五人分の鞄と、それからお菓子や雑誌を両手一杯に抱えて歩くわたしの姿は、端から見たらさも滑稽だったに違いない。ぜぇぜぇと息を切らせながら校門にたどり着いたわたしの目には、逆巻家の新しいリムジンの品と艶のある黒色のボディーが映っている。そこに映り込むわたしは大荷物を抱えて疲労困憊といった顔。明らかに三分以上待たせた気がするので容赦なく置き去りにされているかと思ったけれど、一応は待ってくれていたらしい。


「遅い、二分の遅刻ですよ」

 後部座席のドアを開けるなりこの言い種である。

「この量の荷物を五分で運んできた自分を、むしろ誉めてあげたい気分なんだけれど」
「いいから早く乗り込んでしまいなさい。出発しますよ」

 わたしの頑張りを「そんな事」と一蹴しながら、レイジは何かを警戒するみたいにドアの外の校庭や道路に目を光らせていた。両手一杯に積み上げられた荷物を引き上げてくれたのはスバルで、わたしを強引に中に引き入れたのはアヤトで、素早くドアを閉めたのはカナトで、わたしを座席に押し込んだのがライト。それからシュウに目配せをされた使い魔の運転により、すかさずリムジンが出発する。調和という言葉を知らないこの兄弟にしては見事な連携プレーだった。そんなにまでして早く帰りたいか。わずかな振動がお尻から伝わってきて、窓の外の景色が流れ出す。

「……なんだか、みんなぴりぴりしているみたいだけど、何かあった?」

 走り出した車内の空気は良好なものとは言えなかった。今日一日スバルの機嫌が悪かったのは前述の通りだが、そのスバルの纏っていた空気を何倍にもしたみたいなどんよりとした空気が狭い密室を満たしている。いつもはにこにことしているユイですら、強ばった顔をしているのだから、不思議なものだ。今朝のリムジン事故を未だに引き摺っているのだろうか。あのカールハインツの子息ともなれば、こんなことには慣れっこの筈だけど。

「何かあったもなにも、能天気に何も知らないのはナマエちゃん、キミだけだよ」
「なんの話?」
「ユイさんが、拐われかけたんですよ」
「――――ユイが?」

 ざわり、胸がひどくざわついたのを感じた。





 みんなから掻い摘まんで説明された話によれば、だ。今日、嶺帝学院高校には四人の転入生がやって来たらしい。
 彼らは全員三年生だったらしいので、二学年下のわたしからしたら顔も名前も分からないのだけれど、転入生がなんたらかんたらという噂は、わたしの教室にまで伝わってきていたような。登校時のあのリムジン事故は彼らの仕業なんじゃないかという結論が、兄弟の中では導き出されているらしい。というのも、裏庭でユイを襲ったのがその転入生であり、彼らはヴァンパイアだったらしいのだ。

「――転入生」

 その言葉を聞いたとき、わたしの脳裏にはあの、花壇の前で踞っていた大きな背中が思い浮かんでいた。それから、かぼちゃやトマト。確か彼は、今度転入してくるから、下見に来ていたのだとか言っていたような。隣で殆ど寝転ぶ態勢になっていたシュウが、面倒そうに口を開く。

「……なに、あんたあいつらについて、なんか知ってんの?」
「少し前、今度転入してくるっていうニンゲンに、会ったんだけど、もしかして彼だったのかなって」
「は?」
「たしか、わたしの事を逆巻家の者だって知っていたみたいだったよ」

 ついに兄弟の悪名が校外にまで知れ渡ってしまったとばかり思っていたけれど、こうなってくると話は別。兄弟たちは揃って嫌そうな顔をしている。

「……そうなると、ますます彼らの目的が分かりませんね。なんの為に我が家の不出来な女性達に接触して来たのでしょうか」

 ふむ、と思案するレイジの横で、アヤトがずいっと身を乗り出す。

「つーか“ニンゲン”じゃなくて、ヴァンパイア、な」
「――ヴァンパイア」

 そう考えれば、思い当たる節はある。彼はひとの血を嗅ぎながら、におうにおうと失礼な事を言っていた。ニンゲンだったのならとても許容できるような発言ではないが、ヴァンパイアだったというならば納得がいく。彼は血の匂いの事を言っていたのだろう。

「アヤト、人間とヴァンパイアの区別もつけられないような低能魔族のナマエにいっても、仕方がない話ですよ。ね、テディ」
「ククッ、それもそうだな」
「……う」
「オマエさ、今日だってあいつらの気配に気付いていなかったんだろ。それで呑気に掃除とか、ククッ、マジうける」
「……す、スバルが妙にそわそわしてたからおかしいとは思ってたよ!」

