夜、目が覚める。
 顔を洗い髪を梳かし身なりを整え、必要ならば夕食を摂り、学校へと出掛ける。毎日繰り返される夜の光景であり、この「夜」の部分を「朝」に置き換えたり、「学校」の部分をそれぞれに当てはまったものに置き換えたのなら、大概の、人間に始まりヴァンパイアやサキュバスやその他もろもろの生き物は、同じようなサイクルで過ごしている事だろう。結局は毎日は繰り返し。たまに刺激的な出来事が欲しくなるというものだ。

「……だからって、これは……」

 草が捲れ上がり半分土にまみれた地面に横たわりながら小さく呟いた。仰向けに寝転んだ瞳には月と、満天のとはいかないまでも幾つか輝いている星も見える。それらはどこまでも普段通りの夜空だったけれど、わたしの今日という日は少しだけ刺激的。夜目覚める。顔を洗い髪を梳かし身なりを整え、必要無いけど夕食を摂り、学校へと出掛ける。そしてリムジンに乗り込む――そこまでは普段通りだった。そのリムジンが事故を起こしたりしなければ、わたしは今も変わらず日常を貪り続けていたのだろう。
 リムジンの後部座席から間抜けにも放り出されたわたしは宙を舞い、地面と背中を仲良くさせて、呆然と夜空を見上げている。暴走したタイヤにぷちっとお腹を踏みつけられるのを何とか免れたのが何よりの幸いだけれど、なにがどうなっているのやら。こんな刺激はまっぴらごめんである。

「おい、いつまで上で伸びてるんだ、さっさとどけよナマエ」

 おっと、わたしの背中が仲良くしていたのは、どうやら地面ではなくシュウの腹部だったらしい。地面だと思っていた場所からシュウの怒気を孕む声が飛んできて、ついでに足も飛んできて、膝頭にぐいっと押され、容赦なく地面に転がされた。シュウの腹から滑り落ちたわたしはごろりと一回転がってから、何とか起き上がる。体は痛むが傷はないみたい。
 シュウもちょうど起き上がっている所だった。

「いったあ、何も蹴ることないのに」
「ひとの腹の上で間抜け面で眠りこけてるあんたが悪い」
「はいはい、それはごめんごめん。で、なにがどうなってるの?
「さあ」
「……事故?」
「ああ、どうやら、当て逃げされたみたいだ」

 辺りを見回せば、兄弟は全員欠けずにちゃんとこの場所に居るようだった。道の向こうにはコンクリートブロックにぶつかり、ボディーの一部をべしゃりとひしゃげたリムジンが沈黙している。あれではもう、ひとを運ぶという本来の目的を果たす事は叶わないだろう。全員無事のようでなんとなくリムジンの辺りに集まって、刑事なみの洞察力と文字通りの嗅覚をもってして現場検証をしているみたいだった。その中でユイだけがぐったりと地面に横たわったままでいたけれど、その脇でレイジが冷静な顔で様子を診ていたので、大事には至っていないらしい。わたしはようやく胸を撫で下ろす事ができた。








 リムジン事故で始まったその日は、わたしにとって、あまりいい一日とはいえなかった。授業中は三回もセンセイに当てられるし、間違えて怒られるし。休み時間にはアイドルのムカミコウクンとやらが転入してきたとかで、絶えず黄色い囁き声が聞こえ、煩くて眠れやしなかった。おまけに、その日はスバルの機嫌も何処と無く悪かった為、苛立ちをたたえる背中をずっと見ている事になった。放課後になったらなったで、ソージトーバンが両手を広げてわたしの事を待ち構えていたので、わたしはホウキらやバケツやらと真剣に向き合わなければならなかった。面倒なことこの上ない。

「ねえスバル」

 教室にホウキをかけながら、自分の机で頬杖をついたスバルに話しかける。時は放課後、スバルは今だ苛立ちを募らせているようだ。

「今朝の事故ってさ、誰の仕業だと思う?」
「さあな、あの家に恨みのある奴等っつー事は、まず間違いねぇだろうが。くそ、こっちはいい迷惑だぜ」
 チッ、もうすでに聞き慣れたものとなった舌打ちも、普段よりも幾分も苛立って聞こえる。
「今日のスバルの機嫌が悪いのも、やっぱり今朝の事故が原因なの?」
「……。」
 スバルはひとつ沈黙を落とすと、机についていた肘を下ろす。
「違う。なんか、今日はやけに――臭うんだよ」
「におう?」
「くせぇんだよ」
「……ちゃんとお風呂に入ってきたつもりだったけど」
「お前じゃねーよ!」

