「スバルを呼んできて下さい」






 この家の一番したの弟であり、わたしのお兄ちゃんのスバルは、いわゆる引きこもりというやつだ。隙あらば自室の棺に引き込もっている。わたしがスバルとクラスメイトという事も相俟ってか、ただたんにわたしが新参者だからパシられているだけなのか、彼を棺から引っ張っり出す任務を最近ではわたしが命ぜられる事が多い。

 スバルの部屋の扉を数回ノックするも、中から返答がない事は百も承知だ。仕方がないので軽く押したら、キィと音を立てて扉が開いた。部屋の中央には黒い棺が威風堂々といった佇まいで鎮座している。相変わらず蓋は閉まっていて、沈黙を保っていた。
 とりあえず今度は棺をコンコンとノックして、呼び掛けてみた。


「スバルくーん、おはよう。楽しい夜の始まりだよー」

 しいん。
 ノックする前とした後、棺にはなんの変化もない。ここまでが、わたしとスバルのよくある夜の始まりの風景だ。仕方がないので、棺の縁に手をかけた。

「スバル、起きて」

 かたく閉ざされた棺の蓋を思いきり引き剥がす。ばこんと音がしたあと、中で横たわったスバルの顔が現れた。赤い瞳の奥に、みのむしが蓑を剥ぎ取られた時のような、少し驚いた感情。そして悪戯が見つかった子供みたいな表情も見てとれる。

「おはようスバル。ほらみて、今日も月が素敵」

 持ち上げられた蓋を恨みがましそうな目付きで睨み付けるスバルが、ぶつりと呟く。

「……この怪力女」
「ん、怪力? 別にわたしは力が強い方ではないとは思うけれど」

 力は強いに越した事は無いが、残念ながらわたしは素手でコンクリート製の堅牢な建物を破壊したりといった常識はずれが出来るような、ヴァンパイアみたいな力を持ち合わせていない。ううんと唸ったら、嫌そうなスバルの顔がはたと何かに気がついたような顔に変わる。それでわたしも思い至った。
 きっとニンゲンの女の子は、この棺の蓋を持ち上げる程の力は持っていないのだろう。ユイと比べられたらわたしは怪力の王者、ミノタウロス張りの力持ちというわけだ。わたしもユイと接するとき、どうにかしたらすぐに怪我をさせてしまうんじゃないかっていう儚さに、恐ろしくなる時がある。
 にやにやしながら未だ棺に横たわったままの顔を見下ろしたら、スバルはばつの悪そうな表情になる。


「なんだ、その、どっかの変態みたいな気持ち悪い顔」
「ユイはか弱くて可愛いよねーって思っただけ」
「言うことまでライトに毒されてきやがったか」
「うーん、流石にライトと一緒にされるのは心外なんだけれど」

 どうだかな、とスバルが吐き捨てる。そのまま上半身を起こしたスバルを見て、今日のわたしの任務も無事に終えたのだと確信した。が、どうやらその認識は誤りだったようだ。
 次の瞬間、蓋を持ち上げたままのわたしの腕を、スバルの力加減のない手が掴んだ。思いきり引かれて、体のバランスが崩れた。ぐわり、視界が歪む。次の瞬間には、わたしはしんとした暗闇の中に横たわっていた。
 ここはきっとスバルの棺の中なのだろうと、すぐ目の前にある壁と背後から聞こえてくるスバルの息づかいとで理解する。いつの間に蓋が閉ざされたのかすらも理解出来ないわたしは、やっぱりヴァンパイアとサキュバスという種族の間には天と地ほどの力の隔たりが存在するのだなと知る。ちょっと悔しい。


「残念だったな。いくら力が強くてもこの俺の力には敵わねぇだろ」
「一緒に引きこもってどうするの、出してよスバル」
「出すかよ」
「なんで」
「出したらまた口うるさく言ってくんだろ」
「だってそうしないとわたしがレイジに怒られる」
「だったら出さねぇ」
「ひどい」
「そう言うんだったら今後一切俺には構わない事だな」
「ええ、それは無理じゃないかな。同じ屋敷に住んでるんだし、同じクラスだし、わたしは別にスバルの事が嫌いじゃないもの」

 棺の中に、一瞬の間がもたらされる。

「はーん、つまり、実はお前は俺にこうされたいってんだな」
「こうって?」
「今日はこの中で、こうして俺と一日中一緒に居られるんだ。どうだ、嬉しいか?」

 どうだよ、え? と背後から了承を求める声。たぶん本来は一人用だろう棺の中は定員を越え、あまりにぎゅうぎゅう詰めな為、耳たぶにスバルの吐息が掠めて行く。
 わたしはヴァンパイアの感性はよくわからないから、暗いのはいいとしてもこんなに狭くじめっとした場所に一日中いるとなると、息苦しくて気分が滅入るだけだ。そんなのは嫌だと身動ぎしたら、掴まれたままだった手をぐいっと引かれ、制止された。スバルの胸板が背中にべったりとくっついている。くすくすと、楽しそうな笑い声が耳たぶを叩く。さっきの仕返しだろうか。わたしが嫌がっているのが面白いようだ。
 それこそまるで、どこぞの変態を彷彿とさせるような光景ではないか。

「……スバルのほうがライトに毒されてない?」

 うぐっと言葉に窮したスバルを見て、悔しさが少しだけ晴れるような気がした。


20130623

   
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -