「ねえわたしはどうして死んだんだと思う?」

 少し話題が唐突かなぁとも思ったけれど、どうせシュウくんは滅多に返事をくれないし。だから近頃のわたしは、頭に浮かんだ疑問や話題を素直に吐き出すようにしている。その中で何かシュウくんの興味をひけるような話題を提供できたなら儲け物だ。自分の死因についての話を自分で語るだなんて、ちょっと興味を引くような話の気がする。

「……は」

 シュウくんは相変わらず固そうな床にぐったりと寝そべっていて、寝息と返事との間くらいの短い息を吐き出した。これが彼の返事らしい。

「だから、わたしの死因だよ、死因」
「あんたの死因、ねぇ」

 この音楽室にシュウくん以外のわたしの姿を認知し得る存在、彼の三つ子の弟がお客様として現れてから早数日。あれから、彼らは姿を現さなかったけれど、彼らがこの場所に来たという事実はしっかりとわたしの記憶に刻まれていたし、すっかり長い尾を引いていた。

 逆巻アヤトくんが言っていた、嶺帝学院の噂。音楽室のおばけの死因。何回も思い出そうと試みてみたけれど、黒いもやのようなものがかかっていて、やっぱり全く思い出せなかった。今まで自分が幽霊になった瞬間の事なんかつゆも気にしていなかったものの、いざ思い出せないとなると気になってくるというのが、平凡な人間の性だ。わたしはもう人間ではないけれど、やっぱり気になるものは気になってしまう。

「ほら、この前シュウくん、わたしの事が噂になってるって教えてくれたでしょう? それで、この前会ったあなたの弟さんに聞いたんだけれど、わたしが何で死んだのかっていう事まで噂になってるらしいの」
「……人間っていうのはよくもまあ、そんな下らない事で騒げるのか、感心するな」
「まあ、確かにシュウくんにしてみたら下らないことかもしれないけどね。わたしもちょっと、気になるなぁって」
「気になるって、自分の事だろ」
「いや、ほらね」

 ここで一旦沈黙を挟んだのは、最後に再び、短かった自分の人生について省みていたからだ。やっぱりわたしの記憶には、短い一生のエンディングともいえる部分だけが欠落している。ふうと肩を落とす。

「まさか、思い出せないとか言い出すのか」
「うん、だから、気になるなぁって。どう思う?」
「あんた自身で思い出せないことを俺に聞いたって、それこそ正解が反ってくるわけが無いんじゃないの」
「うん、でも、シュウくんって、意外に何でも知ってるような気がするんだよね」
「少なくとも、俺がそんな下らない事を知ってるなんて有り得ない妄想を繰り広げるあんたの残念な頭よりは、ちゃんと脳みそつまってるぜ」
「相変わらず、手厳しいなぁ」

 少し苦笑いが漏れる。シュウくんは気だるげな様相でいて、これで結構ずばずばと物を言う。それでもシュウくんはいつも正解を鋭く付いてくるので、わたしには如何ともできない。

「ううん、でも、そっかー。やっぱりシュウくんでも知らないか」
「わざわざ噂にして騒ぎ立てるくらいなら、調べるなり何なりすればいいんじゃないの」
「わあ、シュウくんの口から調べる、だなんて積極的な言葉が出てくるなんて!」
「……うるさい。騒ぐなんて面倒をするくらいなら自分で解決すればって話」
「うーん、でもそういうのじゃないんじゃないかな。みんな真相の追究が目的じゃなく、噂してるの自体が楽しくて噂してるって所もあるでしょう」
「面倒な奴らだな」
「まあ、確かに、はたから見たら可笑しな話ではあるよね」
「あんたも、そんな面倒なやつらの一員なのか」
「自分の事だし、わたしはわりと本気で気になっているよ」

 自分の死因。分かればいいし、分からなくても、まあ、困らない。けれど少なくとも、噂を繰り広げている生徒たちよりは真剣に、答えを求めている。

「ああ、わたしも、シュウくんと話をしたかったっていう不純な動機があったのなら事実だけどね。シュウくん普通の話題じゃ生返事くらいしか返してくれないし」
「自分の死因を話の種にするなんて、恐ろしい女だな」
「だってシュウくん自分の事話してくれないし。死んじゃうとそういうのって案外吹っ切れちゃうものだったりするよね」

 今回の話題は少しだけ食いついてくれたから、成功かもしれない。

「でも、そっか。調べるって手もあるのね。音楽室に囚われの身でさえなければなぁ」

 ちらりと隣のシュウを見る。シュウくんは視線の意味を素早く読み取り、苦々しい顔になる。

「……俺に調べてこいだなんて怠いことは、間違っても言い出すなよ」
「駄目?」
「あんたごときにそんなめんどくさい事を頼まれて、はいそうですかって俺が簡単に」
「従うなんて、絶対に有り得ないかなって分かるくらいはシュウくんと一緒に居るよね」

 言葉を引き継いで言ったら、更に凄く嫌そうな顔をされたから、流石にわたしも縮こまる。

「ごめんなさい、言ってみただけ」
「……知らない方が、あんたの為でもあるんじゃないの」
「どういう事?」
「どうして死の記憶だけがあんたの中から欠落してるのか、って話」

 シュウくんはごろりと寝返りをうち、視線でわたしを指し示す。

「わたしに良くない事だから、忘れるべくして忘れたという事?」
「さあな。ただの記憶力の問題かもしれないし。いかにも覚えが悪そうだよな、あんた」

 確かに自分が記憶力に長ける優等生だった記憶は無いけれども、それは流石に言い過ぎじゃないかな。ナチュラルに暴言も交えてくるよね、シュウくんって。ごほんと咳払いを交え、気をとり直す。

「まあ、でもわたしも、やっぱり下らない噂話を特に追求もしないで話してられればいいだけの人間だったのかも」

 わたしって平凡な人間だったからね、と笑ったら、シュウくんも少しだけ笑う。こうしてシュウくんと笑いあってる事の方が、きっと重要だ。

「わたしがどんな悲惨な最期を遂げていようが、今はどうでもいいかなって」
「どうでもいいって随分な言い方だな。さっきまであんなに気にしてたのに」
「今はそれでよかったのかな、って考え直したの。よく考えてみたら今は時間に囚われずピアノ弾き放題なわけだし、まあ、もう腕は上達はしないかもしれないけれど、わたしにとっては結構いい環境だよね」

 他の事に囚われず好きなだけ演奏していられる今を、わたしは結構気に入っている。だったら自分がどんな惨めな最期を遂げたのかなんて、微々たる問題だ。
 それにね、と、わたしは付け加える。こっちも、わたしにとっては重要だ。

「人間の時の平凡なままのわたしだったら、こうしてシュウくんの隣でつまらない噂話をして、一緒に月を見上げる事なんて一生なかっただろうな、とも思うし」

 肩を並べて、月を見上げる。シュウくんとわたし、二人同じ場所で同じ窓から同じ景色を見上げている。それはきっと、奇跡に近い事柄だ。平凡なまま生きているだけのわたしだったら、一生あり得なかった出来事。シュウくんと出会う事だって、なかったと思う。

「シュウくんに演奏を聴いてもらえるの、シュウくんの隣にいられるの、なんだか凄く心地がいいの。今が、とても楽しい」

 柔らかく、しかしぎらぎらと時には鋭い月の光は、シュウくんみたいだなと思った。満月から暫く経った今日の月は、ちょうど半分ですぱんと切り取られているような形をしている。それでもわたしにはそれが、あの日見た満月と変わらず今でも美しく輝いて見えた。

「シュウくんがわたしの隣に居てくれてよかった」

20130903

   

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