相棒のコプチェフはよくモテる。
アッシュグレイの髪を少し長めに波打たせた色男。
もとい、若干タレ目な瞳といつも締まりなく笑っているせいでずいぶん優男に見えたりも、する。
モテる、というのはもちろん異性からであって同性からも憎まれるようなキャラじゃない。
そう、彼の人当たりの良い笑顔は万人受けするのだ。
例えば、頼れる仲間として、魅力的な恋人として。
本当に残念なことに、彼が誰かにけなされているようなところなんてのも未だかつて見たことがない。
だからこそ俺が、わざわざけなしてやってるんだ、とまぁ以前本人の前でそう言ってやったら、彼はなんにも言わずにただただ苦笑していた。
ったく、ナメやがって…。そういう余裕ぶったところがマジで癪にさわる…。
ともかく、コプチェフというヤツは(一般論としては)よくできた人間なのだろう。しかし、俺にとってはありえないくらいキモい変態野郎なのだ。
「ボリス、昨日何してたの?」
朝、ロッカールーム。
私服から制服に着替えようとしていたら後ろから気のいい声が聞こえた。
振り返るまでもない、相手はわかっている。
「はっ?今なんつった…?」
「昨日の、夜、何してたの?」
「夜?…ふつーに寝てたケド」
「違うくて、寝る前とか」
「はぁ?寝る前?…お前きしょい質問すんじゃねぇよ」
「だって、俺夜勤だったし。デスクでさ、ずっとボリス今頃何してんのかなー、って考えてたわけ」
ぶっ。思わず俺は吹きそうになった。
耳元で囁かれてなおさら、鳥肌モノの変態台詞だ。
「き、もっ!…お前キモすぎてゲロ吐きそう。マジでやめてくれ、頼む」
「やだなぁ、俺は一晩だってボリスとは離れたくないんだって」
「やめろ、そのストーカー発言二度と口にするな発音するな」
ビシリとその頸元に指を突きつけて言ってやれば、この小生意気な年下はニヤニヤと締まりのない笑みを見せている。
ああ、この気色悪い面を、コイツと付き合いたいだとかどうとかのたまっている女共に見せてやりたい。
「ストーカーじゃなくて恋人でしょ?」
「…だ、れが。…勝手にいってろホモ」
さり気なく腰に手を回そうとするその手を払いのけ、ムカつく巨体を押し返す。奴は夜勤明けで制服から私服へと着替えるつもりだろうが、俺は今から仕事なのだ。さっさと制服に着替えてここを後にしなければならない。つまりバカに構ってられないってこと。
俺は上着を脱ぎ、シャツに手をかけた。胸まで持ち上げて、ふとそこで嫌な視線を感じた。
「ボリス、相変わらず鍛えてるのに腰細いなぁ〜」
「…っう…てめぇ、見んじゃねぇよ!」
「俺どうせホモだもん、そりゃ見たいよボリスのをいろいろと」
「はっ?なに言っ…わ、やめ…ろ、バカっ」
油断した。その瞬間、あっという間にコプチェフに後ろから抱きすくめられてしまった。思わず息をつめる。脱ごうとしていたシャツの隙間から手を入れられた。
「コプ、やめろ…!離せっ…」
「ボリス、油断したでしょ。まさかこんなところで…とか」
「う…るせ…、だまれっ!」
「やーだ。つか、ボリス男に興味ないんだよね。ならこんなことされてもヘーキ?」
突如コプチェフの長い指が腹を撫で回し始めた。ぞわりという感覚に総毛立った俺を無視して、指はいやらしく上へ上へと上ってくる。そして、緊張に張りつめた突起をやや乱暴に弾いた。刹那、奇妙な甘い疼きが神経を駆け巡る。
「んっ…やめろ、っ…」
「ボリスのいい声聞かせてよ、俺夜勤明けで疲れてるんだから」
「…っ…コプチェフ…!」
彼を押しのけようと必死でもがいた。しかし、どれだけもがこうともそれはびくともしない。それどころかコントロールできない疼きがじわじわと体中に浸透してくる。
忘れてはいけない、ここはミリツィア内のロッカールームなのだ。いつ、誰が入ってくるかわからない。まさか同僚にこの体たらくを目撃されたとしたら、……俺は確実に憤死するっ…。
「コプチェフっ!…頼むから、…っ…や、めろ…!」
「……えー、いい感じなのに…。しょーがないなぁ…」
思わず張り上げた声に、彼はやっとこれ以上は諦めてくれたみたいだった。ゆっくりと体を離し名残惜しそうな声を漏らす。
一方、解放された俺はそのままロッカーにもたれ脱力した。
「…てめぇ…後で…ぶっ殺す…」
「やだなぁ、そんなことしたらマジで監獄行きだって」
「…望む…ところだ…」
コプチェフが苦笑する声が聞こえる。
ったく…どこまでいってもムカつく野郎だ。しかし、さっきのはかなり危なかったと、内心ではかなりびびってもいた。コイツはマジで心臓に悪い。
「お前、今後俺の半径3メートル以内には絶対入ってくんなっ…!」
「そんな現実的に不可能なこと言ったってムダだって。第一仕事できないし」
「黙れタコ!これはルールだ!法律だ!憲法だっ…!」
「ふふ、スターリンに誓って?」
「今はフルシチョフだくそっ…笑うなっ!」
しかしそれでも腹を抱え出す男に俺は半ばお決まりの絶望を感じている。シッシッとその巨体を部屋の隅へ追いやって、光の速さで着替え終えた。
「部屋で晩飯作って待ってるよ」
「………」
フンと、憤り混じりの鼻だけ鳴らして出て行こうとした背中にそんな声がかけられた。
俺は一度も振り返らなかったが、だいたい後ろの男がどんな顔してるかくらいの想像はつく。
その憎らしいほど、穏やかな微笑み。
Fire into your heart!