目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。


「やっとで目が覚めたか」

 落ち着いた声を投げ掛けられ、背を預けていたベッドから起き上がる。途端につきりと鳩尾のあたりが悲鳴をあげたので、なるべく痛まないようゆっくりと。恐らく無神さんちの名前も知らない彼に殴られたあれは、幻覚ではなかったみたい。冷静な顔をしてこちらを見つめる彼もきっと、無神さんちの一員に違いない。

「……ここは?」
「お前の部屋だ」

 吐き出した至極当然の疑問に反ってきたのは予想外の返答で、わたしの頭が混乱に陥ったのも無理はないと思う。いくら見回してみても、家具、壁紙、天井、全てにおいて今まで暮らしていた逆巻家のわたしの部屋との共通点は見受けられない。

「……一応聞いておくけど、殴られた衝撃でわたしの頭がおかしくなった、とかじゃないんだよね?」
「お前が正常だと思うならば、今のお前は正常だろう」
「じゃあよかった、わたしは正常だ」

 だったら、ここがわたしの部屋というさっきの言葉は一体。

「ええと、それ以外だと、あなたの頭がおかしいんだとしか考えられないんだけど」
「フン、逆巻の家の者は女一人の躾も満足に出来ないとみえる。口には気を付けろ」
「……ごめん」

 冷たく笑まれ、ついつい謝罪してしまったのは、彼の瞳の奥の色が逆巻兄弟のそれにそっくりだったから。つまり、彼は物凄いサディストみたいってこと。
 しかし、そろそろこのわたしの頭にも、現状についての見解が見えてきた。目覚める前の出来事をよくよく考えてみたら簡単な話。わたしは多分、無神の皆さんに誘拐されて、ここはきっと無神さんの家なんだと思われる。とどのつまりわたしは彼らに囚われた身なのだ。わたしの部屋というのは「お前をここに軟禁する」とか、そんな感じの意味に違いない。わたしなんかを捕らえても兄弟には何の痛手も与えられないというのに、ご丁寧なこと。

「分かった、じゃあまずは自己紹介をしようよ。知ってるとは思うけど、わたしはナマエ。あなたは?」
「無神ルキ、この家の長男だ」

 あ、それは教えてくれるんだ。とりあえず相手の名前情報を手に入れたわたしは、立てた予想のおおよそは間違っていないっていうのを確信する。

「あなたがルキ、か」

 確か無神コウが、ルキくんの命令だとかなんだとか言っていた。見るからに風格漂うこの男が、この家のリーダー的存在に相違無い。目の前の男をまじまじと観察する。無神ルキは知性の塊のような冷静な瞳と、重厚な雰囲気を醸し出す艶やかな黒髪、どこにも隙が見当たらないような完璧な佇まいをした、見るからに食えなそうな男だった。わたしの視線を不快に思ったのか、ルキはふいに手を伸ばし、わたしの顔をむぎゅっと下から鷲掴みにした。

「……っ!」

 右、左、上、下、顔を傾け、そのたびにまじまじと観察をする。それから顔から手を離し、ベッドの上の体をくるりと回転させて、背中にも熱い視線を注ぐ。なんだかむず痒い。

「……なにをしているの?」
「怪我は無いようだな」
「怪我?」

 ひとの体をじろじろ見ていると思ったら、怪我の確認をしていてくれたのだろうか。強引に誘拐しておいて案外、なんというか、そう。

「……優しいんだね」
「俺が、優しい、か」

 ルキは予想もしていなかった言葉というように目を見開き、それからふっと思いきり鼻で笑いとばした。わたしたち妖魔はちょっとやそっとの怪我はすぐに直るし、いちいち確認なんてするという習慣がなかった。随分ニンゲンらしい、優しいヴァンパイアだ。

