「そういうわけで、サキュバスちゃんのお相手はこのボクがしてあげるね」


 進み出てきた帽子のヴァンパイアは、くすくすと笑いながらそっとわたしの頬に触れる。まるで玩具を与えられた赤ちゃんみたいに無邪気な表情。この世は愉快な事だらけとでもいいたげなこの男も、脈打たない心臓を持つ証のように、その指先だけは氷のように冷たくてぞっとした。


「もう、サキュバスちゃんたらそんなに嬉しそうな顔しなくてもいいのに」
「してないしてない」


 むしろわたしはうんざりした顔をしていると思う。四人の中でも一番面倒そうなのに当たってしまったものだ。赤みがかったブラウンの髪の奥に覗く瞳にうつる、絡み付くような加虐心は、その胡散臭い笑顔では到底覆い隠せるようなものではないとこの男は知るべきである。

 顔の横に肘をつくようにおかれた両手。彼は覆い被さるようにして張り付けられたわたしに体重を掛ける。重力が壁の方に働いていたら、ちょうど組み敷かれたような体制。瞳がぐんと近くなる。性別の差があるのだから当然かもしれないけど、わたしよりも背の高い彼の目線は、宙に吊り上げられた今のわたしとちょうど同じ位置。


「ボクはね、女の子を虐げて喜ぶような趣味はないんだ。本当は君にも気持ちよくなってもらいたいんだけど――後ろで睨んでるこわーいのが居るからねぇ」


 振り向いた帽子の視線のさきには、鞭を構えてこちらを睨む例のヴァンパイアの姿。


「んふ、だからボクは今から君に痛ーいお仕置きをしなくちゃいけない。非常に残念だよ」


 嘘をつけ、嘘を。どこからどうみても嬉々とした表情でいわれても、ぜんぜん説得力がなかった。くそう、悔しいけど息もかかるようなこの至近距離では抵抗もできないし。わたしはこのまま殺されてしまうのかもしれない。
 そのまま彼はわたしの首に爪を立てるとぐっと肌に押し込むようにして力を込める。


「……い”っ」
「アハ! 今肩がびくんて跳ねたねえ、痛かったのかな? でもまだまだこんなものじゃないよね? 次はここに噛み付いて血を全部吸い付くしてあげようか、それとも血を吸う前に首を噛み千切ってみる? この部屋にある拷問器具の使い心地をたしかめてみるってのもいいねえ!」
「ど、どれも嫌……!」
「そんなに遠慮しないでいいよ。ねえ、普段は男を手玉にとって好き勝手責め立てるばかりの君らが逆に責められるのって、どんな気分?」


 先程からお喋りだった彼が更に饒舌になってまくしたてる様子はまるで薬でもやったんじゃないかって具合だ。このヴァンパイアたち、ほんとどうかしてる。

 首もとの布を遠慮なく鷲掴みにされる。そのままぐっと力を込められて、服を破られる、そう直感してわたしの足が反射的に反応した。目の前の体の腹目掛けて、わたしの意思とは別に足が勝手に蹴りを繰り出していた。もちろんヴァンパイアにそんな不意打ちなんか通用するはずもなく、すっとそれをかわすと足を掴み上げられて、結果自由だった足まで相手の掌に収まる事となった。


「んー、なんだろうね、この足は。足から責められたいっていう意思表示? だったら答えてあげなきゃね」


 たべものか何かのようにひょいと持ち上げてそのまま足の指を口に含まれる。親指の先に生暖かくて柔らかい感触。何が起こっているのか一瞬理解が遅れた。何をやっているんだこの男。正直わたしはドン引きで、危機的状況にそぐわないぽかんとした顔をしてしまう。足というのは大地を踏みしめて地面の上に立つためにあるものであって、けして綺麗な物じゃない。それを舐めるという行為は相手に忠誠を誓ったりでもしないかぎり、ない事だ。もちろんこのヴァンパイアがわたしに忠誠を誓うだなんてありえない話だから、つまり、ええと。
 コイツはホンット変態だからなーという外野からの声が聞こえてきても、足の指の隙間をいったり来たりする舌から目が離せなかった。そう、それ、つまり、変態だ。


「この爪の上から牙を突き立てたら、きっと痛いんだろなぁ。サキュバスちゃんがどんな悲鳴をあげてくれるのか、んふふ、楽しみ」
「……、ご近所迷惑考えたら?」
「大丈夫、この部屋はサキュバスちゃんみたいな声も押さえられない子のために、ちゃーんと防音になっているんだよ」


 一度口を離すと大口をあけて再び爪先に接近するくちびる。鋭い牙がそれはもう物凄いスピードでわたしを突き刺そうとしている。爪どころか親指のまるまる持っていく気なんじゃないだろうか。嫌だとか止めろとかこの変態がとか頭で念じてみても、残念ながらわたしには念力は使えないらしい。捕まれた足はぴくりとも動かない。





   
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