彼女の話インクラスルーム



いつも通り、ハードな訓練を終えてコスチュームから制服に着替えて教室へ戻る。ずっと張り詰めていた空気が緩み、放課の開放感でざわざわとする教室で、私は今日1対1で対戦をした梅雨ちゃんと自席で話していた。
「梅雨ちゃんの身軽さが結構厄介なんだよね…ちょこまか逃げられて攻撃何回もスカすと疲れるよ、スタミナ切れたとこを舌で捕縛されるパターンが一番悔しいな」
「由有ちゃんの一撃って重いんだもの、一度でも受けたら致命的だから必死で逃げざるを得ないのよ」
体格差に加えてその筋力での攻撃なんて考えただけでゾッとするわ、とまったくゾッとしていないようなポーカーフェイスで言ってのける梅雨ちゃんに苦笑いしか出ない。

「でも確かに戦闘時の由有さんは少々鬼気迫る様子で恐ろしく思う部分がありますわ」
「そうよね」
「え!?」
振り返って話に入ってきた百ちゃんの言葉にちょっと愕然とした。恐ろしい…?
「攻撃してくる時の由有ちゃんの表情、すごく怖いわ」
「なん…だと…」
「すごく愉しそうに笑ってるし、目がギラギラしてて獣みたいよ」
「由有さんは好戦的な部分があるのではないですか?」
「それは……うん、お父さん譲りかな、否定はしないよ…」
「由有ちゃんのお父さんって、そういえば体育祭に来ていたわよね、ご両親揃って」という梅雨ちゃんの言葉に被って、机に出していた携帯が震えた。着信だ、しかも噂をすればなんとやら、お母さんからである。
ちょっとごめんね、と断って席を立ち、教室の隅っこ(もともと席が一番端だからあまり意味もないけど)で壁に向かって電話に出た。

「もしもし?」
『もしもし由有?今なにしてたべ?』
「ん、学校さ居たけんども…なじょったの?こんな時間に」
いつもなら学校が終わった夜か夕方に電話をかけてくるはずだ。何か急な用事でもあるのだろうか。
『あんな、今日じいちゃんの畑の罠さ鹿がかかってな、さっき肉さしたんだけんど』
「えー!鹿!?いいないいな!!」
『うん、いるかどうか聞くべと思ってな』
「いるに決まってっぺじゃ!たべるたべる!送って下さい!」
『わがった、んだらば送っがら…あと何か欲しいもんあっけ?』
「1回うぢさ帰んねばわがんにゃけんと…とりあえずネギがもうねがっけがら送っていただけると大変助かるんでがすが……あー、あと椎茸けだくてそろそろ死にそう、生のやつ」
『ネギと椎茸な、期待して待ってらい』
「あっでも前みたいにいっぱい送られても食べ切れな(ブツッ)…なじょしていっつもいきなり切るのかなぁあ!ほにあの人ハ!」
母はいきなり電話を切る癖を治してほしい。大量に送ってきたらまた目蔵くん家にお裾分けだな…

最早繋がっていない携帯に向けて悪態をつき、正面に向き直るとクラス中の視線が私に突き刺さっていて、ビクッと肩が跳ねた。
「!?」
「由有ちゃんって、出身はどこなの?」
「あっ……」
方言か。みんな聞いてたのか。方言バリバリで話す私を見られていたのか!!
あっ嫌!常闇くんまで心なしか目を見開いてこっち見てる!死にたい!
ぐわーっと赤くなった私にはお構い無しに、唇に人差し指を当てて「東北弁かしら」と首を傾げる梅雨ちゃん。
「……うん…東北出身です…」
視線から逃れるように机に突っ伏して蚊の鳴くような声で答える。恥ずかしい、恥ずかしい。皆が出身地で他人を馬鹿にするような人間ではないとわかっているけど、田舎者はな!都会人へのコンプレックスが刷り込まれているんだよ!

「あの喋り方が素なの?いつもは無理してるのかしら」
「あっちっ違うよ!?方言じゃないと喋りにくいとかじゃなくて…なんか、うつるじゃないけど、相手に合わせてる感じ?」
「あーわかるよ!私もうちだとすごい口調変わるの!」
「お茶子ちゃん…」
そういえばお茶子ちゃんもたまに関西弁が出てるよな。西の人なのかな。
「お茶子ちゃんは割といつも関西弁で喋ってるわよね」
「由有さんは私たちの前であまり出しませんが」
「だって、必要ないし…恥ずかしい、し」
「そんなことないわ、可愛いわよ」
「なん…だと…」
「ねえ、ちょっと今だけ方言で喋ってくれないかしら」
「あ、聞きたい!」
「え!?い、嫌だよ!!恥ずかしいって言ってんじゃん!」
「えー由有、今まで喋ってたの全部聞いてたんだし、今更恥ずかしくないって!」
「改めて言われると余計恥ずかしいの!三奈ちゃんは、ていうかみんな都会っ子だから田舎者がどれだけ喋り方にコンプレックスがあるか…!」
「ね、じゃあ私も関西弁でしゃべるからさ!ほら喋ってや!」
なんでみんなそんなノリノリなんだよ!
断固拒否したかったが、クラス中から浴びせられる「喋るまでは逃がさない」とでも言うような視線を無視できるほどの度胸も、チキンハートな田舎者にはなかったのだった。

