10











昼休憩が終わった。
結局、彼は来なかった。



「昼飯抜きかよー…」



机に突っ伏してそう呻くと、腹の虫が嫌味なほどにぐうと鳴った。
なんで、とか、どうして、とかそういう疑問は陳腐なのかもしれない。けれどどうしても、問い詰めずにはいられそうになかった。
そんな余裕のない自分なんて、本当は認めたくもないのだが。


机のひんやりとした感触。
熱のこもった頬を冷やすのにはちょうどいい。顔をあげたら否が応でも、無慈悲な時計の針が見える。
こうしていたら、彼が来てくれるのではないか。遅れて、ごめん…とか、いつも通りに…なんて。

そんな望みは、ことごとく裏切られた。
つぅか、どれだけ頑固なんだ。

リアルにコンビ解散だなんて…。
嘘だ、本気であの人そんなつもりなわけ?



「う゛ー…」
「ちょっと、そこのお兄ーさん」



ガバッと顔を上げたコプチェフの目に飛び込んできたのは、相変わらず貼り付けたような笑顔を浮かべたイヴァンだった。



「………」
「なにそのあからさまに落胆した顔」
「………」
「あのね僕これでも先輩なんだけど」
「………」
「…君って、案外失礼だよね」
「どーも」



今一番会いたくない相手だと隠す気にもなれず、とりあえず、とコプチェフは椅子に座り直した。



「で、何の様でしょうか」
「……いや、」
「はい?」
「君、態度デカいよ」
「すみません。無意識でした」
「あ、そう」



負けずに微笑み返すと、彼もなかなかその笑顔を崩そうとしない。
ふと、彼が思いついたように口を開いた。



「実はね、…ボリスを探してるんだけど」



ほら、きた…と。
コプチェフはさらに機嫌がワンランク下がった音を聞いた。



「ボリスならどっか行ったまま帰って来ませんけど」
「あ、そうなの。……ケンカ?」
「はっ…なんで。チガいますよ」
「ふーん」
「(…コノヤロ…っ…)」



とりあえず、ぎゅうと握った拳は机の下に隠す。



「ま、君でもいいか。イチオウ、相棒だし」
「…(イチオウ!?)…何ですか?」



イヴァンの笑みがすっと消えた。
その黒色の瞳が、訝しげに光る。



「実は彼、今月の訓練規定こなしてないんだよね」
「え…」



訓練規定とは、だいたい月毎にミリツィア隊員一人につきそれぞれ課された訓練のことだ。



「何が足りてないんですか?」
「射撃訓練」



射撃?…まさか。



「それって…何かの間違いじゃ」
「まぁ僕だっていちよう仕事だからねぇ」
「…いや、…はい」
「こんなの、初めてなんだよね。まさか、忘れてるってことはないと思うんだけど」
「……」



嫌な予感がした。
普段パトロール中、隣で呑気に寝こけている彼も、射撃、ことに狙撃関連の仕事に関してとりわけ気を遣っていることは、傍で見ていてよく知っていた。



「…やっぱり、何かあったんだね。君たち」
「何かって何ですか」
「うーん、だってあのボリスが最近様子おかしいからさ。まぁそんなことは君だって分かってるだろうケド、でも君、…何もできてない」
「………」



イヴァンは、コプチェフの隣の机に腰掛けた。見た感じ優男風の彼は、これで随分背が高かった。コプチェフが視線を下げると、彼の顔はすぐ視界から外れる。



「一応…これでも僕はボリスとはミリツィアの中で一番付き合い長いしさ、それなりに懐いてくれてるとは思うんだよね、」



なんだ、その宣戦布告…。



「だから今の状態が、なんだかんだで彼にとって物凄くよくない状態…ってのはよく分かるんだよ」
「…だから、何が言いたいんですか」

「君、相棒なんだろ」

「…っ…!」



コプチェフは思わず立ち上がりかけた。
切れるくらいに唇を噛み締める。

そんなことは、こっちだってとっくの昔から分かってる。
分かってて、なんとか歩み寄ろうとした。自分なりに、相棒として、出来ることをやろうとした。

けれど、
拒絶したのは、彼だ。
差し伸べた手を、拒んだのは、彼だ。

これ以上、どうしろっていうんだ。



憤りを噛み殺しているコプチェフを、イヴァンは静かに見つめていた。
その瞳は、何もかも見透かしているかのように酷く冷めている。
稍あって、彼はゆっくりと口火をきった。



「前に、言ったよね僕。…ボリスの人嫌い伝説」



何が言いたいのか分からず、コプチェフは思わず顔を上げた。
その瞳を見つめてイヴァンは言った。




「ボリスが、どうして相棒を持つの嫌がってたか分かる?」




それを他の人間の口から聞くことに、抵抗がなかったとはいえない。
けれど、聞かずにはいられなかった。

相棒なんて、言葉だけが先走りして。
もうどうしていいか分からなくなった、今にも折れてしまいそうな心には、どんな形であれ、残りのピースを当てはめる必要があったのだと…。
都合のいい言い訳に聞こえるかもしれない。けれど、何をやってでも彼のそばにいたかった。

その気持ちに、間違いはない…。

























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