分かってるよね、ド変
態の名前ちゃん?
     -END-
――――――――――――



 はっとして顔を上げたら、向こうの木立の影から半分顔を覗かせる人影と目があった。暗がりで良くは見えなかったけれど、その瞳は翠色をしていて、にやにやと三日月の形をしているんだという事は想像に堅い。ライトくんはわたしの事を変態変態と言うけれど、あんな場所から覗いている人にだけは言われたくない話だ。


「あの、カナトくん、お願いが――」
「なんですか、さっきから。ひとがお菓子を食べているのにぶつぶつぶつぶつと気持ち悪い」
「ごっ、ごめんなさい」

 恐る恐る声をかけたら、ついにカナトくんがキレた。ああ、今日もまたカナトくんを不愉快な気分にさせてしまった。カナトくんはわたしの事を、蜘蛛とか芋虫とか、その他不愉快な虫を見た時の女の子がするみたいな目付きで見上げてくる。当然の話なのだけれど、例の櫛事件からカナトくんはわたしを見るたびにこんな目付きをするようになった。名前も知らないクラスメイトだった以前の方がまだマシだった。こんな状態でデートに誘うなんて無理難題も良いところだ。
 ライトくんらしき人影に助けての視線をやったら、「さっさと行け」と顎で指示している姿だけは、暗がりの中でもはっきりと捉えられた。なんて鬼畜なんだあの男は。だけどアレをバラされたら、きっとわたしはカナトくんの中で蜘蛛や芋虫どころじゃなく、ゴキブリにまでランクを落としてしまうだろう。それだけはなんとしても阻止したい。
 息を吸い込んで、もう一度。

「えっと、カナトくんって今、暇かな」
「だから、お菓子を食べているってさっき言ったじゃないですか。君は耳までお飾りなんですね」
「そ、そうだったね。あ! じゃ、じゃあ、わたしと一緒にどこかのお店にスイーツを食べに行かない? わたしが奢るから、ね!」
「……スイーツ?」
「そう! この時間帯じゃファミレスくらいしかやってないかもしれないけれど、最近のファミレスのパフェってかなりレベルが高いんだって! フルーツも新鮮だし、クリームとかにもこだわっているらしいの! それか、コンビニでもいいかも! コンビニスイーツなんて安っぽいもの、カナトくんには似合わないかもしれないけれど、最近はリッチなスイーツを売りにしているコンビニも増えてきてね――はっ」

 一人べらべらと喋ってしまった事に気がついて、慌てて口をつぐむ。カナトくんは口喧しい女の子は嫌いっていうのが、ライトくん情報だ。カナトくんがお菓子好きだと聞いてから、色々と下調べをしておいたんだけれど、今はそんな事をべらべら語っている場合じゃない。
 恐る恐るカナトくんの顔を覗き混んだら、意外にもその大きな瞳をきらきらと輝かせていた。も、もしかしたら、スイーツ情報に食い付いてくれたのだろうか。だったら調べた甲斐があった!
 このチャンスを逃したらもう後がない気がするから、わたしは思いきって頭を下げた。


「だから、その、わたしとデートして下さい!」

   
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