 苦し紛れに言って、ちらりとスバルを見ると、スバルはユイの隣に座り、まだ警戒した顔をしていた。思えばあの珍しく焦った姿は、ユイに危機が迫っていたからなのだろうかと思ったら、ちょっとおかしい。くすっと笑ったら今度はスバルが身を乗り出した。

「オイ、なんかお前今笑っただろ!」
「え、気のせいじゃない?」
「くそっ」

 ぷいっと顔をそらすスバル。そのまたお隣のライトが神妙な面持ちになる。

「んふ、でも彼ら、純潔種、じゃなかったみたいだし、お馬鹿なナマエちゃんが見分けられないのも無理はないんじゃないかなー?」
「純潔種じゃ、ない?」
「そ、元々はヴァンパイアじゃないのに、何かの拍子でヴァンパイアになった存在。そう考えると彼らって、今のキミに、そっくりじゃない?」
「……っ」

 ヴァンパイアであって、純粋なヴァンパイアとはいえない。もしそうだとしたら、確かに彼らは、わたしみたいな存在だ。








 屋敷に帰り一晩ならぬ一昼を過ごしてから、逆巻家ではレイジ主宰による、緊急家族会議が開かれた。
 議題はもちろん、昨夜のリムジン事故及び、ユイが襲われた件についてである。兄弟のうちの誰かがユイを見張る――といえば聞こえは悪いが、要するには常にユイの隣にいて守ってあげよう、という結論に至るまでさんざん語り合ってから、結局落ち着く所に落ち着いた。
 誰か一人に守られるなら、誰か。
 選択を託されたのは当事者のユイ自身だった。先程から散々、オレ様を選ばないと痛い目みるだとか、僕を選ばなきゃ八つ裂きにするだとかなんだとか、脅されぬいたユイはすっかり困り果てた顔をして、六人の兄弟の顔を代わる代わるに眺めている。これには私も同情だ。ユイを狙ってきた敵の思惑は分からないが、これでは誘拐されていた方がよっぽどマシだったんじゃないだろうか。

「ビッチちゃーん、ボクの事を選んだらちゃあんとお風呂の中までついていって、体をすみずみまで洗ってあげるからね」
「じゃあオレ様はベッドだ。毎晩一緒のベッドに入って、寝てやるよ」
「じゃあ僕はトイレの中までついていってあげます……ね、ユイさん?」
「……」

 特に三つ子のやる気は、本人たちも分かってやっているのかもしれないけれど、どう考えてもおかしな方向に向かっている。ユイは更に困り果てた顔をして、視線をぐるぐるとさ迷わせた。彼らはそろそろ、男に風呂だのトイレだのに入ってこられて喜ぶような女はいないって事を、認めたらいいのに。

「……あの、私」

 ぐるぐる、ぐるぐると兄弟の間で視線をさ迷わせていたユイの視線が、ここでぴたりと止まった。この家族会議が始まってから初めて、わたしとユイの視線が絡み合った瞬間だった。ユイの困り果てた顔はみるみるうちに、暗闇の中の光を見つけた時のような、希望に満ち溢れたものになる。

「……えっと、ナマエちゃんが、いいかな」

 ユイの言葉に兄弟たちは驚いていたみたいだけれど、わたしにしてみたらユイの行き着いたこの結論について、何ら驚くところはなかった。自惚れではなく、普通に考えて、だ。お風呂やトイレまでついていくと言われて困り果てていた時に、そこに男と女がいたのだとしたら、女を選ぶのが道理というもの。

「マジかよチチナシ、頭おかしくなったんじゃねーだろうな」
「う、うん、本気だよ」
「ふう、論外ですね。貴女、不出来な頭ではもう忘れてしまったのですか。今日、校庭に唯一このナマエが姿を現さなかったという事実を。そんなひとに見張りが勤まるとは思えませんがね」
「そうですよ、僕よりナマエなんかを選ぶなんて!! 許せません!」
「こればかりはボクも賛成できないかなー。大切な大切なビッチちゃんの血は、ナマエちゃんには宝の持ち腐れだしね」
「考え直せよ、ユイ」
「めんどくさい、どうでもいい」

「大人しく聞いていれば、本当に散々な言い草だよね!!」

 溜め息をつかれたりぎろりと睨まれたりと、散々だ。なにが一番痛かったといえば、それは、彼らの言っている事が正しいという事が一番痛い。ユイを狙っている四人がヴァンパイアだというのならば、わたし一人の力では満足にユイを守る事も出来ないだろう。

20131108

   
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