「え、シュウって今日バースデーなの?」

 暇潰しに三つ子とダーツで遊んでいた時の事だ。彼らの会話でふいに、今日がなんの日なのかを知ってしまった。十月十八日、シュウのバースデー。めでたい日だ。
 わたしたち妖魔にももちろん生まれてきた日くらいはあるのだけれど、人間よりも遥かに長い寿命を持っているので、知らない間に過ぎている事も多い。しかもあのシュウの事だ。多分、いや絶対、自分の誕生日なんか覚えていないだろう。何回目の誕生日かすら忘れていたりして。

「そ、まあ誕生日だからって別にどうって事はないけどね」
「シュウの事だから覚えてすらいねぇだろうし。つーかオレらもチチナシが騒ぎだすまで忘れてたしな」
「あぁ、そういえばビッチちゃんが誕生日プレゼントを用意するんだとか言って張り切ってたよねえ」
「僕を差し置いてシュウにだけプレゼントを用意するなんて……あの子には一度お仕置きが必要みたいだね、テディ」

 何やら物騒な相談をテディと始めたカナトはさておきだ。バースデーなんて毎年毎年やってくる物にプレゼントを用意しようと考えるユイのバイタリティーは素晴らしいと思う。

「でも、シュウって何あげたって喜ばなそうだよね。ていうか貴方たちににプレゼントに喜ぶというまともな精神が備わっているのかが疑問」
「んふ、ビッチちゃんの甘ぁい血ならそうでもないんだな、これが。ああん、誕生日にかこつけて、迫られても断れないビッチちゃんの困った顔を想像するだけで興奮してくるよ。ボクの誕生日の日にもビッチちゃんの血を貰うことにしようっと。あ、サキュバスちゃんの血もいつでも大歓迎だからね」
「ほんとライトって素敵な性格してるよね」
「お褒め頂き光栄だよ」
「それ褒められてねぇぞライト」
「え、テディもお仕置きにはやっぱりアレを使うといいと思う? ふふ、僕もそう思ってたんです」
「……カナトの独り言が怖いのだけれど」
「独り言? 僕はテディと会話をしているんです、テディを蔑ろにするなんて、ふざけているんですか!」
「あーもう、オマエらうるせえよ。ほら次ナマエの番だからさっさと投げろ」

 とまあ、殆どライトの変態談義とカナトの独り言を聞かされ、アヤトの桁外れなダーツの腕前を見せつけられていただけみたいな物だったけれど、お遊びのダーツも終わり、わたしの連敗記録をものの見事に更新し終え、また明日のお昼休みもパシられる事が決定した所で、遊戯室を後にする。
 しかしユイはシュウに何をプレゼントするんだろうか。三つ子にはああ言ったものの、こういうニンゲンのイベントには少しばかり興味があったりする。ライトの言うようにユイ自ら血を差し出すっていうのはまず考えにくい。なんて考えながら歩いていると、廊下の向こうからふわりと甘い香りが漂ってきた。血の臭いのような吸血鬼か蚊の血を引く者くらいしか分からないだろう甘さじゃなく、正真正銘本来の意味での甘さ、つまり全国のママがオーブンでケーキをじっくりと焼いている時に家に漂うような香りだった。この香りの元もどうやら廊下の先にあるキッチンみたい。
 甘い密につられた虫のごとくキッチンにやってくると、うきうきと鼻歌を歌ったユイがキッチンに居るのを発見した。ぶーんと小さな稼働音を立てるオーブン。恐らくケーキを焼いているのだろう。クッキーのプレートを用意すると、ユイがその上にチョコレートで文字を書き始める。
『シュウくん、おたんじょうびおめでとう』
 なんという事だ。あれはまるで、小さな子供の為ママが作る手作りケーキの上に乗っているみたいな、バースデープレートではないか! にこにこ笑顔のユイ。あれを悪気なくヴァンパイアに贈ろうとしている所がユイの凄いところである。

「ユ……」

 取り敢えず廊下からこそこそと覗き見しているのも何なので、ユイに声をかけキッチンに入ろうとした時の事だ。すっと空気を切り裂くような鋭い視線と殺気がわたしに向かって飛んできた。はっと顔を上げた廊下の先ではレイジがわたしを睨みすえている。

「レ、レイジ?」
「貴女の頭が悪いのは知っていましたが、こうも救いようが無いとは驚きですね」
「へ?」

 やれやれと呆れた溜め息をつかれても意味が分からない。レイジは何をそんなに難しい顔をしているのか。あれは子供を叱るママの顔だ。

「なんかレイジ、怒ってる?」
「忘れたとは言わせませんよ、貴女が料理なんて出来もしないのにキッチンを使用したあの日の大惨事を。誰が後片付けをしたと思っているんですか」
「あ……っ、ああ!」

 そうだった。忘れもしない、あれは、カナトに無理矢理お菓子作りを命じられた日の事だ。キッチンの端から端まで隅々と色んな粉で真っ白に染め上げ、ついでにレイジの本も粉まみれにしてしまったわたしはレイジに散々叱られた。あげく怒りの収まらないレイジはわたしへのキッチン出入り禁止令を発令したのだった。つまりこの廊下とキッチンの境目はわたしが跨いではならない神聖なラインとされている、ぎらりと目を光らせたレイジによって。
 キッチンに踏み入れようとしていた足をゆっくりと引っ込めて、ひきつった笑顔を浮かべる。レイジの瞳は相変わらず冷めた色だ。