「だって怪我の心配をしてくれたんだよね?」
「これだから知能の無い女は哀れだな。俺はお前の体の傷を確認したが、手当てをしてやるつもりだとは一言も言っていない。むしろその傷を抉ってやろうと考えていた可能性も否めないのに、それがどうして優しいなどと断言するに至る」
「…………抉ってやろうと考えていたの?」
「さて、これは可能性の問題だ。そんな事も考えず軽々しく言葉を口にするとは、お前も所詮は頭の足りない家畜と同等という事か」
「……かちく」

 前言を撤回しよう、この男はやはり、逆巻兄弟並のサディストで決定だ。ルキの表情は相変わらずだったけれど、何だか少し怒っているようにも見える。
 と、そこでルキはすくっと立ち上がり、ベッドの上のわたしを見下ろした。お次は一体なにが始まるのかと、少しだけ身構えてしまう。ルキはやっぱり冷静な瞳でこちらを見下ろしながら、言い放つ。

「夕食の用意が出来ている。身支度が出来たら、降りてくるといい」

 ぱちり、まばたきをひとつ。はて、これは一体どういう意味だろうか。これではまるで、家族に声かけをするような調子ではないか。混乱を続けるわたしに背を向けて、そのままルキはドアから出ていってしまった。しーんと静まり返る見覚えのない“わたしの部屋”にわたしはひとり。月を描き出す窓に手をかけて確認してみたけれど、鍵はかかっていなくて、窓から入り込んでくる爽やかな風を頬に感じる事ができた。逃げようと思えば簡単に逃げられそうだ。
 ひとの事を突然誘拐しておいて、なんだろうかこの雑な扱いは。






 あのまま逃げてもよかったんだけどそうはしなかったわたしは、ルキに言われた通り軽く身支度を整えてから、無神家であろう屋敷の廊下を歩いている。逆巻家に負けず劣らず大きな家だったので、どちらに向かえばいいのかもよく分からないまま、裸足でぺたぺたと廊下を踏みしめる。夕食がなんたらと言っていたので、多分わたしは並ぶ扉の中からダイニングを見つけ出せばいいのだと思う。ここの家のヴァンパイアもニンゲンのように食事を採っているのかと思ったら、おかしな話だ。
 わたしが彼らから逃げなかったのは一重に好奇心とチテキタンキューシンの賜物だった。自分が誘拐された理由が実のところまだよく分かっていなかったし、どうせなら彼らに、なぜユイの事を執拗に付け狙うのかを聞いておきたい。えっと、あれだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。確か、そんな感じの諺があったはず。



「ちょっとユーマくん、その唐揚げおれが目を付けてたんだからとらないでよね」
「ハッ、こういうのは早いモン勝ちだろうがよぉ」
「……俺のも……食べる……?」
「え、いいの?」
「おい、アズサ、オマエはがりっがりなんだからもっと食わねーとダメだろ」
「それもそうだね、じゃあかわりにユーマくんのもーらい」
「あぁ、テメー、それは俺の!」
「ふふーん、早い者勝ちなんでしょー? だったらいいよね」
「皿から取るのはナシだろ!!」
「……お前たち、もう少し落ち着いて食事ができないのか」

「……。」

 何とか探し出した無神家のダイニングでは、まるで逆巻家の晩餐会――いやそれよりも随分と賑やかで空気のいい、夕食会が繰り広げられていた。わいわいと食卓を囲みながら、無神家の四人の兄弟が和やかな雰囲気で食事をしている。逆巻兄弟と違い、彼らの兄弟仲は良好のようだ。

「ああ……ナマエさん……、起きたんだね……」

 ダイニングに足を踏み入れれば包帯を体にたくさん巻き付けた彼が、こちらに気がついたらしく、顔をあげた。どうにも見覚えのある傷だらけの彼も、どうやら無神家の一員だったらしい。そう考えたらあの日、彼に執拗にストーキングされた理由も分かるような気がする。