「……今だけ、ちっとばりだがらね…おしょすくてやんたのだがら…」
「……ッ!!」
「百ちゃん!?」
倒れた。唐突に。
「百ちゃん、KO」
「なして!?私なんかしたべか!?百ちゃーん!しっかりしてげでー!!」
「由有さん…ああ…私、私…本望、ですわ…」
「百ちゃ――――ん!!」
言い終わると同時にガクッと首を折った百ちゃんに必死に呼びかけるが、恍惚とした表情で脱力する彼女を揺すぶってもひっぱたいても、全く反応がない。じろちゃんが指をさしてゲラゲラ笑っている。は、薄情者!


「さて、お話の続きね」
何事もなかったかのようにケロッと話題を変える梅雨ちゃん。ちなみに床に転がった百ちゃんの代わりに私の正面にはじろちゃんと電気くんの耳鳴りコンビが腰を据えていた。
「さっきの電話、家族とでしょう?なんのお話だったか聞いてもいいかしら」
「ん?ああ、鹿が捕れたから食べるかって話したった」
「……し、鹿?」
「鹿って、あの鹿か?」
じろちゃんが片眉を跳ね上げ、電気くんは眉をひそめた。あの鹿って、他になんの鹿がいるんだ。
「普通の鹿だべや」
「由有、鹿食べる、の?」
「うん?うん」
おいしいよ、と肯けば三奈ちゃんはイーっと歯を見せる。なんでなんで。
「食べたことねぇべか?」
「ないよ!?」
「鹿ってどんな味すんだ?」
肉食系男子、鋭児郎くんが身を乗り出してきた。目を爛々と輝かせ、未体験の肉の味に興味津々のご様子。
「クセのない牛肉って感じだいか?さっぱりしてっけどちょっと獣感はあるね」
お肉はあんまり好きじゃない私でも、たまに食べられるあのお肉は結構好きだ。そのまま焼いてもよし、漬け込んでもよしだけど、甘辛の味付けでとろとろになるまでじっくり煮込んだものが一番おいしい。
ご飯によく合うあの味を想像しただけで口の中に唾液が溜まってくる。
「へぇー!食ってみてえな!」
「おいしいよ、送るって言ってたがら、お裾分けすっか?」
「マジで!?いいのか由有!?」
「うん」
うっひょー!とはしゃぐ鋭児郎くんを尻目に、梅雨ちゃんがまた口を開く。

「捕れた、ってことは実家は猟師さん?」
「猟師とか今いんのか?」
「うん?あっうそうそ、実家は農家やってて、鹿は畑の罠に稀に引っかかるのしゃ。両親はヒーローだべ…ちなみに猟師はまだいっから」
「ああ、だから体育祭に来れたのね」
「そそ。事務所の名前で観客席取れたって」
画像フォルダを開いて両親の写真を探す。確かどっかにあったんだよな…
「あ、コレコレ、両親」
発見。写真を見せるとみんながわらわらと集まってきて一斉に小さい画面を覗く。ちょっと面白い。