「い、いや、あの、……ごめん」
「ふっ、貴女には分かるまで言い聞かせねばならないようだ」
「え……うっ、うわああああああ」



 酷い目にあった。いやあ、全く、酷い目にあった。今度からキッチンには絶対に近づかないようにしなくてはと固く決意するくらいには酷い目にあった。散々お説教を聞かせられた耳がまだじんじんと痛い。
 ぐったりとしながら廊下を歩いていると、スバルが向こうからやってきた。

「あ、スバルおはよう」
「……おい、なんかナマエ、いつもよりぐったりしてねぇか?」
「いや、まあ、色々あってね。ところでスバルは今日がなんの日か知ってる?」
「知らねぇ」

 考える間もなく即答だ。やっぱりこの兄弟はお互いの誕生日すらも知らないくらい冷めきっているらしい。ケーキを囲んだバースデーパーティーなんて夢のまた夢だ。

「今日ってシュウの誕生日らしいよ。スバルは何かプレゼントとか贈らないの?」
「何でんなウゼェ事しなきゃなんねぇんだよ」
「だよねえ、ユイがケーキ用意しているところをさっき見かけたからスバルならあるいはって思ってさ」
「……ケーキ」

 ぴくりとスバルが反応する。そのちょっと羨ましそうに眉を下げた顔が可笑しくて、にやにやと頬を緩めていたら、物凄い顔で睨まれた。おお怖い。わたしはきゅっと顔を引き締める。

「ねえ、ヴァンパイアってさ、何をプレゼントされたら喜ぶものなの?」
「シュウに何かやるつもりなのか?」
「うーん、こういうニンゲンのイベントにちょっと興味があってね。スバルだったら何が欲しい?」

 スバルはうんうん唸って暫く考え込んだあと、至って簡潔な答えを導き出す。

「………………血?」

 この兄弟は、それ以外に欲しいものは無いのか、欲しいものは。それってつまりニンゲンでいうところのパンが欲しいみたいな感じで、わたしにしてみたら精液を求めているみたいなものだ。普段から口にしている主食だし。そう考えたら、この兄弟って案外無欲というかなんというか。物に対する執着がない。なんだかそれって、少しだけ寂しい気がする。

 スバルと別れ自屋に戻ると、部屋のドアが開けっ放しになっていた。そういえば、と、三つ子に誘われ遊戯室に向かった時の事を思い出す。彼らを待たせるとカナトアヤトライトの順で恐ろしい事になるので、扉を閉めるのを忘れたまま飛び出してしまったような気がしなくもない。こんな所を見られたらまたレイジのお小言を聞かされるんだろうなと思いつつも開いたままのドアの隙間から体を滑り込ませると、わたしのベッドの上ですやすやと寝息を立てるヴァンパイアの姿が目に入って驚きに足が止まる。それは、今日の主役たるヴァンパイアの姿だった。
 何故か、シュウがひとの部屋のベッドで眠っている。

「ちょっとシュウ、起きてよ」

 慌てて近づいてわさわさと体を揺さぶると、額にかかったはちみつ色の髪もさらさらと揺れた。驚いたといってもシュウが自分の部屋を間違えて寝ている事は日常茶飯事だったりするので、そこまでの驚きではない。こうしてシュウの事を起こすのも何度目か。

「……なに、いい気分で寝てるんだから、起こすな」
「いやいや、ひとの部屋でいい気分で眠らないでよ。どうしてここに?」
「部屋に戻って寝ようかと思ったけど、部屋に戻るのが面倒だった。あんたの部屋の扉が空いてて、ベッドが見えた」

 つまり、どういう事だ。シュウの瞳がまたうとうととし始めたので顔を覗きながら再度ゆさゆさと揺する。ふと、シュウのくちびるの端に何かの食べかすみたいなものが引っ付いているのを見つけた。くちびるに鼻を近づけ嗅いでみれば、ユイがオーブンから漂わせていた香りと同じ甘い香りがする。

「……。」

 ああ、つまり、分かった。わたしの名探偵顔負けの名推理を披露するとだ、ずばりシュウは先程までユイの部屋に居たに違いない。ユイの部屋とわたしの部屋は隣同士。シュウはユイの部屋でバースデープレゼントであるケーキをプレゼントされたのだろう。それに対するシュウの反応とかはわたしが推察するべき範囲ではない。とにかく、その帰りに、わたしの部屋の扉が空いていたのを見つけ、砂漠を行く旅人がオアシスに吸い寄せられるような原理で、ねむねむの逆巻シュウ氏は隙間から覗くベッドの柔らかそうな誘惑に吸い寄せられたに違いない。
 わたしはシュウの体を揺するのを止め、大人しく寝かせてあげる事に決めた。今日くらいなら、ベッドを貸してあげてもいいかもしれない。バースデープレゼントとして贈ってやろうじゃないか、夢魔のわたしから、静かな眠りを。結局、わたしがあげられる物でシュウの一番欲しい物はこれかもしれない。

「誕生日おめでとう、シュウ」

 そしておやすみなさい。

   
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