「ユーマに殴られて中々起きないって聞いたから……心配していたんだ……。ああ、ユーマは俺が頼んでも殴ってくれないのに……」

 ……いや、それとは関係の無い、個人的な理由で追い回されていたような気もする。包帯の彼に続き、そつなく食事を続けていた先程別れたばかりのルキ、それからものすごい勢いで食べ物を口に放り込んでいた後の二人も、わたしに気がついたみたいだった。

「ああ、ナマエちゃん、遅いよー。もっと早く来なくちゃ食べるものなくなっちゃうよ?」
「……聞きたいことは山ほどあるけど、まず何故あなたたちが呑気に夕食をとっているのかを尋ねたい」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ、オラ、いいからここ、とっとと座れよ」

 花壇の彼、たしか“ユーマくん”とか呼ばれていた彼の大きな手に腕をむんずと掴まれて、一つ空いていた席に無理矢理引きずり込まれる。そうしてわたしは食卓を囲む一員に見事仲間入りを果たしたわけだ。口には無理矢理チキンフライがつっこまれる。

「……んぐ!」
「オラ、オマエが中々こねーからよっぽどオマエの分も食っちまおうかと思ってたんだぜ。とっといてやったんだから、感謝して味わえ」
「あは、頬ぱんぱんにしてハムスターみたいだね、ナマエちゃん。知ってる? 頬ぶくろ膨らませたハムスターって、スッゴイぶっさいくな顔してるんだよ」
「ナマエさん……涙目になってる……苦しいのかな……苦しいんだね……」
「お前たち、何度も言っているが、食事中は静かにしろ」

 ルキ、そこはもう少しわたしの助けになる注意をしてほしい。涙目になりながらも何とか口の内容物を片付ける。味は美味しかった気がする。
 それから無神家のダイニングで、何故かわたしも夕食の輪に交ざり、食事をする事になった。相変わらず無神コウとユーマの二人ががっついて、後の二人は静かに食事をしている。

「……あのさ」

 食卓のなか唯一あまり手を付けられてなかったサラダを少し皿に取り分けて、それを食べ終えた頃に、わたしはついに痺れを切らせた。こんな状況では野菜の味もよくわからなくて、口に残ったレタスがぱさぱさしている感じしかしない。そもそも何故わたしはレタスをかじっているのか。

「……どうしたの、ナマエさん」
「そろそろ、説明をしてほしいんだけど」
「……説明って、……なにを?」
「ほら、色々と」
「ああ、自己紹介がまだなんだね……俺は無神アズサ、よろしく、ナマエさん」

 にこりと無神アズサが笑う。わたしの名前は全員知っているみたいなので、紹介は必要がないようだ。って、ちがう。包帯の彼の名前が判明し、ここにいる人物全員の名前を知るところとなったのは確かに助かったけれど、わたしが聞いていたのはそんなことではない。

「そうじゃなくて、どうしてわたしはあなたたちに誘拐されなくちゃならなかったのかを教えてよ」
「誘拐?」

 無神さん全員が、はて、なんの話だろう、という顔をしていた。

「あれ、なにそのかお。わたし誘拐されたんだよね?」
「きみってちょっと自意識過剰なところがあるんだね。おれたちがきみを誘拐? おもしろいジョークだね」
「コウには怪しい薬を嗅がされた気がするんだけど、あれはわたしの幻覚だったのかな?」
「あれはきみのためだよ」

 頭が混乱してきた。

「チッ、どうでもいいことうだうだ言ってんじゃねーよ。オレたちがオマエの事をここに閉じ込めてるとでも思ってんのか。出ていきてぇなら好きに出ていってもいいんだぜ」

 確かに彼らは、わたしを閉じ込めようという意思に関してなら、希薄だ。なにせ逃げようとしていればわたしは今頃、目覚めたあの部屋の窓から飛びたって、空を自由に駆けていた筈だから。だったら何でわたしはこの家に? ますます訳が分からない。
 頭を抱えてしまいそうになった瞬間に、ぱちりと箸を置いたルキが、静かに口を開いた。


