アヤトの吸血は獰猛な野獣のそれ。がばりと覆い被さって、強引に牙を突き立て、貪りつく。我慢なんか一切しない。息つく暇もないくらいの快楽だ。

 カナトの吸血は小動物みたいな印象だ。可愛らしい至って無害そうな外見なのに、一度敵に回して噛みつかれると本当はとても厄介だ。無邪気な吸血は胸が冷える。

 ライトの吸血は絡み付く蛇みたいにねちっこい。こちらが嫌と音をあげるまで執拗にじわじわと追い立てる。頭の芯からじいんと痺れてしまうような気持ちよさ。

 レイジの吸血は海のように静やかで、冷静で、たまに荒々しい。理性の殻の中にヴァンパイアとしての本能を押し込めているけれど、たまにそれが顔を出す。頻度としては三つ子と比べるべくもないので、わたしの出番はそうそうない。

 スバルの吸血は猛禽類のようだ。鋭い嘴や鉤爪を携え、気づかぬうちに獲物を仕留めている。一番ヴァンパイアらしいのは、きっとスバルなんじゃないかと思う。だけどスバルは彼らの中で一番優しいんじゃないかとも思う。たまにユイを気遣ってあげているところを見かける。

 シュウの吸血は実は一番えげつない。普段は気だるげな顔ばかりをしているけれど、一度スイッチが入ったら、じわじわと端から打ち崩してゆくような、まさにサディズムを絵にかいたような吸血をする。あれで何度も何度もユイが泣かされているところを目撃した。それでもシュウは頭がいい。越えてはいけない一線の紙一重を見極めて、ぎりぎりをつめてゆく。わたしが止めに入ると、とても面倒そうな顔をしている。








「この問題、解けるものはいるか?」

 気だるげなセンセイの声色は午後のもったりした空気を更に重たくさせていた。わたしはかじりついていた日記帳から顔をあげ、上目使いに教壇に目をやった。センセイは教室をぐるりと見回して、どの生徒を吊し上げにしようかと探っている。やがてクラスメイトの一人が当てられて、黒板の前に引き摺り出された。憐れに思いながらも所詮は他人事だ。わたしはくるりとペンを回し、ふたたび視線を落とす。

 今の生活にもすっかり慣れきっていた。授業中にこうして見付からず、密やかに日記を書けるくらいには余裕が出てきたし、逆巻家でも何とか居場所というかなんというかを確保している。ユイの隣で過ごすことが、今は何だか居心地がいいのだ。

 初めて吸血を体験したあの晩から、わたしはたまに彼らに血を差し出すようになった。ユイがもう限界、これ以上は大変だというところまでは、わたしに口を出す権利はない。彼らもそれまでは、わたしの血になんか大した興味はない。だけどユイが限界を迎えたら、わたしの出番。

 初めは吸い殺されるんじゃないかと思ったし、ヴァンパイアに歯向かったって時点で命を取られても可笑しくないような状況に置かれていた訳だけれど、わたしはまだ生きていた。あの横暴な兄弟も、そこまで理不尽ではないみたいだ。たまの貧血は辛かったけれど、ユイがアップルパイを焼いてくれたり、部屋に招いてくれるようになったので、まあよしとしよう。ユイと過ごすのは楽しい。まるでわたしも、ニンゲンの女の子気分が味わえるから。わたしはユイがかなりす――っと、これは日記にして残しておくにはあまりに恥ずかしいから消しておいてと。ぴっと横線を引いて文字を消し去る。

 度を過ぎて吸われない限り、吸血にはそこまでの害はないようにおもえる。なにより気持ちがいいのだ。吸血とセックスはよくにていると思う。少し痛くて、気持ちよくて、心が少し切なくなる。

 わたしの方の吸血衝動については、ちゃんと精子から栄養を補っていれば抑えられるということも発覚した。だからユイと居ても問題は起こらなかったし、いい香りがしてむしろ少しだけ気分がよくなる。

 と、近況についてはこんな感じかな。わたしは再び、顔をあげる。センセイがなにか大切な話をしている最中だったようで、クラスメイト達が熱心に前を向いていた。あのスバルですら一応は前を向いている。

「というわけで、ついに来週だ。この週末でちゃんと準備をしておくように」

 来週、を強調するように言葉が放たれる。来週、来週、と教室のそこここでクラスメイトたちが囁きあうような声も聞こえてきた。来週来週って、いったい何があるんだろう。困った事に何も聞いていなかった。明日からは、きっと世界中の学生や公務員や会社員が待ち望んでいるであろう週末の二連休へと突入する訳だけれど。準備って、何か厄介な事でもさせられるのか。ううん、分かんない。
 ノートを千切りとって、前の席のスバルに助けを求める事にした。最近では打ち解けてきたのか、スバルはちゃんと返事をくれるようになっていた。だからあまりにも暇な授業の時にはスバルとこうやってちょっとした雑談をする事もある。わたしは出会った頃、スバルに嫌われているのかと思っていたけれど、どうやらそうじゃなかったらしい。たまにスバルからも吸血されるけれど、わたしだったら嫌いなやつから食事をしようなんて思わないもの。

『スバルくーん、助けてー』

 すぐに頭上から返事が降ってくる。

『何』
『話聞いてなかったんだけど来週って何かあるの?』
『来週テスト』

 スバルからの返事は大概は彼らしい何の飾り気もない返答だ。大体単語しか書かれていないので、飾り気がないを通り越してたまに片言にすらなっている。いや、今回は隅の方に『ちゃんと聞いとけバカ女』と憎まれ口まで書き込まれていた。こっちのほうが更にスバルらしい。
 学校で行われる“テスト”というのは今までも何度か体験した事がある。点数については威張る程のものじゃないから明言を控えるとして、今回のテストは今までとは違いどうやら大掛かりなものらしい。わたしにはよく分からないけど。とにかくスバルに更に詳しく聞いた話だと、今回のテストの結果如何では進級に響いたり、お休みが返上されたりと、学生にとって大変に大切な毎年恒例のテストなのだとか。さあっと顔が青くなる。今日だって授業そっちのけで個人的な日記を書いていたくらいだ。ぶっちゃけ自信なんか何もない。
 留年やお休み返上なんて絶対に嫌だけど、どうしたものか。

 『そういうことは早めに言っておいてよ』と送ったら『知るか』と返されて、『勉強教えて』と送ったら『うざい』と断られた。そっけなすぎて嫌われているのかと思うけど、これでも進展した方なのだ。スバルに教えて貰ったところでわたしの学力向上に繋がるとは思えないものね、と前向きに考えておくとして。

 今日は、授業というのはちゃんと真面目に聞いておくものなんだなぁと思いました。おしまい。


20130717

   
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