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ひとつ、ふたつ、みっつ…。
また、増えてる。

3日連続で増え続けた缶コーヒー。
彼の不眠記録は着々と更新されているようだ。

このままいくとマズいだろうな…、なんて。そんなことはきっと本人だって十分わかっているだろうに。
そのくせ、どんなに体調が悪くても出勤する姿にはもうあっぱれとしか言いようがない。
サボる時はうざいくらいにサボるくせに、変なところで真面目ちゃんを発揮する彼の性格は、全くもって不可思議だ。
今年一年で溜め続けた有休ならまだ随分と残っているはず。こういう時に使わないで一体いつ使うんだろうか。このままだと、使わないうちに年を越すことになる…。



コプチェフははぁーと大きく溜め息を吐いた。
この数日間で吐いた溜め息の数は、今までの人生で吐いてきた数を軽く上回ってる気がする。
逃げた幸せの数も一体幾つになることか…しかし、追いかける気力もない。


今朝は挨拶も、ナシだった。
目も合わせてくれないし、声も聞けてない。
普通に話ができた今までが遠い遠い昔のようだ。口が悪くて無愛想とはいえ、あの頃は良かったなぁ、なんて…彼の背中を遠巻きに眺めながらコプチェフはもう一度溜め息をつく。

もどかしい…恋しい…。

少女漫画、なんていう未知の領域に踏み込んだことは未だかつて一度だってないけれど。こういう思考に陥るとなんとなく想像してしまう。

恋しい、だなんて…まるで彼のことを…。







「よーう、おはよーさん」
「あ…おはようございます」



と、唐突に降りかかってきた声。
朝っぱらからこんな大層な声量の持ち主は、もちろんあの人しかいない。気分がこれ以上ないくらい沈んでいる時には、まさしく最悪な人選。



「ニコさん…今日もなんか酒臭い…」
「…っ。まだ抜けねぇか、くっそ」
「飲んだんでしょう、また…」
「いやー、つい、な」



つい、な、じゃねぇし全然可愛くねぇし…。そんなコプチェフのつっこみに気づくわけもなく、ニコさんはにっと笑った。



「そういやお前ら、ケンカ中だって?」
「はっ、えっ…何で」
「何でってお前ら有名だぞ?ケンカ中〜って今朝の朝刊大見出し」
「朝刊?ちょ…バカ言わないでください。俺たちのことそんな有名なんすか?」
「あったりめぇだろー。お前らアホくらい目立つんだよ。自覚ねぇのか、自覚」
「自覚?…なんすかそれ……。まぁ、確かにボリスは目立つかー」
「(お前もだよアホウ)」
「え、今何か言いました?」
「いや、流してくれ」
「…?」
「にしても、ケンカなぁー…」



うーん、とニコさんは腕組みをしながら唸った。



「それも、相当ヤバいやつ?」



彼の視線も、遠くデスクに座るボリスの背中を捉えたようだ。
コプチェフは表情を曇らせる。



「ヤバい…って。口きいてもらえないだけですよ」
「んー拗ねてんだな、あいつ」
「いや拗ねてるって…まぁ…」
「何やらかしたか知らねぇが、お前らいい加減お互い腹割って話さねぇと」
「そりゃあ…、俺だってそうしたいのは山々なんですけど……」



そう、困ったようにコプチェフは苦笑した。実を言うと、そろそろ策が尽きてきたのも確かなわけで。手をこまねいているというか…なんというか。
そんなコプチェフに、ニコさんはハァとあからさまに呆れたため息をついた。



「コプー。お前な、甘いんだよ。言っとくが、お前らのコンビ解散なんて心待ちしてる奴なんてたーんといるぞ」
「それ…どういう意味ですか」
「時間は待ってくれねぇってこと」
「は、」
「まぁ、俺に任せとけや」



とんとん、と軽くコプチェフの肩を叩いてニコさんは再びニッとお決まりの笑顔を見せた。
コプチェフに嫌な予感がしたのは言うまでもない。が、ニコさんはそんなことは構いもせずにずかずかと歩きだす。



「へ?…な、ニコさん何す…」
「お前そこで待ってろい。今すぐ女房つれてきてやらぁ」
「はぁぁっ!?」



もっのすごい声を出したコプチェフに後ろ手を振って、ニコさんが向かう先はひとつ。まっすぐ、ボリスの机に向かっている。
コプチェフは軽く目眩を感じた。



「うわ…ヤバいってー…」



本気で止めた方がいいのか…。いや、もうすでに手遅れか…。そんな押し問答やってるうちに、ニコさんはボリスの机に辿り着いてしまう。
できるだけ見たくなかったが、そういうわけにもいかず、額に片手をやったままコプチェフはこっそり様子を窺った。



「あー」



きっと机にあの巨体の影が落ちたのだろう。普通よりもいくらか早く、ボリスは己に近づく邪悪な気配を察したようだ。
ガバッと振り返った彼の顔が、瞬間ものの見事に引きつった。
挨拶もそこそこ、彼はニコさんに何か言い寄られ、(何を言われたかだいたい想像がつく…)引きつった顔をさらに硬直させる。
もちろん、彼はそのまま左右に首を振った。ブンブンと、もう二回。見ての通り、彼は必死に何かを拒んでいる。

しかし、そんな可愛らしい抵抗がまさかニコさんに通じるわけもなく…。ニコさんはしゃらくせぇとばかりに強引にボリスの腕を掴んだ。(ともかくこっちに来やがれ、だろう多分…)

ところが、ボリスはまだ懸命に抵抗しようとしていた。彼は机の上の書類を引っ張り出し、仕事があるからどうのこうの…。(分かり易すぎる)
しかし、そんな健気な努力でさえ、やはりあのニコさんの前では粉塵と化さざるをえなかったらしい。とうとう両腕を拘束され、ボリスは引きずられるようにしてデスクを後にすることとなった。
周りのみんなも何が起こったのか、と固唾を飲んで見守っている…。これはもう、いわゆる拉致の瞬間としか言いようがない。



「あー…ヤバい…」



拘束された相棒が自分の元に引きずられてくるのを見て、コプチェフは今すぐにこの場から消えてしまいたい衝動にかられた。
マジで、勘弁して欲しいって…。

思わず、頭を抱え込んでその場にしゃがみこみそうになる。
なんて声をかけていいのわからないし。ましてや、心の準備なんてとてもできていない。

一体どうしたら…。


ふっ、と影が落ちた。

「ほらよ」、と。
まるでお届けものですよ、と言いたげにひょいと前に引っ張りだされたボリス。
彼は、コプチェフの姿を見た途端白い顔をさらに青くさせた。
そんなに嫌がらなくても、…と内心コプチェフが傷ついたのは言うまでもない。



「や…俺…」
「バカやろ、逃げんじゃねぇぞ」



じたばたと再び逃げようとしたボリスの抵抗を易々と阻止するニコさん。
首ねっこを掴まれたボリスは、そのまんま躾のなってない野良猫みたいだった。ニコさんのドスのきいた声に、渋々大人しくなる彼…。瞬間、うつむき加減の瞳と視線がかち合った。
その闇色の虹彩に怯えが映ったのをコプチェフは見逃さなかった。



「ボリス、」



心の中では何度も何度も呼んだ名前。
けれど、口にするのは随分久しぶりな気がした。
























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