「――お前が今この場に居るのは、お前が自分の役割を認識しない愚者だからだ」

 その冷静な視線でわたしを真っ直ぐに居抜きながらルキが言えば、ダイニング内の温度が五度は下がり、空気がきゅっと引き締まったような気がした。賑やかだった例の二人も口をつぐむ。この屋敷の者は無神ルキには逆らえないのかもしれない、なんて事を思う。

「俺たちは皆、あの方の計画を遂行する為のパズルのピースに過ぎない。お前もまた、そのひとつ。それを自覚できないお前に、あの方は嘆かれ、そして殆、呆れ果てている」
「あの、方?」

 ぱちりと瞬きをひとつしたわたしに、ルキは深い溜め息を吐き出した。

「仮にもあの方の娘であるのなら、その間の抜けた妙な表情を止めろ、品位を疑うぞ」
「……あの方って、パパの事?」

 彼らはそれに答えはしなかったけれど、沈黙は肯定と同じ意味を持つ。彼らとパパとの繋がりは分からないけれど、彼らがカールハインツの事を心から慕っているという事ならば痛いほどに分かった。だって彼らは、何だかわたしに対し酷くお怒りのご様子だ。その理由が、パパが嘆いて、呆れ果てていたから。

「あの方の駒となり動けるその光栄を屠り、身勝手な振る舞いを続けるお前を、このまま捨て置くことは出来ない。お前に与えられた役割は何だ。イブを唆す蛇となる事」
「……」

 わたしは何も、言えなくなってしまった。彼らがパパの駒だというのなら、何故ユイを執拗に狙うのかなんて、聞く必要も無くなってしまった。わたしには何となく、自覚があったからだ。彼らの言葉を、意味が分からない事と一蹴出来たのならよかった。でもわたしは最近、気がついたのだ。彼らの言っているイブっていうのはきっと、わたしの大切な“オトモダチ”の事だろう。

「きみはさ、おれらと目的を同じくした、おれら側の存在ってこと」

 コウがわたしを指して言う。純血種ではない、わたしと似た存在。そんな、ライトがいつか言っていた言葉が、頭の中でリフレインする。

「ま、おれたちはおれたち自身がアダムになることも、諦めてないけどね」

 ユイはイブ、彼ら四人や逆巻の兄弟たちがアダム、中途半端なわたしはきっと――。
 パパがどんな偉大なる計画を企てているのかは知らないけれど、与えられた役割に名前をつけるなら、そんなところ。考える知能もない下級妖魔だったらよかったとさえ思う。

「なのにきみはどう? エム猫ちゃんの後にずっとつき回って、あまつさえおれたちの邪魔ばかりする始末」

 にこにこと笑っていたコウの顔から、ふっと笑顔が消え失せた。気紛れな猫のように、先程までの明るい声とはうってかわり、冷たい、わたしの全てを拒絶するような声が注がれる。

「ハッキリ言うとさ、邪魔なんだよ、おまえ。イブを堕とす邪魔をする蛇なんて、必要ないんだ。おまえはさ、いらない子なの、わかる?」
「……っ」

 背筋が凍りついたような気がした。彼らは、わたしの事をよく思っていない。そう改めて実感する。おまえは、いらない子。言葉にされて初めて、それが逃げようもない事実として形作られてしまった気がする。愛に祝福されて生まれたわけではないわたし。それは多分、わたしが一番よく知っていた事で、だけどわたしは、わたしは――。

「なにその、傷付いたって顔。被害者はおれら、そうでしょ?」
「……コウ」
「だってルキくんは苛つかないの? おれたちがこんなに頑張ってあの方の計画を成功させようとしてるのに、この女は、ただ生まれがあの方の子供ってだけで――」
「コウ」
「……わかったよ。ごめんねナマエちゃん、おれ、きみと違って育ちが悪いからさあ、口が悪くて」

