手を繋いでミケと出会った森を歩く。久々の真夜中の散歩は、悪くない気分だった。どろどろと飲み込まれてしまいそうな暗闇に沈む、エメラルドの木々。息を吸い込めばじめっと湿ったにおいと緑のにおい。
 繋いだミケのてのひらはもう皮と骨のかたい感触はしなくて、ふわっとやわらかい女の子の感触がする。

 ミケに会うのも随分と久しぶりだった。あの人との時間が増える度ボクがミケに構ってやる時間も更に短くなり、一月ほどほったらかしたり、急に現れたりを繰り返した。気紛れに優しくして気紛れに八つ当たりをして気紛れにミケを抱いた。それでもミケはボクが現れるたびにライトくんライトくんといって、嬉しそうに笑っていた。

 視線に気がついたのかこちらを振り返ったミケがにこりと笑う。ボクもそれに笑顔を返す。とたんに母親に笑いかけられた赤ん坊みたいな、幸せに満ち溢れた笑顔がミケの顔を覆い尽くす。
 いまやあの真っ黒な穴みたいな目など見る影もない、可愛い女の子の瞳をしているミケ。ミケの瞳はボクしか映さない。ボク色の女の子。

「もうすぐだね」
「……?」
「んふ、何でもないから立ち止まらないでいいよ」

 もうすぐ、ミケも美味しい女の子に生まれ変わる事が出来るね。さくさくと枯れ葉を踏みつけながら少し前を歩くミケの小さな背中と、繋がれた柔らかいてのひらを見て笑う。


「ねえ、ライトくん。わたしもうすぐお給料がもらえるんだよ」
「ふーん、よかったね」
「ライトくんになにかお返しがしたいの。なにか欲しいものはある?」
「与えられるだけの立場のミケが飼い主に贈り物だなんて、それはとんだ思い上がりだとは思わない?」
「……ごめんなさい」
「んふ、ボクがキミから欲しいものは、たったひとつだけさ」

 ボクがミケをほったらかしてるあいだ、彼女は近くの少し大きな街で仕事を見つけ、一人でも生きてゆけるようになっていた。
 それでも毎晩帰るのはあの居心地がいいとは言えないぼろぼろの小屋で、何もないあの小屋に毛布を一枚だけ敷いて毎晩を過ごしているらしい。もう街に居場所を見つけたのなら、帰ってくる必要なんかないのに、それでも健気にケージの中でボクを待ち続ける彼女は、本当に愚かで可愛らしい。
 いつか、あの小屋の持ち主を探し出して、権利を譲って貰ったんだと言っていた時は驚いた。
「これで、誰にも邪魔されずにライトくんを待っていられる」
 そう言って、にこにこと笑顔を浮かべたミケ。
 そんな可愛いミケの心臓を食べる日を思うと、とてもぞくぞくするんだ。


「ねえねえ、こっち向いて」

 立ち止まり振り向いたミケの頬を、繋いでいない方の手でむぎゅっとひっぱる。不思議そうにボクを見上げたミケが、ぱちりとまばたきをしている。

「ボクに笑って見せてよ、ミケ」

 よく分からないという顔が、たちまちにこりと笑顔に変わる。頬をつままれたままの笑顔はとても不細工に歪んでいたけれど、打算も繕いもない、純粋な女の子の笑顔だった。ボクだけに向けられた、ボク色の笑顔。


「キミはほんとうに可愛いね」


20130705

   

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