みんな子供だったころがあると思うんだけれど、永遠にちかい命を授かるヴァンパイアだって子供で過ごす時期が長い生涯のうちの何割かを占めていて、もちろんこのボクも子供だった時期がある。子供の頃のボクは自分でいうのもなんだけれど、今よりいくらかまともで、わりと純粋な子供だった気がする。アヤトくんやカナトくんはボクを変態あつかいするけれど、昔は二人のほうがよっぽど変な子供だったんじゃないかな。
 あの人のお気に入りのアヤトくんが、いつもあの人と同じ時間を共有していたのが羨ましかった。例えそれが勉強を強いられていたのだとしても。カナトくんは一人遊びが大好きで、いつもクマのぬいぐるみと共に絵本に感化されたごっこ遊びをしていたけれど、カナトくんには歌っていう立派な特技があって、それは大いにあの人を楽しませたから、やっぱりカナトくんもあの人に気に入られていた。
 まだ年端もいかないその頃のボクはあの人を楽しませるような術ももたなくて、ほとんど放任されていたといってもいい。ボクはカナトくんのように一人遊びが得意ではないし、退屈なあいだ城のメイドをからかって遊んだりなんかしていたんだけれど、それに飽きるとたまーに人間の住む村に遊びに行って、人間観察に勤しんだ。シュウみたいに人間と馴れ合っていたわけではなく、ただ見ているだけだったけれど、未熟なボクにとっては随分と刺激的な遊びだった。あの人は人間の事が好きではなかったし、その頃のボクにとってあの人の言葉は何にも変えられない絶対だから、人間と馴れ合うなんて考えもしなかったけれどね。

 そんなボクが人間である彼女を目につけたのは、死に片足をつっこんだ彼女が実に魅惑的に映ったからだと思う。

 ある日、城を抜け出して普段と同じように針葉樹が鬱蒼としげる森の中を、人間の村目指して歩いていた。さくさくと落ち葉のやわらかな感触を踏みしめながら進むと、暫くして少しだけ開けた場所にでる。ふと、一人の小さな女の子がいる事に気付いたボクは立ち止まった。彼女は木々に遮られ月明かりもろくに届かない薄闇の中、ぼおっと空を見つめていた。背中は大木に預けきり、四肢はぐったりと地面に投げ出されている。遠目に見てもまったく生気が感ぜられないその姿に、初めは死体が転がっているんじゃないかと思った。

「こんなところに人間がいるなんて、珍しいなー」

 ゆっくりと近づいて、彼女の顔を確認する。人間。普段は遠くから見ているだけだった。ボクはそれをただの死体と認識していた。
 薄く開いたかさかさのくちびるに、虚ろな瞳は落ち窪んでいる。肩のあたりで切り揃えられた髪は艶の無いバサバサの質感がみてとれるし、元々は純白だっただろうベアトップのワンピースは煤けた灰色に染まっていた。だらりと投げ出された手足は枯れた枝のように細っこく、女の子の可愛らしさなんか感じられやしない。驚いたことに、どうやらかろうじて生きてはいるようで、剥き出しの骨ばった肩は僅かに上下していたけれど、呼吸は浅く、もう意識は半分この世に留まっていないように思える。外傷は特に見当たらないけれど彼女のこの衰弱のしようは、病気か、または飢餓かってところだろうか。

「……あなた、は、死神さん?」

 ちょうど子供一人の身体が入るくらいのスペースをあけた位置まで接近したところで、ただ空気を見つめていた彼女の視線がぶらりとさ迷って、ゆっくりとボクを捉えた。眠たげな印象をうける半分目蓋が覆い被さったその瞳はどこまでも暗くて、なんの感情も見つけられない程に空虚だ。顔に穿たれたただのふたつの穴みたいな目。薄くいくつも線の刻まれたくちびるがなわなわと震えながら動いている。
 その時ボクはひどい衝撃を受けていた。女の子って生き物はすべからく、あの人みたいに、薔薇の花に包まれたようないい香りのする生き物だと、まだその頃のボクは信じて疑わなかったから。近寄った彼女から漂ってくるのは、ごみ捨て場やネズミの死骸なんかのにおいを彷彿とさせる不愉快なものだ。あの人のいい香りは香水瓶から吹き付けられる魔法によって産み出されているとボクが知るのは、これよりも幾分か先の話だった。

「死神? ボクのこと?」
「……わたしの魂、もっていくの?」

 端から見てるだけの通りすがりのボクの目からも一目瞭然なのだから、当事者の彼女からしてみれば、自分の先がもう長くないって分かっているらしい。ボクを見上げる瞳は暗く落ち窪んで空虚だけれど、こうしてみれば少しだけ死という未知のものへと畏怖の念が感じられるかもしれない。こんな深い森の中に現れて死にかけの自分に近寄ってくるのなんか、自分を迎えに来た死神か何かしかいないのだと思っているのだろう。残念ながらボクはヴァンパイアで、彼女はもう少し苦しんでから死ぬことになりそうだけれど、それを正直に教えてやる義理もない。

「キミは、どうしてこんな森の中でひとりで? ここはヴァンパイアの住む森だから近寄っちゃ駄目って教えて貰わなかったのかな? 家族はどうしたの?」
「……家族は、みんな死んだ……住んでいた村が……なくなったの……」

 レイジの顔が一瞬浮かんできたけれど、まあ、関係はないだろう。人間を襲う脅威はなにもボクたちみたいな存在だけじゃない。大規模な天災がおきたり疫病が流行れば小さな村なんかすぐに壊滅状態、それから戦争なんかあれば同じ人間同士で殺し会う。彼女がどれに該当するのかはとても聞き出せるような状態じゃないしさして興味もないけれど、彼女は住んでいた村や家族、もしかしたら隣人や親戚なんかを一気に失って、いくあてもなくさ迷った。それから、知らないうちに森へと迷いこんで、出られなくなった。もしかしたら自らの意思で森に足を踏み入れたのかもしれないけれど、そんな細かい事はどうでもいい。生きるすべを持たない子供は、やがて飢え、衰弱していった。そして今、こうして誰もいない、針葉樹のみが見守るその中で静かに、ごく短い生涯に幕を下ろそうとしているらしい。
 家族、の言葉を吐き出す瞬間は真っ暗な色をしていた瞳は少しだけ、希望を見つけたような明るい色になって、直ぐ絶望に染まる。そうしてまた色を無くし虚無になる瞳。
 とてもいい表情をする子だなあ、と、ボクは胸の奥に言い表しようのない感情が、沸いてくるのを感じた。そうは見えないかもしれないけど、これでもボクは闇の眷属、ヴァンパイアだからね。そういう表情を見せつけられると、ぞくぞくした感覚が背筋を駆け巡っていって、人間がとても愛おしいものに感じてしまう。
 可愛い彼女の落ち窪んだ瞳の前に、手を差し出した。生きた屍のボクのてのひらのほうが、死にかけの彼女の枯木のようなてのひらよりも、いくらか生き物らしい形をしている。彼女はやっぱり虚無の瞳で、ぼんやりとボクの指先を眺めている。

「……死神、さん?」
「んふ、そうだよ。ボクはキミの魂を貰いにきた、死神さ」
「……そう……」
「うん、でもね、ボクは悪い死神なんだ。だからキミにひとつ、選択権をあげるよ」


 彼女はやっとで死を迎えられる事に安堵すら覚えているようだけど、こんな楽しい事これっきりにするのは何だか惜しいような気がする。


「ボクに魂をくれるのなら、この手をとって、ボクについておいで」


20130528

   

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