適当な扉の前にたってこんこんとノックしてみる。廊下はしんと静まり返った空気で満ちていて、反応はなし。念入りに何度かノックしてみたけど結果は同じで、どうやら誰もいないようだ。
 そっと扉をひらくと中には案の定、闇が広がっていた。開け放ったドアの隙間から線のように光が差し込む。細部は違えどわたしの部屋と基本は同じような造りだった。主人が留守なのか、はたまた空き部屋なのか。今度ちゃんと家の中をレイジあたりに案内して貰わなければいけないな、なんて思いながら、体を内側に滑り込ませて素早く扉を閉める。扉がしまると室内の闇がより色濃いものに変化をとげた。
 窓はあるみたいだけど分厚い遮光カーテンが引かれていて、隙間から僅かに漏れた月明かりしか感じられない。わたし達みたいなのからしたらカーテンは憎き太陽光を遮断するために存在しているものだ。わたしの部屋にも同じようなカーテンが備えてあったけれど、カーテンは月が出る夜にこそ開け放つものなので、もちろんわたしの部屋のそれも開けている。余程のものぐさじゃなければカーテンを引きっぱなしになんてしないから、やっぱりこの部屋は空き部屋だったみたい。
 こちらとしては都合がいい、と、わたしは安心して室内を数歩あるく。いくら夜目がきくといえど、ここまで真っ暗だとぼんやりとしたものの輪郭しか捉えられない。向こうに据えられた大きな長方形のものは、ベッドだろうか。例の三人が追ってきて今にも扉を開けるんじゃないかと何度も振り向いたりしながら、ベッドに向かって物音を立てないようにじりじり近付く。
 ベッドに潜り込む。こうしていればヴァンパイアの敏感な耳も、鼻も、少しは誤魔化せるかなと考えたからだった。なんなら自分の部屋に戻らないでここで眠ってしまってもいいし。床に膝をおって、上半身を半分ベッドの間に忍ばせ終わったところで、わたしの動きは一時停止した。右腕が、なにやらもぞもぞと蠢くものにあたった。一瞬考えて、すぐに上半身を元の位置に戻す。闇の中よくよく目を凝らせばベッドの真ん中に、なにやら盛り上がった場所がある。

「…………」

 更にいくらか思案してから、思いきって布団の端をむんずと掴み、上に引っ張りあげる。ばさりと音がして翻った布のあいだから、体を折るようにしてベッドに横たわったシルエットが現れる。逆巻シュウだった。シュウが、まるで死人のように眠っている。ベッドから顔も出さずに、カーテンも開けずに、なにをやっているのこの男。きっとわたしが入ってきた事も、分かっていただろうに。呆然と見つめていたらそれに反応するように長い睫毛のはえたシュウの瞼がゆっくりと持ち上がり、青空を閉じ込めたみたいな瞳がわたしを見上げる。この暗闇の中シュウの瞳だけが鮮明に浮かび上がって見える。
 その時わたしはまだ布団の端を掴んだままでいて、シュウはそれに凄く不愉快そうな顔をした。

「……またあんたか」
「あ、起こしちゃった?」

 布団を元の位置に慌てて戻したけれど、目覚めてしまったシュウまで元どおりという訳にはいかなかった。布団から顔をだし、再びわたしを見上げてくる。

「ひとの部屋にまで夜這いにくるとは、あんたよっぽど俺の事がお気に召したとみえる」
「ここ、シュウの部屋だったのか。一応ノックしたんだけどな」
「……はぁ、こっちはそのノックで起こされたんだ」
「……ごめん」

 起きたのなら返事をしてくれれば良かったのに、とか、なんでこんな真夜中から早くもベッドで眠っているのかとかツッコんだら敗けなんだと思う。きっと逆巻シュウにとっての睡眠というのは何よりも優先すべき大切な事柄なんだろうから。
 わたしはシュウの眠るベッドを背もたれにして、床に座り込む。

「あの、ちょっと追われてるんだけど暫く匿ってくれない?」

 振り向いてベッドの中を覗き混んでみたら、シュウがちょうど寝返りをうってわたしに背を向けたところだった。そのまま沈黙が返ってくる。俺は眠る、と緩やかに上下し始めた背中が語っていた。追い出されないのだから、わたしの好きにしていいという都合のいい解釈をしておこう。答えるのも面倒臭いというだけかもしれないけど。
 わたしは視線を前に戻すと暗闇をぼんやりと見つめながら極力物音を立てないようにしていた。膝を抱いて座った状態で、ただ前を見つめる。


「……ねえ、シュウ」
「……」
「夢って、なんなんだろうね」
「……」

 眠ってしまったのか無視しているのか、返ってくる声なんかない。耳のいたくなるような静寂が続く。それでも一人きりで居るよりかはずっとましなような気がして、膝を抱き締める手に力が籠る。心の中の薔薇は舞い散ってしまったけれど、空っぽになった胸に少しだけ温度を感じたのだった。


20130508

   
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