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結局、どうなるんだろうとか。
正直、先のことは何ひとつわからなかった。

誰にだって、癒えない傷くらいひとつやふたつ持っている。一般論的な大小はあるとはいえ、当人にとっての大小はあるとはいえ、必ずしも全否定はできないはずだ。

その事実に、今さらながら直面した自分たちは…。お互い半端に傷を舐め合えるほど、子供でもなく。見えないふりして嘘をつき合えるほど、大人でもなかった。















見慣れたライン。
ところどころ、剥げた塗装に愛着が湧く。すっと撫でた。冷え切ったボディに体温が吸い込まれてゆく。

水銀灯の仄かな灯りの元、彼の横顔がラーダのフロントガラスに映っていた。





「ごめん」



ささやかな沈黙を壊さないような声量でボリスはそう言った。
俯いている。その、垂れ下がった前髪で瞳が見えない。



「昨日の昼…、俺…」



そこで、彼は口ごもった。
声を失ったみたいに、戸惑った唇が開きかけて行き場を失う。

上手い嘘が思いつかないに違いない。
変なところで馬鹿正直な性格がここでも裏目に出ている。



「………」



とうとう彼は口をつぐんでしまった。
いっそ、バレバレな嘘でもいいからついてくれたらいいのに。そっちの方が楽なのに…。コプチェフは心の中で独りぼやく。
ボリスに謝られるなんて、非常事態もいいところだ。明日は雪どころか、槍が降るに違いない。

もちろん、彼が何のことを言っているのかコプチェフにはわかっている。むしろ、この状況で彼が自分から謝ってくるなんて思いもよらなかったから。
つーか、謝られたの初めてだ。



「…コプチェフ、…俺っ」
「もういいよ、…謝らなくてさ。ボリスに謝られるなんて逆にコワいって」



困ったように笑うと、彼が驚いたように顔を上げた。
その表情がどうしたらいいか分からないみたいに一瞬曇る。コプチェフの顔が直視できないのか、すぐ視線が落ちた。



「…でも、お前…待って」
「待ってたよ」
「…っ、…」
「ずっと、待ってた。ボリスが来てくれるまでずっと…」
「……」
「でも、俺も余計なことしたし。これでおあいこだって思ってる」
「……」
「…だから、ボリス」



自分たちの他に誰もいないガレージ。天井が高いせいで余韻を残す声…。
そっと、手を伸ばした。



「もう、意地はんないで」



一瞬、泣きそうに彼の顔が歪む。
目の前のその存在が、やけに愛おしくて。そう感じた自分にツッコむ余裕もなくて。

伸ばした手、そのまま抱き寄せた。



「俺じゃ、ダメなわけ…?」
「…っ」
「俺、ボリスの力になりたい」



息を詰めたその体が、硬直した。



「ボリス…」



声は虚しく反響する。
ボリスの瞳は揺れ動き、動揺していた。何を考えている?何を思っている?疑問ばかりが溢れてくる。
久しぶりに触れた彼の体はちゃんと温かくて。その感触が、泣きたいくらいかけがえのないものに感じて…。いつの間にかどうしようもないところまで来てしまっている。そんな、気がした。

ボリスが腕の中で身じろぎする。



「…コプ、チェフ…俺…」



ぎゅうと、コプチェフの腕を掴んで。強く、強く、痛いくらいに。闇色の瞳が瞬かれる。何を、何を…一体何を…。

しかし、その時だった。







「ボリス!コプチェフ!」



突然ガレージに大きな声が響いた。
思わず、コプチェフはボリスをラーダに押し付ける。広いガレージ、並ぶラーダの列の向こうに同僚の姿がちらりと見えた。



「いねぇのかーっ?」



きょろきょろと見回してる辺り、抱き合っているところは見られてないらしい。
ほっと息をついたコプチェフの胸を、ボリスがやや強めに叩いた。



「お前…痛い…」
「ごめん、」



名残惜しさを感じながらも体を離すと、彼はするりとコプチェフの腕をかいくぐってラーダの陰から出ていった。
渋々、コプチェフもそのあとに続く。



「いるぞ、どうした?」
「あ、なんだ。いるじゃねぇかお前ら。いねぇのかと思った」
「…お前…タイミング悪すぎ…」
「えっ…コプなんか言った?」
「何もない…」



きょとんとする同僚に悪気がないのは分かるが、どうしてこうも邪魔が入るかなーとコプチェフ内心悪態をついた。
ちらりと見やった先、ボリスの表情は若干決まりの悪そうな顔をしていたが、正直…何を思っているのか読み取れない。

彼は、一体何を言いたかったのか…。



「んで?…何の用?」
「いや、お前ら今すぐ出れるかと思って…」
「今すぐ?」
「先週までお前ら張り込んでたヤクの組織あったろ?それが、ややこしいことになったらしくってヘルプだとよ」
「ヘルプ?」



そういえばその密売組織のアジトの張り込みは、今は別のコンビが担当してるハズだった。
ボリスの表情が、あからさまに曇る。



「確か、今日ガサ入れって…」
「だからさ、面倒なことになったんだってば」



同僚は頭をかいて、ともかくと二人に戻るように促した。




世の中、上手い具合に回っているとはよくいう。誰がそのネジを調節しているのか知れないが、今回ばかりはその誰かさんに一言申し上げてもよいだろうか。

いい加減にしやがれ、と。


















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