「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「は、」
「ほら、署長室に呼ばれて」
「……」



彼の闇色の瞳がまばたきを繰り返す。
ぱちぱち、二回。
ああー、と鈍い声が放たれた。



「あれ、だろ。ふつつかものですがこれからヨロシクおねがいしマス、ってヤツ」



彼、ボリスはニヤリと八重歯を見せてバカにしたような笑みを見せた。
その彼に似合わない小洒落た言い方がやけにおもしろくて、俺は笑い声をあげる。



「アハハ、嘘だ。ボリスそんなこと言ってないって。自己紹介はしょって、手だけ出したの誰ですか」
「…うっせぇ、んなこといちいち覚えてねぇよ」
「ヒドイなぁ。ふつつかものですがヨロシクお願いしますって頭下げたの、俺の方だよ。無視されたケド」
「どんまい」
「ちょっと、他人事みたいに」



くくく、と彼は喉の奥で鳴らしたような笑い声を漏らした。
少しだけ開けられた助手席の窓から涼やかな風が吹いている。その風に彼のチョコレート色の髪が弄ばれていた。





あの日、めったに近寄らない署長室に呼ばれた俺たちは、人生初の運命的出逢いを果たした。
海洋類みたいな顔した署長から低周波混じりのバリトンでそれぞれ自己紹介されて、晴れてめでたく新コンビ誕生。
初対面からして、ボリスのぶっきらぼうな仏頂面が健在だったことは今でもよく覚えている。もちろん、若干びびったのは間違いない。だって目が据わってたんだもんこの人。めちゃ…怖いって。


『…俺、第21隊のコプチェフ。よろしく…』


恐る恐るそう口にして会釈すると、彼はうんともすんとも言わずにずい、と手を差し出した。
あまりに唐突で、一瞬何のことか解らなかった俺はぽかんとその仏頂面を見つめる。するとしびれを切らした彼は、ここで初めて口を開いた。


『握手』
『あっ、スンマセン…』


慌てて握ったその指は驚くほどに冷たかった。思わず力を込めたのだが、たいして彼は失礼なくらい力が入っておらずここでも俺は空振ってしまった。

つぅか、なんだコノヤロウ…くらいは思った。パートナーと上手くやろう、なんて気はさらさらなさそうだったし、めんどくせぇオーラが嫌味なくらい伝わってきて。明るい未来なんて到底拝めそうになかった。

つまりは最悪。
己の運の悪さを呪いたくなったわけだ。

ただ一人、海洋類の署長だけは冷え切った俺たちの空気をムシして『まぁ、これからよろしく頑張ってくれたまえ、ふぉっふぉっふぉっ』なんてどっかのバスケットコーチみたいな声をあげていたが…。




「ボリスは…俺と組んで後悔したことあるの?」
「ある」
「うっわ即答…」
「だって本当のことだろ」
「いや、言い方ってもんがあるでしょ…。ボリス、オブラートって知ってる?」
「知らねぇ」
「……」




でもまぁ今となっては俺たちはこの街のミリツィアいちの名コンビ、とまで呼ばれるようになったわけで。いやはやどんな過程を辿ってこうなったのかは俺たち自身もよくわからないのだが…、実をいうと。

最悪だった彼は、いつの間にか最高の相棒となったわけだ。






「で、何で後悔すんの?」
「お前、夜勝手にひとのベッドに入ってくるから…」
「それは、寝れないボリスの為に…」
「余計なお世話だ!」















スタートライン・ゼロ













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