 ホウキを握る自らの袖口をすんすんと嗅いでみたけれど、臭いらしい臭いはしないのは分かりきった事だった。軽い冗談だったのに、スバルは大げさにツッコミを入れながら、ぐるりと周囲を見渡して、目を細めた。なにかの気配を探るような、真剣な表情。ぴんと空気がはりつめている。

「ねえ、それってどういう意味?」

 首を傾げた瞬間に、スバルの肩がぴくんと小さな反応を示した。何かの気配を感じ取った、そんな感じの反応だった。がたり、スバルが席を立ったのは、それからすぐだ。

「チッ」
「え、ちょっと、なに、その舌打ち、どこにいくの、スバル?」

 わたしの呼び掛けもむなしく、スバルは物凄い勢いで駆け、教室を飛び出していった。焦眉の急とでも言いたげな身のこなし、滅多に見られないような焦燥感が滲むスバルの表情。わたしの中には、ますますの疑問が沸き上がってくる。

「……なにあれ」

 あんなに急いで帰る事ないのに。そもそもスバルの机には彼の鞄が置きっぱなしになっていたので、帰ったわけではないのかもしれない。訳が分からないながらも、自分もさっさと帰るために、手を動かす事とする。
 十何分か経過した後、ちょうど掃除を終えた所で、レイジの使い魔のコウモリがぱたぱたと飛んできてわたしの肩に停まった。ガッコウに居るときに何か連絡事項がある時は、こうして使い魔が飛んでくることが多い。コウモリはメモ用紙らしき白いものを右足にくくりつけていたので、それを外して中身を確認。

『校門にリムジンが来ているので、至急出てきなさい。小森ユイ、シュウ、スバル、アヤトの机の上にある鞄と、カナトの机に置いてある菓子、ライトの机の雑誌を持ってくるように。三分以内に来ない場合は置いて帰ります』

「……???」

 鞄くらい、自分でとりに来たらいいのに。
 なんだろう、わたし、もしかしてついに、使い魔扱いでもされだしたのだろうか。三分以内にクラスも学年も違うみんなの荷物を回収してくるだなんて、無理難題もいいところだ。とはいえ置いていかれるのは嫌なので、使い終えたホウキやバケツを掃除用具入れに強引に押し込み、スバルと自分の鞄とを回収すると、大慌てで教室を飛び出す。





 ――これは後から聞いた話なんだけど、わたしが教室をせっせと磨きあげていたのと時を同じくして、嶺帝学院高校の裏庭では、ちょっとした事件が起きていた。その名も、ユイ誘拐未遂事件だ。その名の通り、ユイが四人の謎のヴァンパイアによって、誘拐されかけたらしい。慌てて駆けつけた兄弟の手によって、事なきを得たらしいのが、なによりなのだが。
 ちなみに、ユイとスバルから無理矢理聞き出した所による、その事件直後の会話を忠実に再現したものが以下の通りである。


「とにかく、何事もなくてよかった。全員揃ったわけですし、帰りましょう。車を待たせています」
「待ってください、レイジさん。まだナマエちゃんが揃ってません!」
「チッ、あの女普段はチチナシに付きまとってうるせーくせに、肝心な時にこれかよ。役にたたねーヤツだな!」
「おい、スバル……ナマエは? ……お前ら同じクラスなんだろ」
「バカ正直に掃除なんかしてたから、置いてきた」
「ええー、本当はビッチちゃんの事が心配すぎてー、ナマエちゃんまで気が回らなかっただけじゃない?」
「うるせえ、ライト、黙れ」
「ああん、暴力はいけないなー、スバルくん」
「とにかく、早くここから離れた方がいい。リムジンに乗り込んでください。彼女なら放っておいても一人で帰ってくる事でしょう」
「あ、でも、荷物とかもまだ……」
「ふう、仕方がありませんね、使い魔を飛ばします。荷物はナマエに持ってきてもらいましょう」
「僕とテディのお菓子も教室に置き忘れてきたので、ナマエに取ってこさせてください」
「はいはーい、ならボクも教室にやりかけのクロスワードパズルの雑誌を置いてきたままだよ」
「なら、オレ様の鞄ももってこさせろよ。傷一つ付けでもしたら、お仕置きだっつっとけ」



 まったく、酷いお兄ちゃんたちだ!

20131107

   
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -