「スバルにとってパパってどんなひと?」

 わたしにとってパパは、何でもお見通しというような、鋭い双眸の男という印象だった。もしもあの舞踏会で出会った白髪の男がパパだったのなら――というか、わたしにはあれがパパという確証が既にあるのだけれど、納得出来る。スバルに良く似た外見、レイジに良く似た気品ある佇まい、三つ子と同じような笑みをくちびるに貼り付けて、シュウを思い起こさせる侮れない空気を身に纏う男。逆巻兄弟の厄介な所を何倍にも濃縮し、ひとつに纏めあげたみたいな男だった。
 ――次の満月の晩、城で待っている。お前に話がある。
 あの日受け取った白い封筒には、要約すると、そんなような事が書かれた城への招待状が入っていた。ついでに、“もうカナトに破られる事のないように”という茶目っ気たっぷりなフレーズまで添えてあったわけで。パパのあの何でもお見通しという瞳はやはり、本物みたいと確信したのは、それを読んだ後から。
 舞踏会の日からちょっと。招待状に書き付けられた“次の満月の晩”は、ついに明日という所まで迫っている。

「……ねえスバル、聞いてないの?」

 閉ざされた棺桶の上で頬杖をついていたわたしは、その中にも聞こえるような少し大きな声で言ってみる。返事は無かったので、コンコンと二回棺をノック。スバルが本当は起きているし、ちゃんと声だって届いている事は知っている。わたしが何度スバルの事を起こしに来ていると思っているのか。暫くして聞こえてくる「チッ」という舌打ちと「うぜぇ」と漏らされた声は、分厚い壁越しでは随分ぐもっていた。

「なんだっていきなり、アイツの話なんか始めんだよ」
「明日、パパにお城に呼ばれているんだよね。聞きたい事がいっぱいあるんだけど、何を聞けばいいのか分からない」
「……」

 招待状の入った封筒を指先で弄びながら言えば、棺桶の中からは暫しの沈黙がもたらされた。眉間に皺を刻んでいるスバルの顔が目に浮かぶようだ。それでもスバルは優しい人だから、わたしを無視する事が出来ないんだって事を、既にわたしは知っている。それにつけこむわたしは卑怯だろうか。

「俺にとってアイツは……」
 低く絞り出したようなスバルの声は、分厚い棺桶越しでは、聞こえないような消え入りそうな声色だった。
「アイツさえ、アイツさえ居なければ、俺もあの女も――」
「……スバル?」

 わたしはますますパパが分からなくなってしまった。スバルや他の兄弟がパパを好意的に見ているなんて事は、とてもじゃないけど無さそうだった。

「つーかナマエ、俺を起こしにきたんじゃなかったのか。そんな所でのんびりしてたら遅刻するぞ」
「あ、スバルも遅刻とか気にする事もあるんだ」
「んなワケねえだろ」
「……今日はね、学校とかそういう気分になれなくて」

 今日も今日とてスバルを棺桶から引きずり出す任務を預けられたわたしではあるものの、どうも今日は気分がのらない。約束の日を明日に控え、わたしはすっかり脱力しきっている。きっとこれは、緊張というやつかもしれない。胃の辺りがひゅうひゅうしているのだ。
 ついに棺桶の上にぐったりと上半身を預ける体勢になってしまったわたしに、再び下の棺桶の中から舌打ちの音が聞こえてくる。次の瞬間、ばこんと音がして、わたしの体は吹き飛ばされた。どうやら棺の蓋が勢いよく開けられたようでずるりと滑り落ちたわたしは床にべしゃりと倒れ込む。顔をあげれば、ちょうどスバルがむくりと起き上がっているところ。飛んでいった蓋は壁にぶつかって、ひびを描き入れている最中だ。

「いきなり出てこないでよ、いつもは起こしても出てこないくせに」
「フン、ここは俺の部屋だ。何をしたって俺の勝手だろ」
「それはそうだけど」
「さっきから大人しく聞いてりゃ、人の寝床の上でうだうだとウゼェんだよ。だったら行かなきゃいいだろ、あんなヤツの所」