「…え!?若くね!?」
「これ母ちゃんか!?」
「お姉さんじゃないの?」
「父ちゃんでっけえな!」
「よく言われっけんど、お母さんだっちゃ。お母さんは皮膚の個性で、シワとかできねんだべ」
みんなが驚くのも無理はない。お母さんの個性は皮膚伸縮…つまり自在に肌のハリを操作できるのだ。いくらでも新しい皮膚が生成されるから、シミ、シワ、たるみとは無縁。いつまでもピチピチで真っ白な生まれたてのお肌でいられる。ゆえに、見た目が若い。
実際二人で歩いていると姉妹に間違われるし、親子だと言ってもまずもって信じてもらえない。
「なにそれ!羨ましい!」
「じゃあ由有ちゃんの個性はお父さん譲りなのね」
「変形はお父さんのだけんど、お母さんの個性も遺伝してんべさ」
ほら、と頬を引っ張ってビローッと皮を伸ばしてみせる。
「たしかに由有ちゃん、肌真っ白で綺麗やもんね!」
「お茶子ちゃんだってもち肌でうららかだっちゃ?」
「赤ちゃんみたいなお肌よね、薄くて柔らかくて透き通ってるみたい」
梅雨ちゃんがびろびろと私の肌を伸び縮みさせて観察している。
「い、言いすぎでねぇべか…あとそんな見られっとおしょすいのだげんど」
「色白なのは雪国出身だからじゃない?北の方の人って色白いって聞くよね」
梅雨ちゃんの伸ばした皮をイヤホンでべろべろ弾いて遊びながら喋るじろちゃん。それ私も暇なときたまにやるよ、楽しいよね。
「いや…お父さんは色黒いからあんまし関係ねぇんでねぇかな…あ、ヒーロー姿の写真もあった」
中学生の頃、地方誌のとある1ページに載っていた写真がよく撮れていて格好よかったので、ついスキャンして保存した画像が携帯に入っていた。腕から伸ばした皮膚で某スパイダーマンのごとく滑空するお母さんと、変形で鈍器のように肥大化させた腕で敵にラリアットを仕掛けるお父さん。この写真は何度見ても格好いい。聞いたところによればこの敵は全治3ヶ月の怪我を負ったそうだが。
お父さんは普段はふにゃふにゃとした親バカだが戦闘狂の気があり、夢中になると手加減ができない。そしてそれはしっかり私に遺伝してしまっている。

「…あ!この2人ってトランサーとスパイダラバー!?」
「デクくん詳しいな!?」
写真を見たデクくんが両親のヒーロー名を言い当てた。オタクなんだとはわかっていたけど、まさか地方のヒーローまで知ってたなんて…オタクレベル高いな…
「いや、でもローカルヒーローは本当に人気があってランキング高くないと名前上がってこないしさ、この2人はかなり有名な方だよ、大手事務所の有力相棒コンビじゃないか!」
「…そ、そんな有名なの?照れくさいな…でも、嬉しいかも」
有名といってもこっちのテレビでは見たことないし、ネットのローカルヒーローファン界隈の話なんだろうけど。それでも両親が多くの人に支持されているのは嬉しいものだ。

「そういえばお父さんに性格が似てるって言ってたわよね、お父さんはどんな人?」
「ん…お父さんは〜…うるさくて親バカでうざい。でもヒーローとしては立派に仕事してて、地元で結構人気あるのっしゃ、最近は若手に食われ気味だけどね……お母さんとコンビ組んで出動するとよくローカル番組で放送されてんの、実はすごい自慢に思ってっけんど、おしょすいがら…こうして人にかだったのは初めてかもしゃんにゃ」
「ご両親の事、好きなのね」
「んん〜……うん、大好き、ないしょだけんどね」
照れ隠しに頭を掻いてえへへ、と笑ってみせる。鋭児郎くんが「由有の父ちゃんムキムキで男らしくてかっけぇもんな!」と賛同してくれた。
「かっこいいべ?憧れてるんだ」
私もいつかこんな風に筋骨隆々とした変形ヒーローになりたいのだと言うと、満場一致で「それはやめたほうがいい」と言われた。なぜだ。


「なじょして皆応援してけねんだべ!?」
「お前は憧れの方向性が少しズレているな」
「??」
「それはそうと、普段から方言で喋ったらどうだ?」
「な!?や、やんたっちゃや目蔵くんまでそっだらごどかだる!おしょすいべ!?」
「なあ、何回か言ってるがその、『おしょすい』?って何だ」
「『恥ずかしい』!」




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春香様リクエスト「番外編で1Aオール、夢主の両親や方言についての話」でした。
できれば全員入れたかったんですけど収拾つかなくなったので削っちゃいました、ごめんんなさいです。そしてこの話大丈夫か。喋らせるのに必死で面白くする努力あんまりしてないです。いつもか。そっか。
隙あらば障子くんを捻り込むのはそういう性癖なんですごめんなさい。親友だから!親友だから!!
方言かなり口語体というか、発音のまんま書いてしまった部分あるんですが読めるのかこれ。わかんなかったら言ってください…
ちなみに鹿はおいしいです。夢主はキジとか猪とかうさぎも食います。頻度としては猪、鹿多め。やつら畑を荒らしに来る害獣ですからよく罠にひっかかります。キジとかうさぎは猟師さんにいただく機会があるときしか食えない感じです。車で轢いちゃう時もありますけどね。たぬきは食いません、臭いから田舎でも積極的に食う人いないです。

春香さんはサイト開いて一番に拍手コメントしてくださった方で私の絵を褒めてくださる数少ない奇特な女神さまです。乱架が好きとおっしゃってくださるので今回乱架に方言を喋らせまくるというサービス(になっているのか)しました。
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