 にこにこと、再び浮かぶコウの笑顔が、何故だか酷く恐ろしいものに思える。

「ということでもう、エム猫ちゃんにむやみやたら付きまとうのはやめてね」
「それでも、わたしはユイを――」

 ――守らなくちゃ。だってわたしとユイは、“トモダチ”だから。
 だなんて、吐き気がするような、打算とエゴイズムで作り上げられた、気持ちの悪い言葉だ。ユイの優しさにつけ込んで、彼女を利用して、なんてずるい言葉を形にしようとしているのだろう。なにが友情だ、なにが愛だ。無神家の四人の兄弟たちは、わたしの醜い本性を暴きたて、一枚づつ皮を剥いでゆく。

「あの雌豚を、なんだ? 今度はあの雌豚のため、とでも言い出すつもりじゃねぇだろうな、あぁ?」
「……っ」
「オレはさ、遠くから雌豚を見張ってたから分かるけどよぉ、あの雌豚がオマエに付きまとってほしいなんて思ってたとは到底思えねーぜ?」

 ぐいっとユーマの顔が迫り、目と目が合わさった。それは冷たいようで、情に溢れた瞳だった。

「オマエがあの雌豚に付きまとってんのは所詮、あの雌豚の為じゃなく自分が気持ちよくなる為なんだろ? 人間となんてオレには信じられねーけどよ、オマエらダチなんだろ? ダチってのは、そんな風に一方的に利用するような関係なのかよ?」

 わたしは思わず、ユーマの瞳から、顔を反らしてしまう。テーブルの上、殆ど空の皿ばかりが並ぶ中、サラダの入ったボウルだけが緑色をしている。

「……わたしは、……っ」
「……はー、めんどくせぇ。ダチなら、ダチの幸せっつーのを考えるもんなんじゃねぇの?」

 そういった後、ユーマは可笑しくてたまらないというように、くつくつと笑いながら、わたしから顔を離した。

「ま、あの雌豚の幸せが何なのなんて、ククッ、わかんねーけどな。イブになるのが雌豚のためなんじゃねぇの?」

 イブになる。その意味がわたしにはやっぱりよく分からなかったし、わたしはもう、何もかもが分からなくなってしまった。ひとつ見つけたと思ったら、ひとつ遠ざかってゆく。ユイの幸せを省みず身勝手を繰り返したわたしには、因果応報の事柄。視線を下ろせば、握りしめた手がぷるぷると震えている。こんな風に震える資格は無いのに、止まれ、と思えば思うほど、ますます震えが止まらないのだから滑稽だ。震える手に、包帯だらけの手がそっと添えられる。

「……ナマエさん……」

 顔をあげたら、アズサがわたしの顔を覗き込んでいた。

「迷った時、困ったときは、考えてみるのも大事……。少し、距離を取って、考えてみたらいい」
「……距離を、とって、考える?」
「ここに……、住めばいい」
「……え?」

 聞き返してみるも、アズサは先程と変わらない無表情でわたしを覗き込んでいる。

「全くお前たちは。俺が順をおって説明しようとしていたものを」

 ルキがごほんとひとつ咳払いをした。

「いいか、お前がこの家を出て逆巻の家に帰るというのならば誰も止めはしない。だが、お前が尚も自らの役割を放棄し続けるのなら、その時はこちらも容赦しない。それが出来ないならば、せいぜい無い頭を使って考える事だ。自分がどうするべきなのか」

 そこでルキは食事を終えたとばかりに、すっと立ち上がった。それはもう、この会話は終了だという合図だった。あれだけ張り詰めていた空気も途端に解れ、賑やかだった夕食会の空気が帰ってきつつある。

「あの部屋はお前の部屋だ、好きに使えばいい」
「それって」

 ――お前の部屋だ。目覚めた時、ここは何処かと尋ね、ルキが返したあの言葉の意味を、わたしはその時ようやく正しく理解するに至った。無神家の、新しいわたしの部屋。

「……ナマエさん、これから、よろしく」



 距離を、とって、考える。アズサの言っていた言葉が、胸にずぶずぶと沈みこんでいった。


20131113

   
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