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視界の端で捉える彼は、黙々とモシン・ナガンを組み立てていた。
手慣れているのは当然のこと。ひとつひとつおもしろいくらい見事な手際の良さで、黒いフォルムはあっという間に形を成してゆく。
彼の表情は真剣で、傍にいることを気後れしてしまうほどの鋭い緊張感を持っていた。

─いつもの通り。

思わず、コプチェフは心の中でそう呟いた。わずかにプライベートでのぎくしゃく感が残っているとはいえ、いざ任務となれば淡々と仕事をこなす…。
改めてコプチェフは、自分たちの関係が普通の友達という概念ではくくれないことを思い知った。
そう、友達じゃない。仕事上の、相棒というもっとシビアな関係…。その事実は、やけに重くコプチェフにのしかかる。



二人が出向いた現場は、話の通り面倒なことになっていた。面倒なこと、というのはどうやら…取締りを強行しようとしたミリツィアの捜査官達に対し、窮地にたたされたヤク密売組織の者たちが予想以上に抵抗してきた、ということらしく。昼間にも関わらず銃撃戦にもつれ込んだ為、応援として狙撃手の補充要請がでたのだ。そして、前に張り込みをしていて顔も知れているだろう、なんていう理由もあって二人が選ばれてしまった。
これを運が悪いというには、あまりに不可避的すぎる気がする…。



二人は、問題のビルとは通りを隔てた同じ系統のビルの屋上に構えていた。
吹きすさぶ風は容赦なく、冷たい。そんな中、淡々とボリスはモシン・ナガンを組み立てている。



「それで、いくの…?」



思わず、口にでた質問に彼はチラリと視線だけを上げた。



「…気分…」



カシャンと音をたて、彼はストックにバレルを差し込む。その表情は、色濃い疲労のせいか少しやつれて見えた。

意外に細い彼の白手首がすうと、銃身を撫でる。その、異様なくらい艶めかしい手つきから、目が、離せなくなった。どことなく、愛おしむような慈しむような、手つき…。例えは悪いかもしれない、けれど、まるで幼い女の子が精一杯の愛情を込めて人形を撫でるような…。

なぜ、いつものドラグノフでない?
なぜ、旧式のモシン・ナガンを?


喉までせり上がってきた質問をコプチェフは無理やり飲み下した。
今は、ダメだ。ダメだ、ダメだ。バカみたいに言い聞かせて、強引に視線を彼から外す。
わずかばかりの手摺りの向こう、見下ろす視界には、いっぱいに光ったラーダのシグナルランプが見えた。
緊張した冷たい空気に、時おりパパンと爆竹がはじけたような軽い銃声が混じる。盾に隠れた仲間たちが応戦している。



「あーあー…派手にやっちゃってさ…。危ない危ない」



より高い位置に構えたこちらを、犯人たちは視認できはしない。己の頭をダイレクトに撃ち抜かれることも、予測すらできないだろう…。
可哀相に、というにはもう慣れすぎていた。

チラリとボリスを見やると、彼は下の喧騒なんか知ったこっちゃないとでもいうように、淡々とバレルとストックの隙間を確認していた。発射時のストックの衝撃がバレルに伝わらないようにするためだろう。組み立て終えられたバイポットに、彼がモシン・ナガンを設置する。
果たして、彼も同じ感覚なんだろうか。聞けそうで聞けない、そんなことばかりだ。


「ボリス…顔覚えてる?全部で7人、そのうち3人は死んでるらしいけど」
「…ヒゲ、赤タンク、…坊主に、グラサン…」
「なにその覚え方」
「俺、名前とかムリ」
「あ、そういやそんなこと言ってたね」



手持ちの資料には、確かに彼の言う通りの写真があって、こらえきれず苦笑した。
確か、一週間前も二人でこうやって張り込みをしていた。場所は此処ではないが、あの時もこんな風に…軽口を言いあって…。

そうだ…積み重ねてきた時間はちゃんとあるじゃないか…。信用とか、信頼とか、そんな意味にしばられた言葉よりもずっと確かな、もの、が。
不意に、コプチェフ泣きたいような感情に襲われた。

他の誰も、これは持っていない。
二人だけの、記憶…。




「ボリス、」



スコープで距離を測っていた彼が、何とはなしにこちらを見やった。




「俺、…ボリスの相棒で良かったよ」




精一杯の感情を込めて、バカみたいにクサいセリフをいった。驚きを隠せず、目を見開く彼にむけて。

風が二人の間を通り抜けた。

上手く笑えただろうか?
俯いてしまった彼に、そんなことがやけに心配になった。



「バカ…やろ…」



カシャン。
音を立てて、彼が銃弾を装填した。
震えている、その指先が微かに…。



「ボリス…?」
「……」



刹那、無線機から指示が入った。
一気に引き締まる空気の反面、コプチェフはどことなく違和感を感じた。
嫌な予感がする…。
何か違う。いつもと違う。



「“ルーファー2、発砲を許可する”」
「…了解」



許可が出た。
いつものように返事をする。しかし、ボリスはサインを出さない。

双眼鏡を見直す。
下のミリツィア隊員達に向け発砲している男の銃が見える。

…撃てる。しかし、



「……っ…」



彼は伏射姿勢のまま動かない。
カタカタ…何の音だ?



「…ボリス…っ…?」



双眼鏡から目を離し、相棒を見やった瞬間コプチェフは思わず我が目を疑った。
ボリスの、トリガーへかかる指が、震えている。カタカタカタ、それは銃身が震える音。

彼が息を詰めた。



「…くっ…」



ガシャン。
モシン・ナガンが彼の手から滑り地に落ちる音。
彼の右腕は明らかに異常な痙攣をしていた。彼自身、何が起こったのか分からないという風に己の右腕を凝視している。



「ボリス…っ!」



思わず駆け寄ったが彼は放心している。ただ、右腕を凝視し続けて。
両肩を揺さぶったが、反応がない。



「おい、ボリス!」



視線を合わせようと、無理矢理に顔を上げさせた。瞬間、心臓が止まりそうになった。
ボリスの瞳が涙に滲んでいる。
嘘だろ…、彼の焦点の合わない眼孔から溢れだす水滴。





「……撃て…ない…」





彼は小さくつぶやいた。





































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