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“俺のことなんて、どうだっていいだろっ…”

だって?



「…ったく…本気でそんなこと思ってんのかなー…あの人は」



はぁーっ。

まるで肺中の二酸化炭素を出し切るように、コプチェフは深いため息をついた。
ふわぁと広がった白く冷えた水蒸気は、視界にまで被ってくる。
ため息吐くと幸せが逃げる?…それは一体どこの有神論者の幸福論だ。根拠は、根拠を説明しろってんだ。
うっすらと積もった雪を蹴飛ばしながら、ブツブツそんなことを考えていると、いつの間にかミリツィアに着いていた。



「おはよー」
「おはようございます、」



すれ違う人たちと軽く挨拶を交わしつつも、コプチェフの頭の中は困った相棒のことでいっぱいだった。結局、昨日はあの後ケンカ別れみたいになってしまって、彼とは目も合わせてもらえなかった。相棒、相棒とは名ばかりで、パトロールも任務もなければ彼と二人っきりになれる機会はぐんと減る。仲間の机越しに彼に声を掛けようなんて、無視されて恥かくのが目に見えていた。

そもそもこれはケンカなのか?ケンカっていうのはお互いがお互いを罵り合ったりするものじゃないのか…。例えばそう、このクソ野郎っ、うっせぇてめぇがクソ野郎だろうが、みたいな…。
この場合、単に彼の機嫌をこちらが損ねてしまった…だけ…いや、それにしてはかなり手痛いことを言われた気がする…。

勝手に詮索って、

それは、ボリスが何も教えてくれないからだ…。確かに、ちょっぴり自棄になっていたことは認めるけど。
でも、待てば彼は語ってくれたとでも?まさか、話す気なんてさらさらなさそうだったじゃないか。
相棒なのに、知る必要はないと?

いや、相棒って…。
彼にとっての相棒って…。

思考の海に沈みながら、コプチェフはロッカールームのドアノブを握る。
と、その時だった。
ガチャリと、力を入れてないのに自然とドアノブが回った。こちら側からみて押し戸だった扉は、コプチェフの意志とは関係なくすっと引いてゆく。
思わず、コプチェフはそれにつられて引っ張られてしまった。



「あっ…わ」
「…っ!」



突然目の前に現れたのは、よくよく見慣れた茶色の髪。
扉を挟んだ反対側でノブを引っ張っていたのは彼だった。
二人は不可抗力的に近距離で向かい合うことになる。彼は驚いたようにぽかんと、口を開けていた。



「ボ、ボリス…っ」
「な…おまっ」



後に続くはずだった言葉は唐突に途切れてしまった。何かを思い出したかのように、ボリスの表情にスッと影がさす。
うやむやになったのを隠すように彼は俯いた。



「お、おはよ…」
「……はよ」



とりあえず、と口にしたコプチェフの挨拶を遮るように彼は小さく呟いて、コプチェフの脇をすり抜け廊下に出てしまった。

引き留めようかと振り返ったが、途端、なんと言えばいいのかわからなくなって、ただその背中を見送るにとどまってしまう。



「なんだよ、お前らケンカ?」



ロッカールームの中で、一部始終を見ていたらしい同僚の一人が渋々部屋に入ったコプチェフに声をかけた。



「う、…ケンカっていうのか…これは…」



どさっと、ロッカーの間に並んでいるベンチに座り頭を抱え込むコプチェフ。
同僚達が失笑を漏らす。



「うーわ、女王様を怒らせちまってー…。一体お前、何したんだよ」
「女王様って…う…あ…確かに…」
「コプ、ちゃんと謝れよ。俺たちまでとばっちり食らうだろうが」
「そうだ、土下座しろ、土下座!」
「お前ら絶対楽しんでんだろ…ったく、他人事だと思って…。こっちの身にもなれよ」



ハハハ、という笑い声が部屋中に響いた。同僚たちは気楽なもんである。いわゆる、厄介な相棒をもったが運のツキって奴だ。
コプチェフはもう一度盛大なため息を吐いた。こりゃ、本気で土下座でもしようかな…なんてそんなことをついつい考えてしまう。気難しい彼の、取り扱いマニュアル本でもあればいいのに…。どっかで売ってないかな、くっそー。



「お前、あんまりこじらすとコンビ解消されちまうかもよ」
「うっそ、そんなのアリ?」



ニヤニヤと笑った同僚は悪魔としか見えない。彼は、さあな、なんて適当なことを言ってドアの向こうに消えてしまった。

コンビ解消。
それこそまさしくバッドエンドだ。
それだけは絶対に嫌…。
嫌…?

ふとそこで疑問に思った。
普通ならこんな厄介な相棒、とっととおさらばした方が楽になるって考えるんじゃ…?
いや、確かに半年ほどコンビ組んだ情もあるし短絡的にそこまで望みはしないとしても…、だ、チラとも考えないとは。


彼の相棒でいたい。


意識した途端、よりいっそう強くそれは浮き彫りになった。
そもそも、彼のことを知りたいだなんていう気持ちだって、ただの興味本位なんかじゃない。
彼に、彼という存在にもっと近付きたいからだ。



「うっわ…」



思わず、赤面しそうになった。
他人にもっと近付きたいだなんて、何年振りに感じた気持ちだろう。

覚えている。
前にこんな気持ちを抱いた相手と、自分がどうなったか…。





























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