「このオレ様が相手してやるんだ、有り難く思えよ?」


 目の前に現れた緑の瞳。進み出たヴァンパイアは赤い髪をした彼だった。相手にしてやるだなんて誰も頼んでいないのに、偉そうな態度だ。お偉いヴァンパイア様なのだから、仕方がないのかもしれないけれど。彼らのあいだでどんな相談事が交わされたのかは知らないけど、どうやら彼がわたしを痛め付けて下さるらしい。ほんと、有り難い話!


「どこみてるんだよ、オラ、こっち向け!」
「……」
「クク、ひでー顔だぜおまえ」
「……」


 むぎゅりと両手で頬を包まれて無理矢理前を向かせられ、顔を覗き込まれた。頬を包まれたというかむしろ挟まれたというか潰されたというか、とにかく左右から凄い圧迫で顔を押されたから、唇が間抜けにもタコみたいな形になっているみたい。目の前のヴァンパイアが馬鹿にするみたいに笑いとばしてくる。自分でやっといて、全く失礼な話である。頭にきたけど、わたしは特に抵抗はしなかった。


「んだよおまえ、抵抗しねーの?」
「あなたたちみたいなのは、抵抗したらしただけ、喜ばせる事になるかと思って」
「へぇ、良くわかってんじゃねえか」
「……」
「ふーん。いつまでそうやってだんまり決め込んでお人形サン気取ってられんのか、こりゃ見物だな」


 あなたたちって言うのはつまりこのSヴァンパイア集団の事だ。まあ、彼らはドのつくサディストのなかのサディストらしいから、黙っていようが何だろうが関係ないのかもしれない。既にわたしに悲鳴をあげさせるという新しい楽しみ、目標を見つけたらしい彼が、翡翠石みたいな瞳を面白そうに細める。


「さーて、じゃあ、どっから吸ってやっかな。痛い場所じゃねえと意味がないし」


 物色するように身体中をまさぐりだす赤髪に、よかったこのヴァンパイアは単純そうで、と思う。簡単に乗ってきてくれた。これで、一思いにばっさり処刑されるだなんて恐ろしい事態は回避された筈だ。少なくとも、わたしが悲鳴をあげるまでは。これは彼とわたしのゲームだ。悲鳴をあげさせるか、我慢できるか。ゲーム続行中のかぎり、きっと彼はわたしの命は奪わない。だってそれはわたしに悲鳴をあげさせる事を諦めて、彼が永遠に敗けを認めたという事に他ならないのだから。
 ニンゲンよりも頑丈なわたしはちょっとやそっとの事で悲鳴なんかあげない自信がある。どんな酷い仕打ちをしてくるつもりなのかは知らないけれど、とにかく、わたしは耐えに耐え抜いてなんとか隙を見つ――


「って、……いっったあっ!!」


 思わず口からこぼれたこえ。慌てて口をつぐむが時既におそしである。沈黙があたりに満ちた。にやにやとした顔つきで赤髪がわたしを見ていて、わたしは物凄い敗北感に見舞われる。穴があったら入りたい。


「クク、でけぇ口たたいた割には簡単に悲鳴あげんじゃねえか、つまんねぇ女」
「……!!」


 どばっと汗が溢れてくる。彼の右手に握られていたのは、この拷問器具だらけの部屋でも一番に目をひくような禍々しく邪悪な雰囲気を漂わせた――ああ、わたしには言えない。とにかくグロテスクな外見をした拷問器具を握った彼がわたしに何をしたのかなんて、どうでもいい。問題はそれが物凄かったって事だ。悲鳴はコミカルな表記にしておいたけれど、本当は物凄かったのだ。なにがどう物凄かったかなんて、物凄すぎて言えない。だって彼、さっき「どっから吸ってやっかな〜」とか軽いノリで言ってたじゃない。わたしは完全にどこかに牙でも刺されるのかと、その気で構えてたのに。とんだ騙し討ちだ。卑怯だ。こんなのはレッドカードものだ。


「あーあ、つまんねぇ。さっさと血でも吸っちまうか」


 これはまずい。大口あけて首もとに近づいてくる牙に、わたしは身体中全部の血を持っていかれるんだと思った。や、殺られる。抵抗なんかできるはずもなくて、わたしはぎゅうっと目を瞑り、なにか奇跡が起きてくれる事を願った。






   
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