15













ファインダーの向こう…、
そこに在る人間。

否、それを人間と思うな、と。
昔、そう人に教えられたことがあった。

ともかく一人でも多くの頭をブチ抜け。
戦場という名の地獄を前に立ち竦む俺に男は言った。
哀れみも憐憫もいらない。感情なんて、そんなものは今すぐ捨てちまえ。そこでそいつを戦闘不能にしなければ、すべては自分に返ってくる。そうつまり、そいつを殺らなきゃ代わりに自分が死ぬってこと。死ぬのは自分自身。死にたくなきゃ、銃を持て、狙いを定めろ、引き金を引け。
ただそれだけ。それだけが唯一、この地獄から生き残る方法なんだ。
いいか、殺せ、ただ殺せ。
生き残りたければ、一人でも多くブチ殺せ…。



嗚呼、それは道理だと。
地獄を見た俺は知っていたんだ。

刻み込まれた感覚は、今でも俺の中で生きている。
忘れることなんてできやしない。
銃を構えるたび、脳の海馬が打ち震える。
生きろ、生きろ。
そうやって、全身が悲鳴を上げる。
何度も何度も何度も、そう刷り込まれた感覚は皮下でせわしく蠢く。
撃つことは、生きることだ。
殺すことは、生きることだ。
銃を撃つ、其処その瞬間にこそ己自身が存在する。


嗚呼、狂っていると。
お前はそう言うんだろう?

だから頼む。
もう、俺に手を差し伸べてくれるな。

誰にも理解されないなんて、分かり切ってる。一人で全部背負うって、覚悟したはずなのに。

なのに、なのに…











『俺…ボリスの相棒で良かったよ』



嗚呼、どうして。
どうしてそんな言葉を。

瞬間、心臓が止まりそうになった。
熱い熱い塊が込み上げてきて、息が苦しくなった。
胸が張り裂けそうな、なんてそれ以上に痛くて痛くて痛くて、死にそうなくらい痛くて。

すがりたかった。
いっそ背負っているもの全部かなぐり棄て、全身で、彼にすがりたかった。

彼なら全てを許してくれるのではないか。彼なら全てを受け入れてくれるのではないか。
そう期待することを、こんなにも恐れているのに。
重すぎるものを持つことが、それを失ってしまうことが、こんなにも恐くてたまらないのに。



望んでしまう自分は…、何故だ。

















こびりついて離れない声がある。
それは今尚、背負い続ける十字架。




『…死ぬ時は…一緒だろっ…?』




鼓膜の内側。遠い記憶の彼方から。
泣いてるくせにひどく眩しい笑顔で。




『なぁっ…、俺を一人にしないでくれよ、頼むよ、なぁ…、ボリス』




すがられた。




『頼む…』




あそこには正義や道徳や、そんな綺麗なモノなんて、何ひとつなかったんだ。
ただあるのは、産まれたまんまの生と死のみ。生々しくグロテスクなそれは、恐怖という絶対的な力をもって、人という存在を中身から狂わせた。




『一緒に、来てくれよ……頼む…』




嗚呼、いっそのこと、狂えられたら良かったのか。
愚かなくらい、全部を打ち捨て、何もかもなかったことにして。見たくないものは、目を瞑って真っ黒にする。耳を塞げば、聞こえるものは自分の心音ひとつ。
大丈夫、もうすぐに楽になれるから。大丈夫、痛いのはきっと一瞬だけだから。大丈夫、神様はちゃんと迎えに来てくれる。
大丈夫、大丈夫。
そんな風に言うことをきかない心臓を必死に慰めて。

嗚呼、そうだ。
あとはただ引き金を引くだけだった。
そのたった、0.1ミリ秒の神経伝達信号。
たったそれだけ。
たったそれだけだったのに…。












できなかったんだ。










































「…ボ…リ…、ス…」



声が。
声が、…聞こえる。



「…ボリス、ボリスっ」



抱きかかえられた感触。
堅いコンクリートに、冷たい風、その瞬間すべての五感が復活した。
視界一杯、心配そうに表情を曇らせた相棒の顔が映り込む。
息ができなくなるくらい胸が締め付けられた。



「…大丈夫?」
「大丈夫だ…、悪い」
「……ボリス」
「大丈夫だっ」



その胸板を押しやって、無理矢理に自分の力だけで体を支えた。
痙攣していた腕の震えは治まっていたが、まだどこか痺れた感触が残っている。
無様な…。
唇を噛む。悔しかった。



「…くそ…」



悪態混じりに、足元に投げ出されていたモシン・ナガンを拾おうとした。
しかし、その手を彼に掴まれ阻まれる。



「…っ、離せっ…」
「だめだ」
「てめっ…なんのつも」
「ボリス」



唐突に顎を捕えられた。
強引に上向かされ、相棒の悲痛な顔が真ん前に映る。
次の瞬間、彼の親指が頬をなぞった。

つぅ、と彼の指を滑る透明な雫。




「……泣いてる…」




…嘘だ。
言葉はすべて喉の奥で掻き消えた。



























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