 惨めにもスバルの部屋の絨毯に頬を擦り付ける羽目になったわたしがどうにか起き上がると、苛立ちを隠せないというようなスバルの瞳がこちらを睨み据えている。

「……そんな訳にはいかないよ。パパには聞いてみたい事がたくさんあるもの」
「何を言いてぇのか自分でも分かってねぇんだろ。だったらそれは、どうでもいいって事だ」
「……ママの事」

 パパに何を聞きたいのか。パパそっくりのスバルの赤い瞳に迫られて、もやもやと不明確なものばかりが浮かんでいた頭の中に、ふっと一つの物が浮かび上がってくる。ママの薔薇園でひときわ美しく輝いていた、このスバルの瞳に良く似た真っ赤な一輪の薔薇。わたしの胸で散った、わたしの夢の象徴。

「わたしは、パパとママが愛し合って、その愛の結晶としてわたしが生まれてきたんだって、そうずっと思ってた」

 でも、最近、分からないのだ。ママをサキュバスの呪縛から解放してくれたニンゲン、トーゴさんは、ニンゲンではなかった。ずっと憧れていたパパとママの美しい愛の形の真実は? わたしがパパに会って聞いてみたいのは、聞くべきなのは、ママについての事だけなのかもしれない。
 どうせスバルには馬鹿にされるか嫌な顔でもされるんだろうと思っていたけれど、たちまちスバルの顔からは苛立ちがふっと消え、なんとも言えない、泣き出しそうな、傷ついた子供のような表情になってしまった。わたしは動揺してしまった。まるで、わたしがスバルの事を傷つけてしまったみたいだ。

「スバル?」

 恐る恐る声をかければスバルはひとつ首をふり、はあーっと深い息を吐き出してから、こちらに向き直る。その頃にはすでに普段の難しそうなスバルの表情に戻っている。

「手」
「へ?」
「いいから手、貸せよ」

 言われるがままスバルに向けて右手を差し出してみた。ぱしりと乱暴に取られ、引っ張られる。がつん、床に頬をぶつけたお次は、棺桶の角に腰をぶつける。いたい。

「ちょっと、スバルくん? なにしてるの?」
「大人しくしてろ」
「く、くすぐったい!」

 スバルはわたしのてのひらを広げると、その上を人差し指でなぞり始めた。何かを描いているような動きにも見えるけれど、スバルの指先が肌をすべるたび、ぞわぞわとしたこそばゆさが体を巡っていって、わたしは体をくねらせる。さっぱり事態が掴めないわたしに分かったのは、てのひらの神経っていうのは敏感らしいって事くらい。

「飲め」
「はい?」
「いいから、飲めって言ってんだ」

 今度はスバルに掴まれたわたしの手のひらが、わたしの顔に向けて押し付けられる。スバルは相変わらず眉間に皺を寄せた仏頂面だったけれど、今度は何処と無く照れ臭そうな顔をしている気がしなくもないし、わたしの気のせいかもしれないし、よく分からないけれど、これは。
 つまり、わたしも嶺帝学院高校の生徒になってから知ったのだけれど、ニンゲンはてのひらに「人」と書いてそれを飲み込む仕草をするという儀式を行うと、一時的に不安や緊張といった感情とは無縁の体を手に入れられる、そんな特別な魔法が使えるらしいのだ。明らかに「人」よりも画数が多かったし、わたしたちは人じゃないのだから、スバルが何を書いたのかは分からないけれど。

「……スバルの優しさって凄く不器用だよね」
「ああ?」

 凄い勢いで睨まれて、くちびるに自分のてのひらを押し付けられた。むぐっと舌を噛みそうになる。さっき打ち付けた腰はまだじんじんと痛んでいるし、もう少し器用に事を運べないのだろうかスバルは。
 けれど、少なくともわたしの中にくすぶっていた不安な気持ちが一気に飛んでいってしまったのは事実なので、ニンゲンの使う魔法はわたしたちにも有効だという事が証明されたわけである。

20131106

   
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